別れは唐突に、予感もなく


「おや、来ないんですか」


石壁の廊下に響いたのは、見知らぬ、しかし懐かしいような青年の声だった。矛盾しているが、たしかに知らないはずだと言うのに、懐かしく感じてしまうのだ。

「誰だっ!!」

「誰って、ここの管理を任されている者ですよ」

赤毛の青年は困ったように答える。

彼は、一体誰なのか。姿こそ白衣を着ているため研究者に見えるが、腰につるされた剣がただの研究者ではないことを示している。片耳につけた青い宝玉のピアスが見えるが、それは明らかに魔術具であることからすると魔術師でもあるかもしれない。

彼は大きな、そして大げさなため息ついてラド達を見た。

「次から次へと問題ごとを起こされて頭が痛いって時に……」

一人ひとり顔を確かめるように見て行き、ある一点で止める。

「おや、貴方達は『夜明けの使者団』ですか?」

明らかに、ルーとオリヴィアを、いや、おそらくオリヴィアを見て気づいたのだろう。

聖女として顔の広まっているオリヴィアを見て、彼はつまらなそうに聞いて来た。

「困ったな。ほんと、面倒だけど報告しなきゃいけないんだろうな……」

明後日の方向を見るとぶつぶつと何かを呟きはじめ、最終的にまあいいかと一人で完結させると、改めてこちらを見た。

彼の奇行についていけず、ルーはオリヴィアの前に出るもどうすればいいのか判断をラドに任せる。

「この魔力の出所は、ここですよね」

「ん? ああ、ちょっとした副産物です。何か知らないけれど研究をしている人がいまして、そのせいですね」

からりと彼は応える。

「そういえば、そのせいで魔獣が出てるみたいですねー。あっ、だからみなさん来たのか」

「……わかっていて、放置しているのですか」

ラドクリファの声が低く、冷たくなった。

そこには、怒りが込められている。

目の前に居る彼は、どうやら魔力の発生の原因では無い様だが、それを知っていながら放置していた。ルーとオリヴィアは噂で聞いただけだが、ラドは以前魔獣によって大切な人を亡くしているという。そのせいか、魔獣に対しては容赦をしない。

