Episode 1

魔獣の森と魔術師の迷宮



「あ、れ?」


気がつくと、蒼い空が広がっていた。

白い町並み。そこに映える緑。香ってくる風は海の匂い。

見れば、眼下の町並みの間から海が見える。

懐かしい。生まれ育った町だ。

「なんだ、夢か」

そう、これは夢だ。

だって、本来なら彼はここにいないのだ。

先ほど、野営の中で寝たばかりだったはず。

「いやにはっきりしてる夢だな」

ひとりで笑いながら、町を歩きだす。

懐かしい。昔はよく町中を走りまわった。複雑な道を、今だって覚えている。

一人っ子一人居ない町は寂しい。しかし、暖かな日差しが降り注いでいるせいかそれほど寂しくはなかった。

ふと、足を止める。

声が聞こえた様な気がした。高いソプラノ……おそらく女の声だ。

誰かいるのだろうか。

さすがに誰もいないなかを歩いていれば、人恋しくなる。

彼は、歩きだす。

声は広場のほうから聞こえて来ていた。

それは、泣き声だった。

何度か自分で泣きやもうとして声を押し殺し、それでも止められずにまた泣いている。

噴水の横のベンチに、まだ幼い子どもが座っていた。

思わず回れ右したくなるのをひっしに抑えながらも彼は歩く。

なぜなら、子どもが金髪だったからだ。ある程度長い髪を一つに結んでいる。

淡い金髪――それは、いやおうなく幼馴染を連想させた。

そういえば、あいつもよくここで泣いていたっけ。

子どもは苦手だが、もしかしたらあの子かもしれないと歩み寄る。

「オリヴィア?」

声をかけると、その子は顔をあげる。

髪と同色のはちみつ色の瞳が濡れていた。

「だ、れ?」

声をかけて後悔をする。この子はオリヴィアじゃない。オリヴィアも金髪だが、碧眼なのだ。

でも、泣いている子をこのままにしておくのも……声をかけてしまった手前、逃げるわけにもいかず、迷った挙句に彼は歩み寄った。

「えっと、オレはルー。どうしたんだ? 母さんとはぐれたのか?」

母さん。その言葉にその子の涙腺がまた緩みだした。

「ち、ちがうの。真っ暗で、こわいの」

「暗い?」

何をこの子は言っているのだろう。

空を見上げれば晴天。暗いどころか眩しいくらいだ。

が――ぞくりと寒気がした。

瞬間的に日は落ちて暗くなる。

明かりは……いつの間にか子どもの横におかれたランプだけになった。

何時の間に?そしてそのランプはどこからでてきた?

