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 皓宮ひかりのみやの駅は炎宮ほむらのみやのそれに比べ、質実剛健に造られている。意匠も装飾も凝らされてはおらず、ごく機能的であることのみを求められているらしい。

 カペラ港や釣宮つりがねのみやにはあたりまえのように、炎宮でもかろうじて存在していた視認できる表示灯は、ここには存在しない。体内インナー端末を持たない者の存在は最初はなから勘定にないのだな、と十和は思った。

「おかしいですねえ」

 隣で八雲がのんびりとした声を上げる。

「工場長の迎えがあるはずなんですが」

「ずいぶん偉そうなのが迎えに来るんだな」

「ほかに人がいないんだそうですよ」

 感想を述べた来鹿に向かって、八雲が肩をすくめた。

「人死にが続いて、いまは従業員の多くが職務を放棄しています。工場は、実質、稼働を停止しました。いくら職務怠慢だなんだと強いことを云われても、身の安全が保証されないような職場に出勤するなんて、だれだってごめんでしょうからね」

「健気なのは工場長ばかりってことか」

「まあ、彼は管理職ですから。いつもは陽宮ひのみやのオフィスにいるんです。死体を見たのも、六人めのお偉いさんのときだけだと聞いています」

「ほかの五人のときの身元確認については、だれが指揮を執ったんだ?」

 ふいに口をはさんだ十和に向かい、八雲は短く答える。

「警備主任ですよ」

 殺された人たちは所属も職級もバラバラで、上司や同僚にも関連はありませんでしたから、と彼は続ける。

「五人、いえ、六人すべての遺体を確認したのは、工場に常勤する警備主任だけだそうです。リュニヴェールに記録を提出させていますので、あとで確認してください」

 八雲がそこまで説明したところで、三人の前に一台の車が停まる。

「遅くなってもうしわけない」

 そう云いながら車から降りてきたのは、初老にさしかかろうかという年齢に見えるひとりの男性だった。

「こちらにおいででしたか。駅の反対側にまわってしまいましたよ」

「それは失礼をしました」

 八雲が丁寧に頭を下げると、男は、いやいや、とわざとらしい作り笑いを浮かべる。唇の端が不自然に引きつり、頬には軽い痙攣がある。あまりにもあからさまにすぎて気の毒とさえ思える。

 安全な陽宮のオフィスから引きずり出され、汚れ仕事を——おべっかと金の計算を得意とするホワイトカラーにとって、ごく短い期間に六人も死人の出た呪われた工場の案内役など、汚れ仕事以外のなにものでもない——押しつけられたことが、よほどおもしろくないのに違いない、と十和は思った。

「リュニヴェール皓宮工場の工場長、磐城いわきといいます。このたびは弊社における事件解決にご協力いただけるとのこと、心から感謝いたします。では、早速ですが工場へご案内いたしましょう」

 よろしくお願いします、と答えたのは八雲だった。

 十和は、自らの足でいちど工場を訪れているためか、磐城のことをどこか鬱陶しく感じている。彼の役目は案内役というより、どちらかといえば監視役だろう、と彼女は思う。昨日、応接に現れた者たちよりもさらに強力な監視役。工場内でよほど勝手をされたくないとみえる。

 来鹿は、磐城が現れたときからどこか探るような目つきのまま黙り込んでいる。なにを考えているのかはわからないが、およそよい感触を持っているようにはみえなかった。

 十和や来鹿がどれほど邪魔に思っても、少なくとも今日のところは、工場長の同行がなければ現場に入ることはできない。三人は雪の降りしきるなかを、磐城の案内に従って工場へ向かうことになった。


「宿直室はこちらです。監視室モニタールームの奥に仮眠室があります。警備当直の巡回は一晩に三回です。警備用ロボットが一晩中稼働していますから、警備員の見回りは屋内が中心でした」

 防犯よりも安全点検の意味合いが強いですね、と磐城はよどみなく説明を続ける。

「ラインが動いていないときであっても、火災や薬品事故の可能性はつねにあります。熱感知器センサーやガス検知器なども当然設置してありますが、事故対応も含めて、人の配置は不可欠です」