目の前で魔獣が発生するのを知っていながら放っておいたと言う人がいるのなら、きっと許せないだろう。だが、彼はその反応をみて、初めて嗤った。

「それよりも、みなさんここは私が穏便に済ましますから早くここから立ち去ってくださいよ。この先に進めば、大変なことになりますよ」

「なにがおかしい。それに、どういうことだ」

とにかく低い、声だった。本当に、怒っている時の声だ。と、ルーは気づく。時々だが、ラドはこんな声をして怒る。

「いや、羨ましいな、と。とりあえず、貴方達の事は私の主人にはごまかしておきますから、気づかれる前にさっさと逃げてくださいって事ですよ」

「我々を見くびってもらっては困りますね」

ラドの後ろに居たルー達はその言葉に、揃ってすぐに戦えるようにと構える。

八対一。数の上ではどう見てもこちらの有利だった。

「見つけた以上、ここを放置する事は出来ないっ」

ラドが剣を青年に向けた。

「そーですか。はぁ、しょうがないですね。うん、これはしょうがない」

ふと、さりげない動作で右手を振るった。何をしたのかよく解らない行動。しかし、

「きゃあああっ」

何もされなかった。はずだと言うのに突如ルチルの身体が吹き飛ばされ壁に叩きつけられた。

慌ててディストがルチルを庇うように前に立つ。さらに、ネルシアが駆けよってルチルの様子を見た。

気を失ってしまっているが、叩きつけられただけで外傷はないようだ。

「なっ、今の、は?」

いったい何が起こったのか……見えなかった。

他の人達はオリヴィアを中心に集まって彼を警戒する。

後ろに下がり、あの館へと戻ろうとした--が、いつの間にか見知らぬ男がその出口を塞ぐように立っていた。

不気味な無表情。虚ろな視線はこちらを見ていない。

さらに、数人。赤髪の男の周りからどこからわいてでてきたのかわらわらと集まってくる。

「ラドクリファっ、こいつら……」

ルチルと一緒の班の剣士が驚愕に声をあげた。

「こいつら……全員、同じ……?!」

赤髪の青年以外が、まったく同じ顔をしていた。

虚ろな表情には感情が無い様に見える。

彼らに囲まれた所までを見ると、青年は身を翻した。

「ここから出たいのであれば、こいつ等を倒して行くんですね。また、後で逢いましょう。しようがないので主人に報告に行かなければ」

「お前たちは……一体何者なんだっ」

「さぁ?」

ラドクリファの問いに肩をすくめると、青年はさっさと歩いて行ってしまった。

幸い、現れた男たちは数人。これくらいならばラドクリファだけでも倒せるような人数だ。しかし、彼らの正体が解らなかった。本当に、人間なのか。

三つ子だ四つ子だと言っていられないほど同じなのだ。

向かって来た男を数人切り捨てたラドクリファは後ろに後退しようとする。が、あの階段のほうからも男たちが現れて進路を塞いだ。これならば、赤い髪の男が去っていった方とは逆の道のほうが人数は少ない。

「な、なに、こいつら」

ネルシアが叫ぶ。

先ほどラドクリファが切った男が倒れていたはずの場所に、ぐちゃぐちゃになった黒い何かがあった。それは、蠢いてなにかの形に絶えず代わっていく。

不気味だ。何がなんだかわからない。

「っち、逃げるぞ」

人の少ない個所を狙う。

まるで、誘導されているみたいだ。と、思いながらもラドクリファはディストとともに退路を開いた。

「こっちだ!」

「そ、そっちに逃げるのぉ!?」

泣きだしそうなネルシアが叫びながらも続く。オリヴィアが彼女を落ち着くようにと手を握っていた。

ルチルはハーディスが背負い、フォントとルーはしんがりを務める。

道がわからない中、ラドクリファは迷宮の様な入り組んだ道を進む。

いくつかの扉を過ぎ、追手が見えなくなった頃、ラドクリファ達は一つの部屋を見つけた。

走り続けていたため、ここに一時避難する事になる。見つかったら終わりだが、ネルシアとオリヴィアがこれ以上走れそうになかったためだ。ルチルを背負ったままのハーディスも息を切らせている。

暗い部屋だ。入口は一つだけ。しかし、天井近くにかなり小さな窓があり、外が見えていた。

「これ……外に出られるんじゃないか?」

フォントが一人を見ながら言う。

「そうだな……」

しかし、窓はかなり小さい。

そんな小さい窓をすりぬけられそうなのは、一人だけだった。

「え、うち?」

くたびれた様子で座りこんでいたネルシアが、嫌そうに言った。


ハーディスとディストに持ち上げられ、ネルシアは窓を開けて、外へ出た。

小柄のネルシアでもきつかったらしい。

外に出てからすぐに動けず、ネルシアは唸っていた。

「もう、やだぁ……」

「がんばって、シア。私じゃ外に出られなさそうだから……」

オリヴィアも小柄なほうだが、小窓からは外に出られないだろう。

「……うん。助けに来るまでに、みんな、死なないでよね」

そう、ネルシアはわざとルーを見ないようにしながら言った。

どうやら、先ほどの喧嘩はまだ続いているらしい。

「すまない。頼んだ」

ラドクリファが悔しそうに言う。

「まかせて」

そういうと、ネルシアは窓から見えなくなった。

今まで、ネルシアは絶えず話していた。彼女が居なくなったことで、静かになった。

「……行こう」

自分の判断が甘かった。

それを痛感しながら、ラドクリファは扉の外へと向かった。

このままでは、いつか見つかる。その前に応援が来るか、自力で出口を探すか。

このメンバーでここを探索して元凶を探す、なんて考えはもうない。あの全て顔が同じ男達。赤い髪の青年。彼らを相手取るのにこのメンバーだけでは無理だと判断した。

人をまともに斬ったこともないルーはおそらく足手まといになるだろう。人間ではないとはいえ、人間に似たものを斬るのにきっと躊躇してしまう。彼は優しすぎる。まだ、戦場に立った事もないのだ。

そして、オリヴィア。オリヴィアだけは、絶対に守らなければならない。ルーが死んでもまずいが、オリヴィアはラドクリファ達にとって一番失ってはいけないモノなのだ。彼女は、魔術に通じ、回復術も使えるがどちらも術を完成させるのに時間がかかる。魔術はかなり規模が大きい物しか使えないため、この室内では使えないだろう。

