29

 陰陽師と護衛師ガーディアンふたりが不在にしている天鳥舟あまのとりふねでは、少年が美少女から講義を受けていた。

 戸隠トガクシの私室に招かれたセツは、定位置に腰を下ろした彼からまるで茶飲み話でもするかのような口調で、アヤカシについてあれこれと学ばされている。これまで自分を悩ませてきた異形について知ることは、彼にとって自身の不明を啓くことだ。とても興味深かった。

「妖は視ようと思って視えるものではない。妖物の核……魂も同じだ」

「でも、十和トワに呪がかけられているかどうか確かめようとしたとき、あんたは、視ようと思って視なければ妖物の本当の姿はわからないって、そう云ったよね」

 ああそうだ、と戸隠は楽しげに笑った。その表情を見て、ああ、彼はたしかに歳を重ねた男なのだ、と雪は思った。朗らかでありながらどこかに渋みを含んだその顔は、幼いこどものものではありえない。

「視えなきゃ斬れないんだろ? 実際、蟲妖のときもそうだったじゃないか」

 言葉を重ねるごとに身振りが大きくなり、姿勢が崩れていたことに気づいた雪は慌てて背中を伸ばした。そんな彼の様子に、戸隠は、ふふ、とまたもや笑い声をあげた。

 楽にせい、と彼は云った。

「居眠りでもしない限り、わしは細かいことは気にしない」

 小さなころの十和なんぞ、腹這いに寝転がりながらわしの話を聞いていたぞ、という口調は、本当に楽しげだった。

 変な爺さんだな、と雪は思う。彼の知る年寄り——そう数が多いわけではないが——はみな、自身の権力を誇示するため、相手に礼儀を強要したがったものだ。まあ、あえて美しい人形のような見た目を選ぶような男だ。相当な曲者であるのだろう。

「慣れぬ者がそんなことをしても話が耳に入らないだけだ」

 雪が肩の力を抜き、ほっと一息ついたところで、戸隠が表情を硬くした。

「おまえ、人の魂は視えるか?」

「視えないよ、そんなもの」

 気を抜いていた雪は慌てて答えた。

「ぼくに視えるのは鬼魅オニとか妖鬼だけだよ。魂なんて視えない」

「そうだろう。人の魂はいかに目の鋭い見鬼けんきでも視ることは叶わぬ。だが、じつは妖の魂も同じなのだ」

 同じ、と雪は呟き、その意味を新たな師匠に問う。

「同じってどういうこと? 妖の魂は核だって……」

「あれは……そうだな、人間ヒューマノイドでいうところの心臓や脳のようなものだ。急所、と云えばわかりやすいか?」

 うん、と雪は答えた。

「妖も人も魂を持っている。違いは身体があるかないかということだけだ。妖は実体をもたぬ、それゆえ妖力のある者にしか視えぬ。人には身体がある、触れればわかる。誰にでも視える」

「つまり、人と妖は同じものだっていうこと?」

 そうだなぁ、と戸隠は短い息をついて茶を啜った。その様子はどこか物憂げだ。

「同じといえば同じだ。しかし、違うといえば違う」

 煙に巻くような戸隠の答えを聞いて、雪は正直に、よくわからない、という顔をした。美少女は薄い笑みを浮かべる。気性が荒かったり嘘つきだったり、素直でないものばかりを相手にしてきた彼には、雪のまっすぐさが新鮮に感じられるのかもしれない。

「人と妖は本来交わらぬものだ。だが、昔々、大昔、人と妖の境界がまだはっきりしていなかったころには、人と妖はよく交わっていた。あたりまえのようにともに暮らしていたとさえ聞く」

 そんな気味の悪い時代に生まれなくてよかった、と雪は思った。

「時代が移ろい、人が力を持つようになると、妖は姿を消していった。異界へ還っていったのかもしれぬ。妖はとても弱いもの、実体を持たぬ弱き者なのだ。身体を持つ人はどんどん強くなっていって、妖のことなどすっかり忘れてしまった」