ぐるぐると疑問が浮かぶが何も分からない。そもそも、これは夢だと無理やり納得した。

「確かに、暗いな……」

「おかあさまが、ぜんぶ覚えるまででちゃだめだって」

涙を流しながら近くにあった本をとる。

またしても、先ほどまでなかった物だ。

見ると、周囲に本が積み上げられていた。

しかも、外に居たはずなのに室内になっている。本棚が幾つも並んでいた。

「どうして……」

一体、なにが起こっているのか。いや、夢だからなんでもありなのかもしれない。

「いらなくないように、もっと強くなってって」

「強く?」

本を良く見れば、それは魔術書だった。幾つもの分野の、幾つもの魔術書。

それを、子どもは読んでいるのだ。

おそらく、本棚にある物もすべてそういう関連の物なのだろう。

「そうじゃないと、いらないって」

「っ!?」

こんな幼い子に、なんてことを。

思わず拳を握りしめていた。

おそらくあのヒスイよりも幼い。そんな子に、母親がいらないなどと言うのか。

母親とは、子どもにとって世界の全てだと言うのに。

これが夢であることも忘れて少年は問う。

「おい、その母親は今どこに?」

「おそと」

きっとこの部屋の外。日のあたる場所で待っているのだろう。

「……逃げよう」

「?」

「こんなところにいちゃだめだ! 一緒に逃げよう。こんな場所、飛び出そう!」

「ほんと?」

「ああ。ほらっ」

行こう。

そう手を出すと、少しだけ迷った子どもはゆっくりと首を振るう。

「だめだよ。だって、そんなことしたら……」

涙を溜めながら、その子どもは叫んでいた。


「おかあさまとあえなくなっちゃう」




「ルー! 寝坊だ!!」

「す、すみませんっ!!」

いつもと変わらない鋭い声。朝一番には聞きたくない声がルーを覚醒させた。

「す、すみませんすみませんすみま……あれ?」

慌てて飛び起きて用意しといた服に着替えようとして、ふと気付く。

なぜ、この人がいるのだろうか。いや、そもそも、まだ辺りは暗いぞ。

「ああ、冗談だ。ところで今日の事なんだが……」

「驚かさないでくださいよ師匠おおっ!!」

ラドクリファは至って普通に、真面目な顔で冗談だと言って話を進める。

なんでこんな気まじめを絵にかいたような人が自分を冗談でおこしたのか。恐くなってそれ以上聞けなくなる。

そもそも、どうして違う天幕だというのに起こしに来たと言うのだろうか。なにかあったのだろうか。いや、冗談で起こされたのならべつになにもないだろう……と思いたい。

寝起きに混乱した頭で考えていると何がなんだかわからなくなってくる。

「ん? そこまで驚くとは思って無かった。とりあえず、今日の事なんだが」

「うぅ。なんですかーっ?」

普段、冗談を言わないだけあって、一体何事かと警戒していたルーだが、いつも通りのラドにいつしかそれを忘れていった。

ふと、彼は先ほどの夢を思い出す。

そういえばあの子は目が覚める前に――ごめんなさいと、謝っていた気がした。

「おい、どうしたルー」

「い、いえっ」

なんで、謝っていたのだろう。その疑問はすぐに今日の話をするラドに注意を向けることで忘れてしまう。

彼らの最後の朝は、そうやって過ぎていった。



「あ、ルー! ルーも一緒に行くんですか?」

いつもよりも上機嫌なルーに若干いぶかしげにオリヴィアは聞いた。

いつもオリヴィアの前では笑っている彼だが、今日は何時もとちょっと違うような気がした。

なんだか、とてもいい事があったみたい。なにがあったのかオリヴィアには判らないが、それが少し嬉しい。

「おう。オリヴィアが勝手に暴走しない様にって」

「もうっ、そんな事を言ったのはラドね!」

頬を膨らませて怒るオリヴィアは子どもの様だ。それにルーは笑いながら周りを見た。

周囲にはヴェントスに呼ばれた仲間たちが数十人集まっていた。

ヴェントスはこの夜明けの使者団を実質まとめている団長だ。

ちなみに、オリヴィアはその旗印のような存在である。

「それにしても、また、なのね」

「ああ。最近多いよな」

二人は嫌そうに顔をしかめる。

これからある程度の人数で森に向かう。

どうやら、魔獣がこのあたりに住みつき村や町を襲っているらしいのだ。