そして、まだ気を失ったままのルチル。一番魔術に秀でているが、気を失ったままでは仕方が無い。

今度はルーがルチルを背負うこととなり、彼等は先に進んだ。


進むうちに、ここがなんなのか分かるのではないかと途中部屋を漁っていった。

いくつかある扉を開けると、なにかが入っていた様子の檻がいくつもあった。

しかし、ここがなんなのか、わかるような物は見つけられなかった。

そして、進むにつれてあの大量生産されたような男が何人も現れた。途中でオリヴィアとディストにより、これが魔術で創られた使い魔の様なものであることがわかった。

それを斬り捨てながら一行は進む。

進むたびにぶつかるようになると、この先に重要な物があるのか、それとも出口があるのか、とラドは考える。

周囲はやっぱり何かが入っていたらしき檻が置かれた部屋ぐらいしかない。もしかしたら、出口が近いのかもしれない――そんな期待とともに彼等は進んだ。

それを、上から見る男がいた。

「あぁ、なるほど。聖女一行がここに」

嗤いながら白衣の男――アグニは魔術で一行の様子を覗く。

腕のいい剣士が数名。オリヴィアを守りながら進んでいる。

何体も人形デコイを壊して進んでいる。どうやら、ここにいるのがばれていると彼等は気づいているらしく、もはや姿を隠そうともせずに迅速に行動している。

そんな彼らの中で、一人――それを見て嗤った。

「んじゃ、アレ、持ってきて」

「はい、わかりました」

呆れながら、赤い髪の彼は応える。

聖女など、あまり興味はない。今は、それよりももっと面白いことを研究しているのだ。

アグニは嗤いながら後ろを見る。そこには、いくつかの成功体があった。

「まさか、ここまできて食べてくれないなんて思わなかったが……いやぁ、ほんと運がいいなぁ」



「あー、どうも。また来ました」

にこやかな声が聞こえた。

湧いたように現れる人形デコイ。かれらに囲まれて動けずにいたラドクリファ達はその声にすぐ答える事は出来なかった。

なにしろ、襲ってくる人形が多すぎた。

後ろと前から挟み撃ちで襲われ、動くに動けない状況になっている。おそらく、こちらに気づいてもいないだろう。

ふと、気付いて赤い髪の男は後ろに下がった。

瞬間、陣が広がり建物が揺れるほどの衝撃が起こる。爆発音。

思わず目をつぶった彼はその瞬間を見なかったが、目を開けると彼等を襲っていた人形がすべて墨となっていた。

壁は至近距離で爆発が起こったように壊れている。

「うわ、さすがにこれは……すごいな」

「さっきのっ……」

ようやく青年に気づいたラドクリファ達が警戒する。

そんな警戒をしても無駄だと言うのに。そう、彼は嗤った。

「やあ、先ほどぶり。やっぱり主が興味持っちゃったみたいでね、何人か置いて行ってもらうね」

「なにを……?」

発言の意味がわからないようで七人の反応は鈍い。

そういば、一人居なくなっていることに気づくが、まあ、目的はべつにあの小さい少女では無かったのでいいことにする。

「とりあえず、殺すのはダメみたいなんできちんと避けてくださいね!!」

と、言って腕を振り上げたものの、何が起こるのか予測なんて出来なかっただろう。ただ、少し離れた場所で腕を振り上げた謎の人物に警戒することしか出来ない。

聖女と呼ばれている少女が何かに気づいたのか結界の様なものを創るが遅い。

「いっぱい血が見れますかねー?」

勢いよく振り下ろされると同時に天井が落ちた。いや、破壊された。

悲鳴と共にオリヴィアたちが逃げる。

その衝撃からルチルが気がつくが、この状況では喜んでもいられない。

どうにか逃げのびたと思うと、すぐ目の前には先ほどまで後ろに居たはずのあの青年が人形たちと共に目の前で待ち構えていた事に気づく。後ろは先ほどの魔法らしきもので壊れてしまった。退路はない。

