第7話 守るべきモノ

 目が覚めた瞬間、目の前にあったのは分厚い辞書の様なマニュアルだった。

『ここから出る為に』

 そう書かれた表紙を見て首を傾げる。

 ここは自分の部屋だ。扉を開ければすぐに階段があって左側にリビング。右に少し行けば玄関がある。自分の家の自分の部屋。

 もしや、と思ってカーテンを開ければ朝の日差しを浴びながら近所のお婆さんが犬を連れて散歩をしている光景が目の前にはある。

 いたって普通の朝。このマニュアル以外は。

「母さんが置いたのか?」

 マニュアルを持って部屋を出ようとノブを回す。

「ん?」

 回す。何度も回し、扉を体で押し、体当たりをし……それでも扉は開かない。

「今日から引き戸にしました……とか」

 冗談っぽく言いながら試してみるが、まあ、そんなことあるわけない。

「……窓!」

  そんな事はしたくないが、窓からなら出れ……なかった。

 椅子を投げても割れないとなるといよいよマニュアルに書かれていたことに真実味が増す。

 時計を確認して渋々マニュアルを開く。遅刻しないタイムリミットは残り50分。その間に身支度を整え、ご飯を食べて……あーシャワーも浴びたい。昨日面倒がって風呂に入らなかった自分を心底恨めしく思うが今言っても仕方がない。

「えっと……足つぼマッサージ?」

 冒頭の説明によれば、足つぼマッサージを会得すれば出れる、との事。

「会得って言われても……」

 後ろの方のページをちらっと見れば、どの位置をどう押すとどこに良いとか、ここの押し方はこうだとか、こういう症状があったらここを押すのはいけないだとか、まあよくも丁寧に纏めたもんだと感心したくなる様な説明が図解付きで載っている。

 これをまるっと暗記すれば会得出来るだろう。何年かかるか知らないが。

「とりあえず、肩こりのツボは……っっ痛ってぇ!!」

 ぶつくさ言いながら1ページ目から始めるが、長い間患っている重度の肩こりと運動不足のせいか少し力を入れると痛い。激痛が走る。

「……無理……覚える前に死ぬ……」

 しかし覚えないと扉は開かないわけで、もっと言ってしまうとトイレにすらいけない訳で……

「あぁーもうー!!!」

 絶叫と悶絶することを決めてマニュアルにかじりつく。

 遅刻とか色々抜きにしても人としての大事なものを守る為に何としてもここから出なくては!



____________

那月は『足つぼマッサージを会得しないと出られない部屋』に入ってしまいました。

50分以内に実行してください。


〇〇をしないと出られない部屋 より

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