第8話 夢にみるほど

 目を開けるとそこは陽だまりの様な場所だった。

柔らかい日差し、優しく少しだけ吹く風。初めて来たはずのそこはすごく昔に来たことがある懐かしさがあった。

 声がして、隣を見ると大好きなあの人が座っていた。

いつも履いているくたびれた靴を投げ出してその先をまっすぐ見つめている。

 何があるのだろうと、その視線を追いかけるけれど、メガネに日が反射してからよく見えない。メガネを外すと落ちに落ちた視力のせいでやはり何も見えなかった。

 何を見ているのか尋ねても返答はない。

 そう言えば、一緒に昼間出かけるのは本当に久しぶりだ。

 部屋の明かりで見るよりよっぽど素敵に見える。

 日に透けて少し色素の薄くなった髪。白い頬も少し健康そうに朱に染まって……。


 何か話そうと開いた口からはいつも通り何も出ない。

 感想を言っても、何か話題を振っても興味を引くことは難しいんだろう。つまらなそうな、何を言っているんだ。という様な返事が頭を駆け巡り思いついた言葉は消えてしまう。

 いつもそうだ。

 もっと気の利いた、もっと興味を引く様な、もっと常識的な、そんな話題が思いつけば笑ってくれるんだろうか。

 ただ、普通に会話をすることがこんなに難しいなんて知らなかった。

 誰かと話したいと思うことがなかったから、話題作りなんて考えたこともなくて、どんな話題に笑って、どんな事が好きで、どんな事が気になって……でも何も知らない。教えて欲しい。と言ってもどうして?だとか、例えば?だとか少し突かれれば言葉を失う。

 でも何か言わないと。何か話さないと。

 あぁ、行かないで。お願いだから。

 何か不満があるなら教えて欲しい。

 泣いても怒ってもいい。

 感情を見せて。

 ーー!


 目の前にはいつもの天井と壁があった。

 目覚ましが鳴るまであと25分くらい。

 微睡むには短いが起きるには少し早い。

「どうして……」

 乾いた口から涙と一緒に小さな声が溢れた。



—————————————————

那月は夢を見る。そこは柔らかな光に包まれる場所。隣には大切だったあの人がいて、じっと前を見ている。那月は起きたらきっとどうして、と呟くのだろう。そんな、ゆめをみるひと。



ゆめをみるひと より

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