ほのかな希望の結末
「出口、だっ」
フォントの言葉に、オリヴィアは前を見た。
周囲は先ほどの白い廊下とは打って変わってせまい洞窟の様な場所になっている。
たまたまこの洞窟に続く道を見つけたのだが、ちょうど出口だったらしい。
地上の匂いを運んで来た風がほおをなでる。
自然の光に目を細めて外に出ると、そこは森だった。
ふと、オリヴィアは後ろを向いた。暗い洞窟は、なにもかも呑み込んでしまう魔獣の口の様にぽっかりと空いている。
恐い。
いまさら、恐怖が蘇る。そして、不安が胸を締め付ける。
「ルー……」
ルーは無事だろうか。ラドクリファは大丈夫だろうか。
先ほどから嫌な予感があった。
「オリヴィアさま、今は無事にみなさんと合流する事を考えましょう」
ルチルが安心させるように手を握り微笑んだ。
そうだ。今は、ルー達を助けだす為にも、早く助けをよばなければならない。
小さな洞窟の入り口は、木々や岩で巧妙に見えなくなっていた。
近くでオリヴィア達を探す声が聞こえて来る。
おそらく、残っていた人々だろう。
ディスト達が開けた場所に行くと、何人もの剣士や魔術師が集まった。
そして、数人の集団がネルシアとともに現れる。
「無事か……」
ヴェントスのほっとした声が響く。
しかし、すぐにラドクリファとルーの不在に気づいて顔をしかめる。
「ラドクリファ達は?」
「オレ達を逃がすために残りました……」
「ルーもラドも怪我をしているんですっ! 早く、救出を……!!」
わかっているとばかりにヴェントスは大きく頷く。
ネルシアの顔は、先ほどから真っ青だった。ルーとラドがいない事に気づき震え、話を聞いて崩れ落ちる。
信じられないとばかりに何度もオリヴィア達が出てきた洞窟を見ていた。
すでに数人が洞窟を調べ始めている。
そして、ネルシアの話を聞いて既に集まっていた剣士と魔術師、さらに負傷している話を聞いて医術を得意とする者も集められて洞窟の元へと行った。
「あのっ、私もっ……!!」
「なら、うちも」
逃げ帰って来たオリヴィア達の中で最も軽傷だったオリヴィアは、洞窟に向かうヴェントスに声をかけた。その様子にネルシアも続いて頼み込む。
少し迷うがヴェントスは熱心に頼みこむ少女を抑えきれずに頷く。どちらにしろ、中の構造を少しでも知っている者がいたほうがいいとも思っていた所だからだ。
本当はオリヴィアをあまり危険な場所に向かわせたくない。が、今の状況で断って、独りで入られてしまうよりはましだと考える。聖女と呼ばれるこの少女が以外とおてんばで思いもよらないことをしでかすのは何度も経験して知っていた。
こうして、オリヴィアは再びあの迷宮に舞い戻った。
暗い檻の中で、金髪の子どもが泣いていた。
ルーは、それが夢だと気がついた。
朝見たときよりも、その子は少しだけ成長したように感じる。
また、泣いているのかとルーは右手を出してその子どもの頭を撫でた。なんとなく、違和感がした。
「どうしたんだ?」
「ごめんなさい……ローのせいだ」
「おまえ、ローっていうのか?」
自分と同じで、愛称かも知れない。ルーは話を聞いて思う。
ルーは愛称で本名はルーサイトだ。みなからルーと呼ばれ、自分もそう名乗っているからそれで通じるが。
頷いたローはまた泣きだす。
泣かれるのは困る。どうしようかと手を組んでいると、思いだした。
「そうだ、右手……」
斬られたのだ。
なら、なぜ右手があるのだろう。そういえば、夢だからかと独り納得する。
そして、その時の痛みを、屈辱を思い出して目を伏せる。きつく握りしめた手は色を失っていた。
「ごめんなさいごめんなさい」
それがまるで自分の所為かの様にローが謝りながら泣く。
あわてて慰めるが、なんでローが泣くのかわからず、ルーは途方に暮れてしまった。
「おい、なくなよ」
「……せめて……ローが……」
ぽつりと呟いた言葉は、少しづつ聞きづらくなっていた。
「まも……て」
遠い場所からローの言葉が聞こえて来る。
意識が、浮上した。
夢から覚めると、暗い部屋の天井が見えた。
現実に戻ると身体は重く、右手の傷口は絶えず痛む。
歩く事はおろか立ち上がる事さえできなそうだ。
首を動かして辺りを見ると、あの青年が何かをしていた。こちらが起きた事に気づいてルーの顔を見ると微笑む。
どんなに人の良さそうな微笑みでも、本性は血を絶えず求めているようなやからだ。斬られた時の恐怖と嫌悪に顔が歪むと、彼は少しだけ傷ついた顔をした。
「やあ、げんき?」
「わかって、言って、ん……だろ」
「ごめんねー。久しぶりに血を見たらつい」
ついじゃねーだろ。そう思っても口に出すのが億劫なので言わない。無駄な体力を消費するのは得策ではない。
「そうそう。君ね、今から死ぬんだ。それで、ちょっとお話ししたかったから、ちょうどいいね」
驚く、というよりも恐ろしさで身体が震える。
今から、死ぬ?