 工場長みずからの案内により、工場の設備のひとつひとつについて説明を受けている三人である。

 巨大な複数の倉庫、製薬ラインのある五つの建物、研究棟、実験棟、そして、いま歩いている管理棟。敷地内にはほとんど人気がなく、少し気味悪く感じるほど静かだった。

「夜間、工場内に残るのは、警備員のみだったのか?」

「ええ……いえ、ああ、いいえ」

 ずいぶんと歯切れの悪い磐城の様子に、問いかけた来鹿が苛立ちのこもったまなざしを向ける。

「私はその……そのあたりのことは」

「把握していない、と」

「建前ではそうだったようだが、実際はかなりの人数が残っていることが多かったらしい」

 予想外の方向から飛んできた答えに驚いたのか、磐城が目をむいた。抗議するような視線にかまわず、十和は先を続けた。

「研究棟や実験棟には、泊まり込みで仕事を続ける研究員も大勢いたし、管理棟にいる間接部門も残業は多かった」

「……指導はしていたんですがね」

 苦々しくつぶやく磐城に、八雲がとりなすように云った。

「われわれは労働監督にきたわけではありませんから、建前よりも現実が知りたいんです」

 実際、亡くなった方々の所属はまったくばらばらだったわけですし、少し考えればわかることでしょう、と彼は続ける。

「具体的には?」

「ライン作業者がふたり、あとは、警備員、研究員、経理部門の担当者がひとりずつ。性別の内訳は女性が四人に、男性がひとり。年齢は二十代がひとり、三十代がふたり、残りは四十代と五十代です」

 来鹿に向かって暗唱するように説明した八雲を、磐城が驚きの目で見つめる。

「資料にあることですから」

 きっと、磐城は死んだ従業員になど興味がなかったのだろう、と十和は思った。彼の関心は、今回の件で自身の評価にどれほどの傷がつくか、その傷を少しでも浅くするにはどうしたらいいか、ということだけに向けられているのに違いない。本社からやってきて惨殺された上級役員のことすら、どうでもいいと思っているかもしれない。

 もっとも、磐城はリュニヴェールの社内においてはそれなりの地位にあるはずだ。辺境準惑星の一工場を預かるにすぎない身とはいえ、本社役員とも面識があり、月面本社にも幾度か足を運んだことがあるのだろう。

 現地で採用された従業員のほとんどが、役員の顔はおろか名前すら知らず、陽宮にあるC2オフィスさえ訪れることのない現実を思えば、磐城の気持ちもわからなくはない。

 同じ企業に勤めていた、という以外、被害者たちと磐城にはなんの接点もない。不運な死を気の毒には思っているのだろうが、それだけなのだろう。悪いことではない。それに、その割には磐城はよく現実を把握している。

「ここから屋外へ出ます」

 宿直室から廊下を進み、一度右へ折れたあと突き当たりに非常口があった。三人は粉雪の舞う灰色の空の下へ出る。

「昨日、こちらへうかがった折に頼んでおいたことだが」

「聞いています」

 十和の言葉に磐城は神妙な顔でうなずいた。

「遺体の発見された場所をごらんになりたい、と」

 被害者たちの遺体はどれも屋外で発見されている。すべての現場を見ておきたい、ということは、昨日のうちにリュニヴェールに申し入れてあった。

「これからご案内します」

 十和は思わず苦笑した。

「工場長に案内してほしい、とまで云ったつもりはなかったんだが」

 データさえもらえれば自分で、と言外に伝えたつもりだったが、磐城はそれを無視することにしたようだった。

「敷地にはとても広い。車を呼びますよ」

 十和は反論しなかった。

 汚れ仕事には嫌気がさしているだろうに、工場長の目つきには隙がない。この磐城がいる限り、工場内を自由に動きまわることはできないに違いない。なにを云っても無駄か、と彼女は考える。

 磐城がみずから案内役を務めるのには、ただの監視以上の理由があるのかもしれない、と十和はいまさらながらに思い至った。

 いくら人がいないとはいえ、この工場の総責任者である磐城には、ほかにも多くの重要な職務があるはずだ。予定外の事態に工場を緊急停止させているのだ。再稼働時期の調整、人員の確保、機会損失の補填まで、やらねばならないことは山ほどあるに違いない。