魔獣とは、普通の動物が魔力に侵されて変化したものだ。どれも化物のような外見で、人々を襲う。

その理由は、生き物の持つ魔力を奪うため。聞いた話によると、魔獣達にとって抗いがたい本能の様な物らしい。

魔力を得るごとに、魔獣は力を増すという。だから、魔獣は魔力が多いとされる人を襲う前に早急に討伐する事を勧められている。

表向きでは、ルーたちは魔獣を討伐するために各地を巡っているということになっている。が、あまりお目にかけたくはない存在だ。

「今回は、まだ人死はでてないらしい。魔獣のほうは三体だがどれも小型。力もあまりない。これだけの人数でも十分だろう。だが、油断は禁物だ」

魔獣のいる住みかやその特徴、連携についてなどをヴェントスは話すと、みなを見まわした。

目的地は木々がうっそうと生え茂る山の中、なにかしらの不都合が起こっても対応できるようにしておかなければならない。

「オレ達にはまだトールの援助と言う大きな任務を抱えている。一人もかけるようなことが無い様にしてくれ」

低く落ち着いた渋い声が静かに響いた。

そこまで大きくないが、なぜか皆の耳に残るような声だ。

各々返事をすると、四人一組と為って集まり、さらにいくつかの班を作って魔獣の元へとむかった。

オリヴィアとルーは最後に出発する班だ。魔術と剣術、両方を修めているディストと回復術を得意とするネルシアと共に行動をすることとなる。

どちらもルーとオリヴィアの知り合いだ。ネルシアはルーとよくコンビを組む。

ネルシアは年の割に小柄で、長身のディストと並ぶとどこかの親子の様だ。そこにまだ若いルーとオリヴィアがならぶとまるで遊びにいく子どもと父親みたいだと言われていた。

オリヴィアはけが人が出て後方に下がり次第回復術を行うこととなっている。ルーはその手伝いや護衛とは名ばかりの見守る係だ。

ルーとネルシアはまだ見習いだからだ。だが、見習いといってもそれなりに実力者だ。ラドの助言や周囲から認められて来ているのもあって、実地での動き方を学んだり慣れるため、戦場の空気を知るためにこのような機会には後方支援としてよくきていた。

と言っても、ルーは支援できるような魔術が使える訳でも回復術が堪能である訳でもないため、オリヴィアと一緒にみなの活躍を見ていることしかないのだが。


だが、その日は違った。


「おい、魔獣が!!」

誰かの叫び声と共に、狼を元にした魔獣がすぐそばの班を襲ってくる。

狼と言ったが、その姿はトールで神獣とされるフェンリルのような巨大な狼の様な何かだった。フェンリルと違うのは、その身が魔力に狂わされ、腐ったような溶けたような不気味な見た目で、狂ったような殺気を撒き散らす破壊の化身であること。神獣とされるかの獣はこんな化物ではない。

木々の間から黒ずんだ毛並みが見え隠れする。

「な、潜んでいたのか!!」

前のほうの班の者たちは最初にヴェントスが話していた三匹の魔獣を相手に戦っている。この魔獣に関しては情報もなく、予想していなかったのだ。

後方に居るのは支援担当の魔術師やその護衛だ。

もとが狼だっただけあって、その魔獣は凶暴そのものであった。

一瞬のうちに三人が吹き飛ばされ、一人が腕を噛みちぎられ、二人が血を撒き散らしながら倒れる。

その間、ほんの数十秒。

「オリヴィア、下がって!!」

突然の乱入者に呆然としていたルーだったが、あわただしく動きはじめた周囲を見てあわててオリヴィアの前に出て剣を構えた。

木々が邪魔になって狼は動きに制限がかかっているようだが、油断はできない。

「こっちにも――!?」

後ろから悲鳴が聞こえた。

待機していたヒーラーの女性があげたものだ。

あわてて後ろを見れば、サルのような魔獣が木から下りて来るところだった。それも、何匹も。

「お、おい、なんなんだよ……これはっ」

普通なら、こんな数の魔獣が一度に現れるはずが無い。こんなふうに大量に発生すると言う事が普通はないのだ。

まさか、人為的? いや、でも、しかし。

混乱するルーの横で、傍にいた最近入ったばかりの魔術師の女性が空中に円を描くと魔術を発動させた。

輝く円陣。その光は青く、冷たく。空気の中に合った水分が集まり、凍りつくと氷の矢となってフェンリルのような狼の魔獣の巨体に突き刺さった。さらに、サルの魔獣にもそれは矛先を向ける。