腕を斬られた時は死ぬかもしれないと思ったが、こうして誰かから言われても他人事のようだった。
死ぬのは嫌だ。まだ、なにも言っていないのだ。
それに、やり残したこともたくさんある。さっきだってネルシアと喧嘩したままだ。ネルシアは自分から謝るのが苦手だから、こちらから言わなければきっとうじうじ悩んでしまうだろう。ラドクリファにはまだおそわってないことがたくさんある。故郷に無事に帰ると両親にも約束した。ヴェントスさんに謝らないと。あと、あと……。
「おんなじ家系のよしみだ。誰かに君の言葉を伝えてあげる」
「……それは」
「まあ、遺言みたいな? あっ、他の人には内緒だよ?」
「なんで……」
「だから、ディスヴァンドの家のよしみだって。あっ、私はユーリウスと言います。ユーリと、呼んでください」
ルーは、思わず青年の顔を見た。
ユーリウスという名前に聞き覚えがあったからだ。そして、ディスヴァンドという家名に反応する。
ルーの名前は、ルーサイト・セルカ・ディスヴァンドという。普段はセルカとだけ……母親の姓だけを名乗っていた。
「ユーリウスって……それって、死んだ……」
「あっ、知ってました? 嬉しいなー」
顔も見た事も無い親戚にユーリウスという人物がいたはずだ。しかし、彼はずいぶん前に死んでいる。それを思い出して目の前の青年に不審な視線を投げかける。どう見ても、聞いていた年齢とは程遠い。
「それで、誰になにを伝えましょうか」
伝えたい事は無いのかと、彼は催促をして来る。
「い、いらない」
「おや?」
拒絶をしたルーに、青年は首をかしげた。
「オレは、生きて帰って、伝える!!」
「……そうですか。それもまたいいでしょう」
寂しそうに彼は頷くと、部屋から出ていった。
扉が開くと、一瞬光が見えるが、すぐに消えてまたもとの薄暗い部屋に戻った。
おそらくユーリはルーが逃げられないと解っているのだろう。誰もいない。
一人、取り残された。
恐い。
ひとりぼっちになって、また恐怖が生まれる。
自分はこのまま、殺されるらしい。
「いや、だ……」
こんな場所で死ぬのは嫌だ。
戦場で戦って死にたいなんて思っていたが、やはり嫌だった。死にたくない。
立ち上がろうと身体をひねり、左腕に力を入れる。
が、それだけの体力はなかった。右の傷口の痛みに呻き声を上げながらルーは立ちあがるのを諦めてあおむけになった。
床は何か文字が書かれている。それが発光し、うっすらと地面を明るくしていた。
左手だけで、床を這う。じりじりと、数センチずつ。
少しずつ、気の遠くなる痛みをこらえながら扉に向かう。
動けない、と思っていたのなら大間違いだ。少しでも、抵抗してやる。
そんな様子を、後ろで見ている者がいたのだが、それにルーは気付かなかった。そう、この部屋にはもう一人、いたのだ。
逃げようとする少年を、彼は感情の映らない瞳で見つめる。
そこまで、どうしてにげようとするのだろう。もう、無駄だと言うのに。そう、思っていた。
しかし、遂に扉の元までいって、力尽きた様に倒れる少年を見てしまう。
どうやら扉を開けるほどの力が無いらしい。
それに、あのユーリウスが開けっぱなしで行くとも思えない。十中八九鍵がかかっているだろう。