 にもかかわらず、陰陽師と護衛師の案内に時間を費やしているからには、そうするだけの理由があるからだということになる。

 その理由とはいったいなんなのか。

「磐城さん、あなたは、ここはもう長いのか」

 唐突な質問の意味を図りかねたのか、磐城がわずかに首をひねる。

「工場長になって、どれくらいになる?」

「まだ二年ほどです」

「それは、御社のなかでは長いほうなのか?」

「長くも短くもありません。私の年齢を考えれば妥当なところです」

「さらに数年でさらに上へいくと?」

 磐城はため息にも似た笑いをこぼす。

「上へ、というのがなにを指すのかわかりかねますが、上級役員や本社役員に、という意味ならば、それはない」

「なぜです?」

 十和が矢継ぎ早に重ねていく質問の意図の見えない来鹿と八雲は、じっと黙ったままでいる。

「私はもともとC2の出身で、C2採用でリュニヴェールに入りました。社内の人事システムに従って昇進し、ここまできたんです」

「優秀なんですね」

 八雲が口を挟んだところで、彼が呼んだ小型車がやってきた。四人が乗り込むと、車は自動運転で走り出す。磐城があらかじめ座標を指定しておいたのか、最初の遺体発見現場へと向かっているようだった。

「C2の人間にとって、リュニヴェールはとても身近な企業です。あなたもここの出身ならばわかるはずだ」

 磐城が八雲に云う。八雲は薄い笑みでその問いかけを肯定した。

「けど、だれでもが工場長になれるわけではないだろう?」

 まあ、それはそうかもしれませんが、と磐城はうなずいた。

「弊社のように大規模な複合企業体コングロマリットの人事システムは、非常に合理的にできています。幹部になる人間は幹部になるために、歯車になる人間は歯車になるために採用され、教育される。よほどのことがないかぎり、決められたレールを外れることはない」

「つまり、磐城さんは工場長になるために採用された、と」

「なるために、というのは云いすぎです。ただ、皓宮工場の責任者にはC2で採用された者が就くことになっている。これは不文律ですが、古くから決まっていることです。いわゆる、枠というやつです」

 C2採用者の最終ポスト、つまり一番上の枠が皓宮工場の工場長なんですよ、と磐城は噛んで含めるように説明する。

「つまり、C2採用者はいまのあなたの地位を目指して競争を重ねる、というわけか」

「ええ、まあ」

「そして、あなたが勝ち残った」

 直接的な云い方に磐城が笑う。とくに早い出世でもありませんが、まあ、そういうことになるんでしょう。

「しかし、なぜ、こんなつまらないことが気になるんです?」

「犯人の動機になるかもしれないから」

 磐城の表情が硬直した。来鹿も八雲も顔色を変える。

「人殺しは、ば、妖物ばけものの仕業なんじゃないんですか……?」

 磐城がつっかえるような口調で問いかける。

「そうだ」

「じゃ、じゃあ、なぜ、私が……」

 十和と磐城のやりとりを、来鹿がはらはらした表情で見守っている。世間を知らない十和が、社会的地位のある壮年男性の機嫌を損ねずに会話ができはずがない、とでも思っているのだろう。磐城がいつ怒りをあらわにするか、気が気でないのだ。

「あなたは妖物を誤解している」

「誤解?」

「妖物はたしかに人をうこともある。殺めることもある。けれど、人の死を自分のために利用したりはしない」

 利用、と磐城は口のなかで繰り返した。

「殺された者たちの遺体はばらばらにされて、工場の敷地内にばらまかれた。この表現は正しくない。あなたがたも気づいているはずだ」

「どういうことだ?」

 来鹿が思わずといった調子で疑問を口にした。

「遺体はばらばらにされ、一部を抜かれ、一部を啖われ、ある法則に従って、敷地内に配置された」

「配置?」

「法則?」

 来鹿と磐城はほぼ同時に声を上げた。

「そうだ」

 ふたりの疑問に一声で答え、十和は薄い笑みを浮かべる。

「ちょうど、到着したようだ。続きは現場を見ながら話すことにする」


 最初の遺体発見現場は、工場敷地内の北に位置する研究棟の裏手だった。灰色の建物と壁に囲まれ、同じく灰色の砂利が地面に敷きつめられた殺風景な場所である。以前に降ったものと思われる雪の残骸が、そこかしこで凍りついている。