 こどもに語り聞かせるお伽話のように戸隠の言葉は続く。

「やがて人は地球を離れ、太陽系、やがては銀河系全体へと散っていくようになった。惑星を改造して、衛星を飛ばして、自分たちの生活圏をどんどんと拡げていった」

「……それ、いつの話?」

 雪の幼げな質問に、戸隠は笑って、そうだなぁ、と答えた。

「いまから千年ほども前のことになるだろう」

「千年?」

 戸隠は軽くうなずき、遠い目をした。

「妖の存在も異界との境界も忘れ、自分たちを至高の存在と思っていた人間の前に、新たなる生物が現れた。精神生命体だ。人は実体を伴うが、彼らは実体をもたぬ。妖に似てはいるが、異界に棲む者ではない。この現世に棲んでいる」

 人類がはじめて彼らに遭遇したのはいまから七百年よりも前のことになる、と戸隠は目つきを険しくした。

「人は彼らの強い精神感応力テレパシーや、念動力サイコキネシスに苦しめられた。地球や月に逃げ帰った人は彼らに対する策を考えた。そして思い出した」

「思い出した?」

「さよう。思い出した。かつて自分たちと共存していた妖の存在を」

 戸隠の声は穏やかだった。しかし、彼の話を聞いているうちに、雪はこれまでの自分が少しずつ壊されていくような気分にさせられていた。ただ怯え、おそれ、遠ざけようとしていた妖たちに対する認識が崩れていくにしたがって、依って立つなにかがぼろぼろと——。

「器を持たぬ存在には、同じように器を持たぬ者を対峙させればよいと、現世うつしよに棲む妖を、常世かくりよに棲む妖に退治させようとした」

「鬼魅を利用しようとしたっていうこと?」

 そうだ、と戸隠はよくできたこどもを眺めるような眼差しで雪を見る。雪は顔をしかめた。

「どうやって?」

「妖を異界より呼び出し、契約し、戦うために使役した。それがいまの陰陽術の起源だ。だから太古の昔から存在する陰陽道とは、少しばかり質が違っているのかもしれない」

「戦いはどうなったの? 勝ったの?」

 決着はつかなかった、と戸隠は目を伏せた。

「結局、人は精神生命体の棲むその星域を支配することを諦めた。だが、妖を使役する術だけは残った。うまく使えば便利な武器だからな。陰陽術、陰陽師、陰陽寮、すべては人が己の欲望のために妖を使役するためのものだ」

 雪は息を詰めるようにして、戸隠の話に聞き入る。

「そもそも妖とは善も悪もないもの、人にとって毒にも薬にもならぬものだ。人と交わることのない妖は人に害をなすことない。だが、そこに人が邪気を吹き込めば話は違ってくる。真っ白な布を墨汁につけるようなものだ。妖はいとも容易く人の邪気に染まる」

 そんな、と雪は呟いた。戸隠の話が本当なら、それなら、いままでのぼくが怖がっていたものは、おそれていたものはいったいなんだったというのか。

「ひとたび墨色に染まった布が決してもとには戻らぬように、ひとたび邪気に染まった妖ももとには戻らぬ。その魂を斬り、異界に還さぬ限り、未来永劫、人に害をなし続ける。それがそやつの存在する意義となってしまっているからな」

 それってどういうこと、と雪は問う。

「妖に邪気を吹き込むのは人なのに、斬られるのは妖なの?」

 戸隠は答えなかった。

「……人はどうなるの? 妖に邪気を吹き込んだ人はどうなるの?」

「わしらはわしらの棲む世を護らねばならぬ」

 もと陰陽師はようやくといった様子で重たい口を開いた。

「わしらは現世でなくては生きていけない。妖が棲むは常世、現世に迷いでてきたものは常世に送ってやらねばならぬ。それが人の手によって導き出されたものであってもな。妖を斬るは常世に妖を還してやること、そう思って斬るしかない」

 納得できない、と雪は俯いた。人に害をなす妖と共存することなどできない。だが、その害意が妖のものではないのだとしたら、邪気が人のものだとしたら。共存することができないのは、いったいどちらだろう。