死にたくないと言う少年に、彼は羨ましさを感じた。
そういえば、なんで羨ましいのだろう。なぜ、自分はここに居るのだろう。なんで……。
なんとなく立ち上がった彼は、扉の元まで行った。少年が驚いて息を止めるのが聞こえる。
まるで、幽霊でも見たかのように彼を見た。まさか人がいるとは思っていなかったのだろう。
「だ、れ?」
問いかけに応えず、扉を開けようとした。しかし、開かない。やはり鍵がかかっているらしい。
その扉に苛立ちを感じて、とりあえず殴りつける。感情にまかせて殴りつけた拳は、扉を飴細工の様に曲げた。
鍵を壊せただろうかと扉を押すと、嫌な音を立てて扉は開いた。
「……おまえ、つかまって?」
さっさと行けばいい。そう彼は外を示すと、元いた場所に戻る。
逃げるつもりはなかった。逃げても、なにもなかったから。
空色のしかし暗く濁った瞳、黄緑色の髪の少年は、膝を抱えて眠るように目を閉じた。
おそらく、少年――ルーは逃げきれずに死ぬから。
どれ程経ったか分からない。やがて、戻ってくるユーリの足音に気づき、彼は瞼を上げた。
オリヴィア達がルーとラドクリファと別れた場所に着いた時、一面に土と血痕が残されていた。
酷い戦いがあったのだろう。
それを思いオリヴィアは思わず倒れそうになった。
血痕の量が多い。酷く出血しているのだろう。早く手当てしなければならないがその道には誰もいなかった。
「おそらく、これを辿っていけば……」
道には点々と落ちた血が残っている。一つは上から垂れたであろう血。それを追うように、誰かが歩き、その足に着いた血痕も残っている。
「ルー……」
彼は、無事なのだろうか。自分だけ逃げて、彼は……。
隣に居たネルシアは震えるオリヴィアに思わず腕に抱きついた。
「だ、だいじょうぶ、だよ……」
「そう、だよね」
今にも倒れそうな二人の少女の横で、ヴェントスはいくつか別れたチームに指示を出して迷宮を探索していく。
どうやら、かなり広いらしい。
ヴェントスと数人、そしてオリヴィアとネルシアが血痕の後を追う中、他の者たちは迷宮の中を解き明かそうと調べる。
人形の襲撃が何度かあったが、それ以上なにもなく、容易に探索は進んだ。まるで、もう捨てるところだったかのように物はなく、荒れていると言う報告が進むヴェントス達の元に届けられた。
どうやら、相手は既に逃げる準備をしていたらしい。あわただしく物をかき集めた様子が合ったとの報告もあった。
そして、一つの血痕が途切れた。
「ラドクリファさん!!」
駆け寄ったオリヴィアとネルシアはすぐに治癒術を掛け始める。
壁にもたれかかり座りこんでいたラドクリファに意識はなかった。
周りに人形を斬った時の黒いなにかが残っている。どうやらここで力尽きたらしい。
浅く息をしている事に安堵するが、ここにはまだルーがいない。おそらく、転々と続いて行く血痕がルーなのだろう。
すぐに他の治癒術師もラドクリファの治療にはいった。
全身傷だらけで、生きているのが不思議なほどだ。見つかるのが少しでも遅かったら、間にあわなかったかもしれない。
治癒術師たちにラドクリファの事を頼み、ヴェントス達は血痕を辿って進んでいく。
「ルー……」
ラドクリファがこんな様子なのだ。なら、ルーは?