「ちょうどここ、この場所だった」

 侵入者を阻む電磁バリアを備えた高い壁のすぐきわで、十和は地面に片膝をついて左手をかざす。

 そして、過去視かこみの呪を唱えた。

 その場所で過去に使われた術や呪、召還されたあやかしを読みとる術である。ごく初歩的なものだが、妖力ちからの強い術者が行えば、そこを訪れたことがあるだけの者の思念すら感じることもできる。

「な、なんか気持ち悪いです」

 地面にしゃがみこみ、なにやらぶつぶつと念じる十和の傍らで、彼女をただ眺めているだけの来鹿と磐城をよそに、八雲だけがぶるぶると身を震わせている。

「気持ち悪い?」

「背中がぞわぞわします」

「はあ? 寒いのか?」

「違います。ぞくぞくするわけじゃない」

「術を使ったから、多少反応したんだろう。あんた、勘がいいとか云ってたじゃないか。いちいち騒ぐな」

 八雲と来鹿の声をひそめたつもりのやりとりも、十和にはすっかり筒抜けである。

「なにか、視えたんですか?」

 来鹿と同じく、目に見えぬものをまったく感知できないらしい磐城がおそるおそる尋ねてくる。

「遺体は見えた。だが、死は視えなかった」

「死?」

「ここで発見された遺体は、ここで殺められたわけではない、ということだ」

 なんだって、と来鹿が眉をひそめる。

「じゃあどこで?」

「知るか」

 この場所には強い呪がかかっている、と十和は云った。

「呪陣の一部なのだから、それは当然のことだ。だが、死は視えない。殺されたのは、どこか別の場所だ」

「別の?」

「工場内のどこか、ということですか?」

 来鹿と磐城が口々に問うも、十和は、わからない、と云うばかりだ。

「ほかも見せてもらうが、おそらく状況は同じだろう」

 云いながら十和はさりげなくあたりを見渡した。

 セツには云わなかったが、十和もまた見鬼けんきである。陰陽師の多くが、その身に備えている能力ではあるが、彼女のそれは桁外れに強いものだ。世が世ならば神と呼ばれたような妖すら、その漆黒の瞳に映すことができる。

 鬼見の能力は術者の妖力に比例している。弱い妖力しか持たない者には、妖のなかでも低位に甘んじる弱い鬼魅おにしか視ることができないが、強い妖力を持つ者には、人知を超える高位の異形を視ることができる。

 しかし、十和の能力をもってしてもなお、この場には、どんな妖の姿も見て取ることはできなかった。

 妙な話だ、と十和は思う。

 ここにはたしかに遺体があった。妖力を持つ者によって千々に引き裂かれた、骸が。

 強い呪を受けたものや場所には、妖力の痕が残る。生きた身体を裂くほどの呪いを受けた遺体があったのなら、術者の痕跡が残されていてもおかしくない。

 ——だれかが、消した……? けれど、いったいどうやって?

「十和」

「なんだ」

「さっきの続きだ。配置だの法則だのっていうのはなんなんだ?」

 来鹿の問いに答えることなく、十和は磐城へと問いを投げかける。

「次に向かうのはどこだ?」

「第一倉庫と第二倉庫のあいだです」

 磐城が答えると、来鹿はますます眉間のしわを深くする。

「ここからは南西の方角にあたります」

「方角?」

 そんなものになんか意味があるのか、と云わんばかりの来鹿の疑問に、十和は今度こそ答えてやる。

「最初のひとりから五人までの遺体はバラバラにされ、そのパーツを意味もなく敷地中にばらまかれた、かのように見えた。だが、じつはそうではない。たとえば、この場所からはある者の手と別のある者の足、さらに別の者の腹が見つかった」