「人は人のよこしまと共存せねばならない」

 雪の心を読んだかのように戸隠は云った。少年は顔を歪め、師を正視することができない。

「どのような人間でも心には必ず邪気がある。人を殺めるのはいつの世も人。弱き者を利用し、殺し、踏み台にして高みをめざす。それが人だ。醜く、浅ましく、愚かな生き物」

 戸隠は歌うように続ける。美しい容貌と相まってか、それこそ常世の見世物のように夢幻めいて見えた。

「だが、わしらは妖にはなれない。人に利用されるばかりの妖に同情はできてもな。わしらは人、人は死ぬまで、否、死んでもなお人であり続ける。それゆえわしらは、人の棲むこの現世を捨てられない。人であるという事実を捨てられないのと同じようにな」

「……理不尽だね」

 戸隠はうっすらと笑った。

「生きるということはそれ自体が理不尽だ。生まれてきたことも生きていかねばならぬことも。誰も望んで生まれてきたのではないからな。けれど、わしらは思うだろう、死にたくない、と」

 己にとって不可思議でしかなかった妖を、雪は心底おそれていた。それは、いつか彼らに害されるかもしれない、と思っていたからだ。いつ死んでもおかしくない、なんなら、そうひどい目に遭う前に死ぬのも悪くない、とさえ考えていたというのに、殺されるのは怖かった。

「なぜであろうな」

 戸隠にはこちらの考えていることがすっかりわかっているようだった。わからない、という意を込めて、雪は首を横に振った。

「生きたいと願う生命が、魂があるからだ。生きることそのものが目的である魂を抱えて、わしらは生きてゆかねばならない。望んで生まれてきたのではないこの現世で、傷ついて、苦しんで、それでも死にたいと願ってはならない。死んでよい理由など与えられないのだ」

「やっぱり理不尽だよ」

「そうだな」

 戸隠がごく軽く応じるのを聞いて、雪はようやくなにかを諦められたような気がした。

「理不尽であることがわかっててさ、それでも生きてるんだね。十和も、あんたも」

 来鹿ライカも、杠葉ユズリハも、ぼくも、そしてあの闇を抱えた男も。まるで、生きる、という呪をかけられているみたいだ。雪は顔をあげて戸隠を見つめた。

 深い眼差しがそこにあった。数多の人の生と死を見つめてきた静かな、美しい少女の面差しには似合わない激しい眼差しだった。

 死にたいと思ったことのない人間はいないだろう。生きていくことの理不尽を恨んだことのない人間もまた。生きることの矛盾に気づかずにいられるほど、人の生は短くはない。だけどみなは、それを知りながらもここまで生きてきたのだ。生き抜いてきたのだ。