が、的の小ささと素早さから、簡単に避けられてしまう。しかし、ヒーラーの女性からは離す事が出来た。

狼の魔獣のほうにはすぐに他の班の者たちが向かっている。ならば、とルーはサルの魔獣と向き合った。

普通のサルよりも大きいと言っても狼よりも小さく早い彼等は素早く逃げ周りかく乱しながら襲いかかって来た。

体格のいい魔獣なら役に立つ木々も彼等にとってはいい移動手段と為っている。自由自在に木々に移る彼等はどこからともなく死角から襲いかかって来た。

場所を考えなければ振るった剣に木々が邪魔をする。

立ち位置を考えながら戦わなければならない。もともと戦いなれていないルーには、神経を削るものだった。

後ろに居る守るべき存在を感じながら剣を振るう。

「ルー君! 伏せてください!」

「は、はい?!」

近くに居た女の魔術師が何かを叫ぶと胸元の呪具を捧げた。

一瞬光が集まると、弾け、行く筋もの尾を引きながら放射された。

慌てて伏せたルーの頭上を通過したそれは、サルの魔獣達の元へと殺到する。

外れた魔術は地面を抉る。

土煙がたち、魔獣達の姿が見えなくなってしまった。

「うわ……」

オリヴィアの魔術にも引けを取らないその威力に、思わずルーは頬をひきつらせていた。

彼女は、その魔力の大きさから達の悪い研究所に捕まり子どもを人質にされて研究を手伝わされていたと聞く。それに、なるほどと頷いてしまうような威力だった。

「気をつけて!!」

魔術師の声に気を引き締めると、煙の中から魔獣が飛びだす。

ギリギリのところで身をかわす。が、さらにもう一体。

無理な姿勢でどうにか避けるが、バランスを崩してしまった。

が、そこをフォローするようにまたも魔術が飛ぶ。

「す、すみません……」

「大丈夫よ。それよりも、トドメを!」

魔術に何度もさらされたせいか、動きの鈍った魔獣に近接すると、バッサリと斬る。さらにもう一体。

魔獣は少しぐらいの傷ではすぐに回復を始めてしまう。一度で殺しきれず、逃がしてしまうが一度動きが鈍ってしまった魔獣をしとめるのはそう難しくはなかった。

数匹の魔獣を魔術の援護をもらいながら斬り飛ばし、気づくと周囲に生きている者はいなくなっていた。

血が……他の生き物たちよりも黒くなってしまった魔獣の血が、飛び散っている。

「ルー!!」

駆け寄ってくるオリヴィアには傷一つない。

「あ、あんまし近寄るな、汚れるから」

白を基調としたローブの少女が近寄るのを見て、ルーは慌てて距離をとった。が、そんなことはお構いなしに走り寄ってくるとその腕を掴んだ。

「無茶はしないでください」

未熟な彼の戦いにはらはらとしていたのだろう。下を向いた彼女の顔は見えないが、どんな顔をしているのかなんとなくわかったルーはどうすればいいのか解らずにおろおろとする。

その様子を、ひと段落ついた他の魔術師や剣士がほのぼのとした様子で見ていた。



ルーたちの戦いが終わった頃、狼の魔獣や他にもうろうろと現れた魔獣たちを他の傭兵達は仕留めていた。

かなりの量がいる。

魔術師によって魔獣達の遺体は焼いて土に還らされた。

魔獣達は全部を狩ることができたが、負傷者が数十人。重傷を負ったのがそのうちの八人。

腕利きばかりを集めて来ていたはずだと言うのに、かなりの負傷者が出てしまった。誰も死ななかったことだけが幸いと言ったら幸いだ。


怪我のなかった傭兵達は森の中を歩き回っていた。

あの後も数匹の魔獣が襲ってきたのだ。もしかしたら、まだ潜んでいるかもしれない。

その中に、ルーとオリヴィアの姿もあった。先ほどルーを助けた女魔術師もいる。

ルー達は疲れこそ残っているものの、怪我もしていない。

後方で後ろを警戒しながら探索をしていた。

「おかしいわ……」

そんな中、ぽつりとオリヴィアが言った。

あたりの巨木に手をかけ、周囲を見回す。

「どうした? なにか、あったのか?」

「なにもないけど……ここ、異常に魔力が濃いの」

「……?」

ちょっとした魔術なら使えるが、魔力を感じることなんて出来ないルーにはわからない感覚だった。

首をかしげながら注意深く周囲を見るが、やはりわからない。

すると、先ほどの魔術師が声をかけて来た。

「オリヴィア様もそう思われますか?」

「はい……ルーは魔獣がどうして生まれるか、知ってますよね?」

「当たり前だ。魔獣は普通の動物が魔力の影響を受けて変異した存在、だろ?」

この土地で生きる人々にとって、魔獣は脅威だ。幼いころから繰り返しその恐ろしさを教えられる。

魔獣が魔力に影響を受けた存在であることは、皆が良く知っていることだった。同時に、そのせいで魔力を操る魔術師が敬遠されている理由ともなっている。

「そう。この森に満ちている魔力の量は異常よ。おそらく、そのせいでたくさんの魔獣が発生してるのね」

「しかし、どうしてこの森にここまで魔力が満ちているのか……ヴェントス殿に知らせなければならなそうですね」

「そうですね、もしも流れの魔術師が関連していたら、大変なことになりますし……」

オリヴィアと魔術師の会話に、ルーは置いてけぼりをくらいながら辺りを警戒していた。

魔術関連はあまり得意ではないのだ。

一通りの基本的な魔術を行う事は出来るし、持っている魔力の量も人よりも大きいと言われているが、細かい作業や魔術式、詠唱を覚えるのも得意ではない。剣を振るっている方が性にあっている。