じりじりと寄って来る人形達に、思わず一行は下がるが何時までも下がり続ける事は出来ない。

「ルチルさん、走れますか?」

「大丈夫よ」

それまでルーに背負われていたルチルは目立たないように隠れながら地面に降りる。

さすがに女性を一人背負って走っていたのは疲れた。こんな状況だと言うのに、ルーは少しだけほっとしていた。

ラドクリファ達が負けるはずが無い。自分だって昔とは違うのだ、今なら、戦える。

先頭のラドクリファが後ろに合図を送る。オリヴィアを中心にして守りながら、七人は目の前の敵陣を突破するために走りだした。

それを驚いたのか青年は動かない。人形達を擦れ違いざまに斬りつけながら一行は呆気なく突破を――しなかった。

「おやおや、足元がお留守ですよー?」

くすくすと青年が笑いながら振り返る。

逃げていく彼等は、血痕を残していた。




「っつ、なにも、見えなかったぞっ」

ディストが悪態をつき走りながらながら自らの右手の止血をする。器用だ。

何も無かったはずだと言うのに、右手が負傷をしていたのだ。深くざっくりと切られ、剣がうまく持てない。

他の者も似たり寄ったりで、腹が切られ、首や手首を狙って斬られた。

「おい、あそこ……」

先ほどの破壊で他の場所も壊れたのか、至る所で天井が落ちたり崩れていた地下迷宮の中で、フォントは目の前の道もまた崩れている事に気づいた。

引き返すのは無理だ。しかし……。

「いや、ここなら、通れそうだぞ」

ハーディスが近寄ってその崩れた道を調べる。少し瓦礫をどければ、上のほうに小さな隙間があった。そこから向こう側に行けるかもしれない。

ハーディスが先行してそこによじ登り隙間から向こう側へと行く。どうやら敵はまだいないらしい。それを聞いて、傷の深い順に向こう側へと向かう。

目立った傷が足だけだったルーは、最後のほうだ。が、少しだけ考えていたことがあった。

おそらく、このままではまた追いつかれる。なら、ここで……少しでも足止めが出来ないだろうか。隙間を塞ぐだけでは無く……。

そんなルーの考えに気づいているのか、もともとそうするつもりだったのか、残っているのはラドクリファとルーだけになっていた。

「ルー?」

中々こない幼馴染に、オリヴィアは不思議そうに声をかける。

「ごめん、先に行ってて」

そう言って、ラドクリファを見ると、彼は眉をひそめた。

「ルー、行ってくれ」

ラドクリファにとって、大切な初めての弟子だ。このまま此処に残られるのは困る。そう顔に書いてある。

そもそも、ルーの親に出来うる限りのことをと頼まれているのだ。いや、たとえ頼まれていなかったとしても、彼が誰であろうとも、まだ子どもと言ってもいい年齢の彼をここに残したくなんてない。

今から始まるであろう戦いに、彼を巻き込みたくなかった。

「あー、その事なんだけど師匠……たぶん、オレが行くとみんなに迷惑がかかるから」

その言葉で、ラドクリファはようやく気付く。

ルーは足を斬られていた。よく見ればかなり深く、太ももや足首から血が出ている。走るのも困難で、先ほどの逃げる途中も痛みに上手く走れず一番後ろについていた。

今も血が止まらず流れている。自分で不器用に止血しながら、ルーは話す。

他の人は腕などで剣を持てない様子だった。ラドだって、本当は剣を振るのもきついはず。自分は動けないが剣を振るえる。なら、ここでオリヴィア達のために戦いたかった。

「これ以上走るのは、ちょっと無理っぽいし、腕のほうは無事だから剣は振れる」

笑いとばすように言うが、本当は不安でいっぱいいっぱいだった。

他の皆は大丈夫なのだろうか。向こうは本当に敵はいないのだろうか。出口は見つかるのだろうか。此処以外にも向こう側にいく道があるんじゃないか。

オリヴィアは、無事に戻れるだろうか。

「ルーっ、だがっ」

向こう側に行かせようとするラドクリファに、ルーはそっぽを向いて隙間を隠すように岩を積み上げる。ほんの気休めだ。

「師匠、来ましたよ」

そう言って、地面に降りると足の痛みに顔をしかめつつ追って来た人形達に向きあった。

もはや後戻りは、いや逃がすことは出来ないと諦めると、ラドもその少し前に並んだ。

人形達の後ろにはやはりあの青年がいる。

まるで、遊ばれているようだ。そう、彼の微笑みを見て二人は思った。

少しずつネズミをいたぶり遊ぶ猫の様に、彼はルー達を逃がして追い詰めて、遊んでいる。

ここは、決して通さないとラドクリファは決意を秘め、対峙した。

そんな二人を見て、青年は微笑む。

「よかったよかった。やっぱり血は争えないね。きっと君ならここに残ると思ったよ」

「なに?」

ラドクリファはようやく気付いた。

彼は、ラドクリファのことなど見ていない。彼は、聖女と言われているオリヴィアすら、興味を持っていない。

目的は――

「ルー! 逃げろっ!!」

「えっ? 何でですかっ! オレは――」

襲いかかって来た人形を斬り倒しながら、ラドクリファは考える。

退路はない。おそらく、先ほどの様に逃げる事は出来ない。なぜだか……理由は考えたくないが、彼の目的はおそらくルーだ。彼はルーの立場を知っている。そして、彼の性格も。