「ぼくも戦えるようになりたい」

 力強いとは云いがたい声だった。しかし、そこに込められている想いはたしかなものだった。

「妖を斬る。斬れるようになりたい。だから教えてほしい。これの使い方、教えてください」

 雪は託された守刀を強く握りしめる。

 人は現世で、妖は常世で生きている。生きるものは皆、すべて己のなかに歪みを抱えている。生を望む本能、死を求める本能。人が抱えているそれらを、妖もまた抱えている。

 生きる世界を異にして、それでも抱えている歪みは同じなのだ、と雪は思った。

 人と妖は異にして同、同にして異。

 ならばぼくにも斬ることができるはずだ。つまりは、生きることの理不尽を斬るということなのだから。

 少年の言葉はその唇から語られることはなく、老人は彼の胸のうちを量ることをしなかった。雪の目に、戸隠はただ頷いただけのように見えた。

「わしの目もまだ捨てたものではないらしいな。その刀、そなたならば危うげなく使いこなせるようになろう」

 だが、まずは、と戸隠が云いかけたそのとき。

 突然の颶風がふたりに襲いかかってきた。


 毛布やクッション、茶の入ったカップ、茶菓子の乗った皿、そのほかあちこちに飾られていたなにやらわからぬ置物が部屋中を舞った。

「十和ッ!」

 ようやく目を開けることができたものの、しこたま埃を吸い込んだ雪は派手に咳き込んだ。うっすら涙のにじむ目をどうにかこじ開け、ひどく驚かされた。

 めちゃくちゃに散らかった床の上に、十和と来鹿が転がっていたからだ。

「十和!」

 先ほども聞こえた叫び声は、どうやら来鹿のものであったらしい。うつ伏せに倒れた身体を助け起こしながら、彼は周囲を見回す余裕もないほどに取り乱している。

「十和! 来鹿!」

 雪が幾度か呼びかけてようやく、彼は左右を確認し、自分を呼ぶ声に答えた。

「……雪?」

「なにがあった」

 不機嫌を隠そうともしない戸隠の声に、来鹿は首を横に振る。

「俺にもよくわからん」

「部屋を荒らして申し訳ありません」

 呻き声を上げながら起き上がった十和が口を挟んだ。顔色はひどく悪く、額には冷や汗が浮かんでいる。

「十和! 大丈夫なの? っていうか、どういうこと、これ!」

 遅ればせながら驚きに声を上げる雪に、彼女は片頬だけで笑ってみせる。

「雪か……」

 やっぱりおまえを目標にしたのは正しかったな、と彼女は云った。

「なにが正しいものか。周りをよく見よ。大迷惑だ」

「翁……」

 十和の声は苦しげだ。ようやくといった体で身を起こそうとするがうまくいかず、来鹿の助けを借りているようなありさまだ。

「どうしたの?」

「傷口が開いただけだ、心配ない」

 それより、と十和は来鹿を見上げた。

「八雲を見失った。あの男、あれほど手を放すなと云ったのに」

「見失った? どこでだ? いや、そもそもどうして俺たちはこんなところにいるんだ? 工場にいたはずなのに」

 幽世かくりよに置き去りにしてきてしまったかもしれない、と十和はため息をついた。

「幽世だと?」

 来鹿の声は強張っている。彼はなぜか戸隠に視線を向けながら、しかし、言葉ばかりは十和へと投げかける。

「じゃあ、なにか? 俺たちは冥府を通ってここまで来たってことか」

「少し違うが、まあだいたいそのとおりだ。黄泉の入口、冥府の前庭ってところだろう」

 十和は痛むらしい腰を掌で押さえつけながら、床の上にあぐらをかいた。艶やかな黒髪が膝の上にまで流れ落ちる。

「だが、まさか八雲を見失うとは思わなかった」

「見失う?」

「陰陽術と相性の悪いおまえを引っ張ってくることに集中していたからな」

 本来、妖やら幽世やらとは無縁であるはずの来鹿を連れて異界を渡るなど、無茶にもほどがある、と雪は思った。およそ道理に反している。戸隠による短い講義を受けただけでもわかるようなそんなことを、十和が理解していないはずがない。

 しかし、十和にはできるのだ。どうやら彼女の妖力ちからは、世のことわりをねじ曲げることさえ可能にするほどに強いものであるらしい。

「やばいな……」

 八雲のことを案じているらしい来鹿に、しかし、十和はなにかを見透かしているような口調で応じた。

「まあ、そう心配することはないだろう」

「なぜだ?」

「もしも、まだ八雲があちらにいるのだとしたら、生きて還ってくることはまずないと思ったほうがいいだろう。冥府の気配は人の身には酷なもの。そもそも人とは相容れぬ者の棲む世界だから仕方のないことだが」

「いるのだとしたらってのはどういう意味だ」

 そのままだ、と十和は肩を竦めた。

「たぶん、もういないだろうってことだ。念のため、コウに探させてはいるが、見つかることはないだろうな」

「し、死んじゃったの? 鬼魅にわれちゃった?」

 たまらずに口を挟んだ雪に向かって、十和は穏やかに微笑んでみせた。安心させるつもりだったのかもしれないが、その表情はかえってこどもを怯えさせただけだった。

「そう気を揉むことはない。あいつはたぶん助かる」

「え、なんで?」

 疑問を口にしたのは雪だったが、来鹿も似たような表情を浮かべている。同じ疑問を抱いているのだろうと思えた。

「……来鹿、おまえが気づいていないとは思えないのだが」

 十和はやや億劫げにそう云った。

 怪我の程度が重いのかもしれない。杠葉を呼んできたほうがいいだろうか、と雪は思った。とはいえ、十和の話の続きを聞かずに部屋から出ていきたくはなかったから、胸に浮かんだいやな想像から逃避したいだけだったかもしれない。