二人の会話を聞きながら周囲を見ていると、何か、人工的な壁が見えた。

「あれは……?」


ルーによって発見されたのは、古びた館だった。

人のいる気配などなく、中を覗いても壊れた家具や食器の類が転がっているだけだ。

しかし、魔術師たちの報告により、来ていた傭兵たちが集まっていた。

「どうもこの館から魔力が発生しているようです。無人の様ですが、流れの魔術師が何かを残して行ったのかもしれません。夜になる前にこの屋敷の中を確認したいと思います」

そう、告げるのはラドクリファだ。

現在、魔獣が他にもいないかと少々遠いところまでヴェントスと数人の傭兵が行っているため、ラドクリファが彼等を纏めていた。

「サイカさんとエイジさんは一度戻ってフェルネスさんに報告を。ルチルさんとディストの班は私と共に館を調べます。あと、残った方は引き続き周囲の警戒と見つけ次第魔獣の討伐をお願いします」

この館が魔力の発生している中心とはいえ、人の気配もない廃屋だ。そこに何人も人を向かわせても仕方が無い。故に、ルー達とともに魔獣を討伐したあの女魔術師の班と魔術や魔獣に関しての知識を持つディストのいるルー達の班が選ばれた。

魔術師の班は一人が負傷してしまった為、ルチルと剣士であるハーディス、フォントの三人であった。

八人が揃うと、ラドクリファとディストを先頭に、館の探索が始まった。


古びた洋館に、人の気配はなかった。

埃のたまった廊下には足跡もない。

あまりのなにもなさに四人ずつに分かれて探索をすることとなる。

館は意外と広い。三階建てであり、奥行きがあり正面から見えるよりも部屋が多かった。

ルーとオリヴィアは先ほどと同じくディストとネルシアと共に一階を捜索していた。

しかし、何も無い。

「なあ、本当にこの館が魔力の中心なのか?」

「間違いないわ。でも……」

確かに魔力を感じるが、場所があやふやでわからない。とオリヴィアたち魔力を感じる者は言っているが、ルーにはよくその感覚が解らない。

「あまり考えたくないが、隠されているのかもしれんぞ」

ディストもまた魔力を感じる事が出来る人間だ。

あやふやでよく解らないもやもやとした間隔に眉をしかめながら言う。

「隠されている……もしかして、ヤバイ案件に関わっちゃったんやない?」

ルーと同じく魔力を感じられないネルシアは嫌そうに顔をしかめて近くのソファに座りこむと言った。

ネルシアは根っからの魔術師で回復術を得意とする後方担当だ。あまり体力が無い。オリヴィアは小さい頃からルー達幼馴染に遊ばれて身体を鍛えていたため意外と体力があるのだが、それでも少しばかり疲れた様子だった。

探索に気を使いすぎて、少々滅入っていた。

「おい、ネルシア」

ディストが注意をするが、女の子には甘いためそこまで強く言わない。

「もーいいじゃんっつかれたー! この屋敷、無駄にでっかいし。ねールーもそう思うでしょ?!」

「そうだなー。でもそこ埃たまってんぞ」

「うわっ」

慌てて跳ね起きて埃を払うが、既に服にこびりついている。黒ずんでしまった場所は、後で洗わなければ落ちないだろう。

「あっ、シア。あんまりこすると取れなくなるから、あとで洗いましょ?」

「うぅ……そうだね……ルーのばかー」

「って、なんでオレにとばっちりくるんだよ!」

「だって先に教えてくれれば座らなかったのにっ。ばかばかばかっ」

「いや、普通に考えて埃がたまってるってわかるだろ!」

「まあまあ。シアも今は探索中だし、落ち着いて」

二人の間にオリヴィアが入ると、二人してそっぽを向き合う。

ルーとネルシアは以前から知り合いで、元々喧嘩友達の様な存在だった。いつでも顔を見合わせれば喧嘩ばかりで問題にされるが、意外と二人のコンビは連携が取れているため本当に仲が悪い訳ではないのだろう。