泣きだしそうになりながら、オリヴィアはラドクリファの治療をする。が、それを見かねたネルシアはオリヴィアを突きとばした。
「っえ?!」
「泣いてる暇があるのなら、どっか行きなさいよ! 治療の邪魔なの!!」
むしろ、オリヴィアはこのなかで一番治癒術にたけている。ネルシアの言葉の裏に隠された優しさに、涙を拭いながらオリヴィアは頷いた。
「ごめんね……」
ネルシアだって、ルーの事を心配しているのだろう。けれど、そう言ってくれたのだ。
「どうせ、あいつのことだからうちよりオリヴィアのほうがいいでしょ……」
オリヴィアに顔を向けずに言い放つ。
「ごめん、いってくるね。ありがとう!!」
走っていくオリヴィアの足音を聞いて、ようやくネルシアは息をついた。
本当は、自分も泣きたかった。ラドクリファはネルシアが今まで見た中で一番酷い怪我をしている。もしも、ルーも同じだったら。
まだ、謝っていない。本当は自分が悪いのは解っている。いらだちをぶつけただけだ。だから、謝らないといけないのに。
「ばか」
死んだら許さないんだから。
そう、ネルシアは呟き。見知った先輩だった医術師に慰められるように頭をなでられた。
ネルシアがルーを思っている事を、数人の人々は知っていた。
それが、あの鈍感な少年にきっと届かない事も。
血痕はやがて部屋の中へと入った。その扉の前でヴェントスが数人と頷きタイミングをはかっている。
入る前に間にあったらしい。
ヴェントス達が乱暴に扉を開き、中に突入した。
が、中は誰もいない。どうやら慌てて逃げ出したらしく周囲には書き散らされた紙がばらばらにまき散らされていた。血の後はここで途切れている。
どこにルーは行ったのか。いいしれない不安は大きくなっていく。
一応後でなにかの役にたつかもしれないとこの部屋を調査するために一人残り、さらに探索を続けることとなった。
しかし、すぐそばのわかれ道で、また廊下に血痕を発見した。先ほどの様な上から落ちたものではなく、何かが引きずったような跡だ。
少し行った場所の扉にそれは続いていた。扉は中から鍵が壊されている。
もう一度、緊張の一瞬が訪れる。
飛び込み、剣を構え敵を探す。が、またしてもそこには誰もいなかった。なにか、魔術を行ったような痕跡が残るが、先ほどとは違い何も残っては……いや、一つだけ。一つだけ、残っているモノがあった。
痩せた少年が、倒れていた。駆けより息を確認するがない。胸の鼓動も。外傷はない。血を流していないため、あの廊下にあった血痕の主ではないだろう。
「……死んで、いるな」
伸ばされるままの黄緑色の髪は、この辺りでは見られない。遠い異国でもそう見られるような色彩ではない。どこの国の者だかわからないが、不運なことだとヴェントスは一度だけ目を閉じた。
オリヴィアは、少年が死んでいることが信じられず、ヴェントスが部屋から出ていくとゆっくりと少年の元に近づいた。
そっと、触るとほんのりと体温が残っている。
先ほどまで、生きていたのだ。
「……なんで」
なんでこの少年は死んだのだろう。どうして、こんなことをしているのだろう。
この迷宮の魔術師への怒りがわき上がる。
そして、ルーが生きているのかと不安になる。
仰向けにし、両手を組ませてやると、思わず天に祈った。
探索は速やかに進んだ。しかし、ルーの居場所が解らない。
さきほどの少年だけでなく、死んだ人々の遺体がたくさん見つかった。ホルマリン漬けにされ標本となった子どもや、檻の中で苦しんで死んだ様子の親子。魔獣に襲われたのではないのかと見られる、酷い傷をおった少年。そして、様々なやりかたで殺され、ばらばらにされた原型も残らない死体たち。
この迷宮はやはり魔術師のものだったらしく、魔術に要する器具が幾つも見つかった。
魔力はやはり多いままで、気を抜けばオリヴィアたちも倒れそうなくらいだ。
やがて、最深部らしき場所に辿り着いた。
ヴェントス達は注意深く周りを見ながら進む。
暗い部屋に、何本もの柱がたっている。透明なガラスで創られ、中には水が入っている様子だった。水以外はなにも入っていない。
水槽の影にいた人形を倒しながら進むと、赤髪の青年がヴェントス達を待っていたかのように立っていた。
困った様子でこちらを見ている。
その顔を見て、ヴェントスの動きが止まった。まるで、死人をみるかのように、彼を見つめる。
「ヴェントスさん?」
周りの剣士が心配そうに声をかけて、ようやく気付いた様に彼は剣を構えた。
「貴様は何者だ」