「ひとつの場所に何度も遺体が置かれたっていうのか?」

 そうだ、と十和はうなずいた。

「敷地の真北、西北西、南西、南東、東北東。体内端末にここの敷地図を呼び出して線で結んでみろ」

 来鹿は無言のまま十和の云うとおりにする。

「五角形が浮かんだだろう」

「ああ」

「その五角形の頂点、すぐ隣のひとつを飛ばして直線で結んでいくと星形が出るだろう。五芒星だ」

「五芒星?」

 それってたしか、と云いかけた来鹿を十和は鋭い目つきでにらむ。来鹿は慌てて口を閉ざした。

「五芒星って、なんです?」

 ふたりの緊張した気配になど、まるで気づかぬようなそぶりで八雲が尋ねた。

「呪陣のひとつだ」

「呪陣?」

現世うつしよ幽世かくりよをつなぐ、門のようなものだ」

 妖を呼んだり、帰したりするためのな、と十和は答えた。

「呪陣は人が描くものだ。つまり、この工場で起きたさわりは、すべて人の仕業だ、と考えるのが妥当だ」

 わかるか、磐城さん、と陰陽師はかすかに笑う。あまり気持ちのよい笑い方ではなかった。

「さきほどの話だ。己の目的を達するために人の死で呪いを描こう、などと考えるのは人だけだ。その地位に就くため、これまでに多くの人を蹴落としてきたあなたは、じゅうぶん標的になりうる。今回の事件は、あなたを恨んでいる者の仕業かもしれない、ということだ」

 磐城は声もなく、震える息をついた。言葉をなくした工場長の代わりに、八雲が問う。

「その門は妖を呼んだり、帰したりするために描くんですか?」

「そうだ」

「じゃあ、犯人は、ここに妖を呼び込もうとしているんですかね?」

 さあなあ、と十和は首をかしげる。

「その門は、ほかに使い道はないんですか? 妖物のための道にするだけ?」

「人が通れるか、という意味なら、通れることは通れる。だが、行く先は幽世だ。そのむかしは自ら幽世へ渡り、また戻る術者もいたというが、いまは……」

「いまはいないんですか?」

 八雲は食らいつくようにして十和を見つめる。若草色の瞳には、妙に熱っぽい好奇心があった。

 十和はどこか遠い眼差しになる。

「いない、のだろうな」

「なんだ、そうなんだ……。残念ですね」

「残念、なのか?」

 ええ、と八雲はうなずきながら微笑んだ。

「幽世ってことは死んだ人にも会えるってことですよね?」

「……会いたい人がいるのか?」

「いますよ」

 やわらかくもきっぱりとした声だった。

「会えるもんなら会いたいです。だれにだっているんじゃないんですか、そういう人」

「会えないよ」

 え、と八雲は目を見開く。

「死んだ人間には会えない。会えないようにできている」

「摂理、ってやつですか」

 ああ、と十和はうなずいた。

 科学技術が進歩して、生と死の境はあいまいになった。

 いまの世では、病やけがによってたとえ肉体が傷んでも、脳移植によって新たな身体を得ることができるようになった。さらに、その脳じたいが寿命を迎えても、すべての記憶と思考パターンを電脳ネットワーク上の記憶装置に移植すれば、人格を持ったAIとして電脳空間で生きることができる。

 もちろんだれもが選択できる道ではない。ただ、技術によって死を超えた者は少数であってもたしかに存在し、いずれは多数派になるだろうと云われている。

 生とはなにか。死とはなにか。

 その答えは、かつてよりもはるかに混沌としている。

 死を超え、生を超え、人々はその先になにを求めるのか。わたしはなにを求めるのか——。

 しかし、それでもなお超えられない、超えてはならない摂理はある。

「おい、次へ行くんだろう。ぼーっとするな」

 来鹿の声が十和を血なまぐさい現実へと引きずり戻す。彼と磐城はいつのまにか車へと戻っていたようだ。

「急かしてしまうようですが、この時期は日暮れが早いのでね」

 磐城が弁解がましく云う。先ほどの名残なのか、声がかすかに震えていた。

 急ぎ足で車へ戻った十和と八雲が乗り込むと、小型車は音もなく発進する。

 雪はまだ降り続いていた。

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