そんな二人の様子を微笑みながらオリヴィアは部屋の中を調べていた。

一方のディストは子守でも任されたような気分だ。女性が苦手な為にあまり強く出られない性格である彼は、魔術師であるオリヴィアとネルシアを守らなければならない。二人ともまだ子どもと言ってもいい年齢だし、一緒にいるルーもまあまあな腕前とはいえまだまだ子どもだ。

「あー、もう、早く帰りたい!」

「うっせえっ。俺だってそうだよ!」

今度班を作る時は、せめてもう一人自分の様な大人が欲しいと心から思った。


結局、何も見つからずに八人は集合する。すでに太陽は登りきっている。早めに原因を突き止めたかったが、そこまで簡単な案件ではないらしい。

「こちらは何も見つかりませんでした……そちらも、同じようですね」

魔術師、ルチルがこちらの様子に気づいて先に言う。

「はい。どうしますか?」

ディストの問いかけに、ラドは少し考え込む。

「そうですね。ヴェントスさんが戻ってくるまで待っているか……」

そんな会話の横で、ネルシアは近くにあった壁にもたれかかった。

座りこむのは少し恥ずかしい。が、疲れてしまった。

と、背中が壁に着いた途端、その壁が倒れた。

「っえ?」

間の抜けた声と共に埃が舞い上がり、ネルシアは埃と共に見えなくなる。

「ちょっ、ネルシア?!」

古くなっていたとはいえ、壁が倒れるなんて誰も思ってもいなかったことだ。

近くに居たオリヴィアとルーが駆け寄ると、倒れたネルシアと、暗い穴がその横にあった。


結果的に言うと、壁が倒れたのは元々その壁が誰か素人の手によって作られたものだった為だった。その壁は地下へのびる階段を隠していた。

それにすぐ気付かなかったのは、わかりやす過ぎる偽装の壁が魔術によって隠されていたからだった。

壊れかけていた壁が魔術によって普通の壁に見えていたために、ネルシアがよっかかってしまった。そして、壊れて今に至る。

最初こそ驚いていたが、思いもよらずに役に立ってしまったネルシアが胸を張る。が、直後にルーに頭をはたかれて軽率だと怒られていた。

覗き込んだ地下はかなり深い様子だった。

一度、火をつけた木を落してみる。と、奥の方で燃えているのがうっすらと見えた。

「とりあえず、降りて見よう」

ラドクリファの言葉に、七人は神妙な顔で頷いた。


石壁の地下に降りると、そこは一変した。

古びた館の地下は酷く暗い場所だった。灯りをつけても、何か恐ろしいモノがいるような気配がする。

魔力を感じられるというオリヴィアやルチル、ディスト達の顔色が悪くなっていく。

「オリヴィア……大丈夫なのか?」

「へいきよ。ちょっと、魔力に当てられただけだから……」

「……あてられた?」

「うん。ここが、魔力の発生している場所みたい。魔力が充満していて、息がつまりそう」

「まじか……」

ルーには魔力が感じられない。しかし、この場所がなにかおかしいことだけはわかった。

とにかく、今は魔力の中心となっているこの場所を調べるだけである。

だが、進み始めてすぐに、変化はおきた。

大きな道に、出たのだ。そこは埃などがたまっていない。誰かが、使っている廊下だった。

今まさに誰かが通ったのか、松明が焚かれ周囲を明るく照らしている。

「ラドクリファ、この先は……」

渋面のルチルが足を止めた。

いつの間にかルーの隣に居たオリヴィアは、そっとルーの服の袖を掴んだ。

どうしたのかと視線を向けると、何かに耐える様にオリヴィアは苦しそうな顔をしていた。

「オリ、ヴィア、どうしたんだ」

「ここ……すごく、嫌な気配がする。これ以上……進んだら」

同じようなことをルチルもラドに話す。

これ以上進むのは、危険。それはルーも感じていた。

何も感じられないはずのルーですらそれを感じるのだ。ここは、異常だ。

それゆえに、彼等は近づいて来る気配に気づかなかった。



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