「えー、私はこの工房の魔術師アグニさんのしもべ、なんですけど……あー、そのー、非常に言いにくいのですが、よろしければここはお通ししますので、私をそっちにいかせて……くれませんよね。はい」
ヴェントス達の元へと歩こうとした青年に、すかさず抜刀していつでも斬れるようにと構える剣士たち。さらに、魔術師もすぐに発動できるように魔術の詠唱を終わらせる。
「まったく、これじゃあカルサイトさまに怒られちゃうな……」
しょんぼりとしながら今の状況をわかっているのかいないのか、そっと後ろに下がると逃げ出した。
それを追うヴェントス達に、オリヴィアは少しだけ不安を感じていた。
あの青年は強い。それなのに、何も抵抗せずに逃げるとはどういうことだろう。
暗い部屋の中、足音だけが響く。
そして、奥の部屋へと辿り着いた。
そこに飛び込んだ青年だったが、後を追いヴェントスたちが踏み入るとすでに姿を消していた。
そこは、酷く汚い魔術師の工房の深奥だった。
抜け道らしい扉が開いている。そこから、すぐに外に続いていた。
土に残った足跡はまだ新しい。
再び、ヴェントスたちは追い掛けると、幾つもの檻が転がされ、放置されていた。どうやら逃げる際に置いていったものらしい。
中にはなにもいない。
聞こえた音に気づき、ヴェントス達が見ると、遠くであの赤い髪の青年によって、白衣の男が担ぎあげられ運ばれていく姿があった。
まるで、わざと姿を見せたようだった。こちらに手まで振って、彼は消えた。
「……ルー、は……ルーはどこに居るのっ?!」
結局、見つからなかった。
もしかしたらまだ中に居るのかもしれないと慌ててオリヴィアは中へと駆ける。
汚い魔術工房からでて、暗いあの部屋に戻る。そこで、足が止まった。
「……どこに、いるの?」
崩れ落ち、座りこむ。
もう、どうしていいのか分からなかった。
他の人達からルーが見つかったと言う知らせは来ていない。どうすればい、いいのだろう。
座りこみながらも、周囲を見回した。そして、広い部屋の中で、柱の影になった場所に小さな扉がある事に気づく。
本当ならヴェントス達を呼ぶべきだが、思わずオリヴィアはその中に入っていた。
一縷の望みにかけて。
中は、やはり暗い。が、中心に巨大な発光する石を見つける。どうやら、魔石の一つらしい。そこから魔力が溢れている。この地下の魔力の量は異常すぎるため、この魔石が原因とは思えない。
なんの魔石なのかと近づくと、さらに発光が強まる。
少しだけ寂しい水色の光。それにてらされ、その後ろにさらに扉があり、さらに、その扉の前に見知った少年が倒れているのに気づいた。
周囲から音が消えると、白衣の男は苛立ったようにユーリウスを見た。
「なぜ、あそこを捨てたんだっ」
先ほどの工房とあまり変わらない廊下が続いていた。しかし、ここはあそこではない。
あれはアグニの研究の為に用意されたものだ。そして、ここは『彼等』が集まる本部。
「ヴェントスたちに見つかったんですよ? しょうがないですよ」
「貴様が横やりを入れなければ、あれの最終調整を行えたと言うのに……」
ぶつぶつと文句を言うアグニにユーリは嗤う。
彼は、おそらくユーリが何もしなければ貴重なデータを全て敵に渡してしまっていただろう。そして、今回の実験の結果も。おそらく、最初に来たラドクリファたちを全滅させ、ヴェントス達に攻め込まれ、大きな戦いとなった結果の末に。
ほとんどの人間を逃したのはユーリの独断だ。賢いヴェントスのことだ。事態に気づき、早急に攻めて来ることはわかっていた。
今回おいてきた実験結果はあとで確認にでも行かなければならないだろう。面倒くさいが仕方ない。
「知りませんよー、カルサイト様に怒られますよー」
小さい声で呟いたが、アグニは気がついたらしい。きっと睨みつけて舌打ちをする。
「あんな男になにを言われてもどうということない」
「そう言うと思ってました」
呆れながらユーリは彼の後に続いた。
そういえば、あれの回収も忘れてしまった。きっと、カルサイトに怒られるだろう。
二人の主君を持つのは面倒だ。なんて考えつつ、ユーリは黙とうした。
我が祖国の子ども達をなるべく殺したくはないと思いつつ、次の戦いがいつあるのかと楽しみながら。我ながら性格が歪んでしまった。と、自嘲しながら。
「さて、せめて、出来ることをしてあげないと……」
これから、やらなくてはならないことが山の様にあるのだ。
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