ぬかった。

自分が目的だと気付かずに、ルーは人形と勇ましく戦っているが足の事もあり中々苦戦している。

「貴様っ、裏切り者かっ!!」

赤い髪はこの辺りでは珍しくない。しかし、ルーの正体を知っているのならば話は別だ。

「君は知らなくていいことだよ?」

笑った彼は、ラドの前に出ると持っていた剣を一閃した。どうにか止めるが重い。

自分よりも若そうで体格はほぼ同じだと言うのに、その一撃はとても重く、手がしびれた。

「あ、そういえばラドくんは殺しちゃっていいんだっけ?」

「っ?!」

なんで自分の名前を知っている。

動揺した隙を突かれ、二撃目は防ぎきれなかった。右肩から腹まで切り裂かれ、後ろによろめいた。

白い廊下を赤い血しぶきが汚す。

「師匠っ!?」

「あの泣き虫小僧が師匠かぁ。月日が流れるのは早いね」

この人は、自分の事を知っている? ラドは目の前の人物に恐れを抱いた。

自分は解らないと言うのに、彼は自分を知っているのだ。

痛みも忘れて青年に斬りかかる。が、あっさりと止められ、そのまま吹き飛ばされた。

ルーはラドクリファの前に庇うように立ちふさがる。

かたかたと手が震えているが、自分では気づかないほど緊張をしている。

ラドを斬った青年に向かっていきたいが、この状況で飛び出せば人形がラドを襲うし、自分の力量では青年に斬られて死ぬのがおちだ。

足は今にも崩れ落ちそうなほど震えている。もう、オリヴィアたちは逃げられただろうか。それだけが、今のルーの支えだった。だが、彼の目的が自分だけなら大丈夫だろう。

「取引を、しませんか」

凍りついたのどを振り絞って声を出す。

構えた剣の切っ先が頼りなく揺れていた。おどらく、自分の姿はさぞ滑稽に映るだろう。

ルーは、すでに先ほど青年が言っていたことが、自分のことだと気づいていた。

「取引? なにを?」

面白そうに彼は首を傾げた。

「目的がオレなら、オレは貴方達に従います。だから--」

「あっ、それは無理」

言い終わる前に、青年は動いていた。ルーの剣が飛ばされる。そして……剣と一緒に飛ばされたものがぼとりと床に落ちた。

「う、わあああああああっ?!」

何が起きたのかわかった途端、痛みが駆け抜ける。

気付いた時には地面にのたうちまわっていた。

庇うように隠すルーの右手は、ひじから下が無かった。

剣が飛ばされたのではない、右手を斬り落とされたのだ。

「人を斬りたいのは、個人趣味だから」

そんな言葉を聞いている余裕などなかった。

溢れ出る血とともに温かさまで失われていくようだった。

滲んだ視界の中で青年は嗤った。

「あ、まだ死なないでね? あのくそ主人の元までは君が生きてないと怒られるから」


ルーが倒れたとたん、彼は興味を失った様にルーの右手を持って歩きだす。

すぐに人形の一人がルーを担ぎあげるとその後ろに従った。

「ま、てっ!!」

近くの人形を数体斬り倒すと、青年の後姿にラドは叫んだ。

どうにか立っているがこのままでは危ないだろう。しかし、目の前で弟子が攫われていくのを無言で見送れるわけがない。

「また、会えたらいいね?」

年下の子供を愛でるかのように微笑むと、血まみれになっていた青年は踵を返して歩いて行った。

持っていた右腕をボールのように投げて遊びながら歩いて行く。

弟子の姿も遠くなる。

ラドクリファは湧いて出て来る人形を斬り倒しながら彼を追おうとした。

しかし、彼の行く手を阻むように敵はどこからともなく湧いて出てきた。




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