「おまえと八雲を連れて異界に飛んだとき、白鵺の匂いを感じた。弓弦ユヅルに怪我をさせ、ついでにわたしを襲った白鵺の匂いだ」

 来鹿は眉をひそめた。

「どういうことだ?」

「白鵺には主人がいるはずだ、と云っただろう。やつは己の主人が冥府にやってきたことに気づき、そばに寄ってきた」

 意味がわかるか、と十和はわずかに首を傾げた。来鹿も雪も返事をしなかった。その無言こそが答えだと十和にはわかったのだろう、小さく頷いてみせる。

「あの鵺は五芒星のあるところに必ず顕れている。あいつは人を啖らっているし、相当の邪気を持っている。主人の意を受けてみずから呪陣を描いているのか、それとも単に術者を助けているだけなのか、そこのところはよくわからなかった」

 極光オーロラ万華鏡カレイドスコープ月長石ムーンストーン——。

 偶然にも雪は、あの気味の悪い鵺が現れるところすべてに居合わせている。だからだろうか、十和の話の続きは聞かなくてもわかるような気がした。

「妖とはもともと自我を持たぬものだ。普通の状態では人のそばに寄ってきたり、人を襲ったりすることはない。妖それ自体はどんなに強い妖力を持っていようとも、人に対して害はなさない。人がその者に念をこめぬ限りは」

「……つまり、実際に呪陣を描いているのは人だと?」

「そう思っていた。だが、呪陣の中央に捧げられたはずの供物の場所を考えるに、おそらくは共作なのだろう。術者は自らが入り込めないような場所には、あの白鵺を遣って術を完成させた」

 ああ、と来鹿はまるでため息のように相槌を打った。

「ここへくるまで術者は慎重だった。周到に準備を重ね、布石を打ち、陣を完成させた。あとは時が満ちるのを待つばかりだ。そのときになれば百鬼夜行が現れて、憎い仇を滅ぼしてくれる」

 自分がすべてを仕組んだと気づかれることなく、と十和は云う。

「妖にそんなことをさせるには、特別に強いつながりが必要だ。術者は鵺に人を食わせたと云ったが、おそらくはそれ以上のなにかがある」

「それ以上のなにかって?」

「契約だ」

「どんな?」

 雪が矢継ぎ早に尋ねると、十和は苦しげに目を細めた。けがの痛みゆえの表情ではないように思われた。

「目的を果たしたら食わせてやるとか、あるいはすでに身体の一部を与えているとか、そういう約束だろうな。妖は人とは異なる思考を持つゆえに愚かだと思われがちだが、そうでもない。自身の脆さをよく理解しているからか、他者の理屈ではなかなか動かないものだ。それをあれだけ自由に使役し、さらに遠くへ使いにも遣っている」

 生半なまなかなことでは得られないつながりだ、と十和は云う。

「それが八雲だと……」

「おまえだってうっすら疑ってたんじゃないのか」

「疑ってなんか……」

 来鹿は言葉を濁したが、嘘をつけ、と十和は一刀に断じた。

「おまえは八雲を警戒していたはずだ。妖力ゆえではない、なにか別の理由によって」

 来鹿は返事をしなかったが、その無言こそが十和の言葉の正しいことを証明しているようだった。

「わたしと荒によっていきなり冥府に引きずり込まれて驚いたんだろうな。おそらくは相当焦ったに違いない。主人の動揺を察知して、あるいは危機に瀕しているのではないかと思い、駆けつけたのだろう」

 雪は自分のなかの疑いの種がおそろしい勢いで成長し、枝を広げ根を張り、いつしか葉を繁らせていくのを、止めることができなかった。それは十和の俯いた表情と、ともに鬼魅どもの入口となる五芒星の中心を探していたときの八雲の姿を養分にし、ついには大木となって雪の心に重たい影を落とすまでになった。

「ときに、雪」

 漆黒の瞳にじっと見つめられ、雪は身をこわばらせた。尋ねられるまでもなく、十和の云いたいことはわかっていた。

「頼んだことは調べてきてもらえたか?」

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