第3.5話「バース」①
同じ週の休日、昼下がり。
バンは再び対抗組織の基地を訪れ、シミュレータールームと名付けられた広めの部屋でパイプ椅子に座っていた。
バニッシャーを操縦するためのカプセル筐体が無数に並べられているオペレータールームと同様だが、この筐体一つ一つがVRゲーム「バンクラプトバスターズ」である。
元より人件費削減の為に、ゲームプレイヤーにバニッシャーを操縦させるよう開発されたのがこのゲームである。だがバニッシャーを扱うことが任務となる者が操縦訓練をする際、実際にバニッシャーを運用するわけにはいかない。運用には少なからずコストがかかるからだ。
ゆえに、同じ感覚で操縦でき、いくら壊そうが誰にもとがめられることのないVRゲームがシミュレーターとして利用されているのだ。
――と聞かされたバンは、身に覚えがいくつかあった。
今でこそ国内ランク13位のバンだが、それまでに何度も敗北してきたものだ。
その内、ランクのない野良プレイヤーを相手にした回数は決して少なくない。
さらにその内、初心者だとは思えない――それこそ高位ランカーでもおかしくない実力のプレイヤーに蹂躙された覚えが確かにあったのだ。
ランキングの上位を独占しないだけましと考えるかはともかく、初心者詐欺とさげすまれているのは事実だ。
――まあ、言われたとしても気にしないだろうけど。
「すまない、遅れた」
ぼうっと天井を見つめていたバンの耳朶を、ナギ・グラントの声が打つ。
見上げれば、組織の制服らしい上着に身を包むナギが立っていた。
「大丈夫です。早速始めましょう」
ナギは硬い表情のまま首肯し、二人で隣り合った筐体に自身を寝かせ拘束具を装着する。
慣れた操作で自分がバンであると機械に認識させると、見慣れたオペレーターと愛機のデータを確認する。
左腕にシールド付きのパイルバンカー、腰にはアサルトライフル。
長らく触れていなかったわけでもないのに、不思議と懐かしさを感じた。
というよりかは、表現しがたい距離感を覚えていたのだ。
現実を知ってしまったからだろうか。VRが紛い物に思えて仕方ない。
ナギの筐体との同期を済ませ、戦闘モードとステージがランダムに選択される。
タイマン勝負で、戦場は廃墟内。
むろん、バンは何度もこの場に立ったことがある。
立ち回り方も頭に叩き込んである。
だが、それだけで勝てる相手でないことは、初めて戦った時に理解している。
【 Ban – Rank.13 vs. No name – Guest 】
自身に落ち着けと何度も暗示しながら、いつもは不快だったローディング中の虚無を知らず知らずの間に潜り抜けていく。
気がつけば彼は、何らかの大規模な被害を受けて久しい、12階ほどある廃ビルの入り口に立っていた。
現実によく似た体の重みを確かめ、10から0へのカウントダウンを冷静に受け止める。
そして。
【 Free Battle – 1 on 1 / BREAK OUT!】
バルバニューバを賭けた決闘が、始まった。
地を蹴って半分なくなっている自動ドアをくぐりぬけ、あまり音を立てないようにして周囲を警戒する。
受付のカウンターと、階段、エレベーターのみが見える。バニッシャーの影はない。
さすがに、初期配置は近くないようだ。
アイテムの入ったコンテナをゆっくりと開け、入手した煙玉を腰のアイテムポーチに仕舞う。
わずかな音でも抑えた方がいい。近くにはいないかもしれないが、そこまで離れているとは思えない。
ひとまず近くにある階段からゆっくりと顔を覗かせ、上階の様子を窺う。
音はしない。
片方が待ち伏せをしていては、戦局に動きはない。
バンが入り口、つまり1階にいたためナギは確実に上階におり、バンが上下どちらにいるかは知らないだろう。
ただ、そのため最上階で待ち伏せている可能性もある。
いずれにせよ20秒が経過した際に敵の居場所がわかったとしても、マップが平面であるために階数までは分からず、大してアテになりそうもない。
ひとまず、20秒を待つ。
マップ上にナギの位置を示す赤い点が現れるが、バンの点の近くをぐるぐると回っていた。何秒も見せられてはゲームにならないため、すぐに消える。
階段を上がっているか、降りているかは定かではないが、移動していることは確かなようだ。同時に、バンがどこからか動いていないことはナギに筒抜けだ。
時間はたっぷりあるとはいえ有限。ゆえに接敵を待ち続けるわけにはいかない。
バンは炸薬を装填したバンカーのシールドを構えながらアサルトライフルを抜き、ナギと対峙すべく階段を駆け上がる。
自分が発する以外の音は聞こえない。緊張で聞き漏らしているかもしれないが、多少は無視して突撃しなければ性に合わないのだ。
2階、3階と瓦礫だらけのスペースを確認しながら、背後にも気を配りつつ階段を駆け上がる。途中でどこからか爆発音が聞こえ建物がわずかに振動した。ナギが何かを仕掛けたのだろう。
と、20秒が経過する。ナギは移動をやめたのか、動きがない。
どこかの階のスペースで態勢を整えているのだろう。もしくはバンの動きを予測して、わなを仕掛けて待ち伏せしているのかもしれない。
何にせよ、近づいていることに変わりはないはず。
バンはナギの点が消える最後まで動かなかったことを認め、移動を続ける。
――と、背中に悪寒が走った。まるで何かの危機を察知したかのように。
咄嗟に立ち止まり後ろを振り向くが、何かが迫っている気配はない。
かと言って前方、上方からも何かが近づいてくる様子もない。
気のせいだろうと思い、再び駆け上がろうとした矢先――ピッ、と聞き慣れた電子音が背後から響いた。
反射的に踊場へと転がり込む。直後爆音と爆風が彼に襲い掛かるが。少しでも離れたのが幸いしてダメージは皆無だ。
すぐに下方から時限爆弾を投げられたと理解する。だが、対処法はすぐに思いつかない。
いつの間に下の階に移動したのか?
少人数対戦の廃墟マップに地下は存在しないため、地下、あるいは地中という可能性はない。
ゆえに、階段を利用するか、飛び降りるかでもしなければならない。
その際に爆弾を使用したとすると――わざわざ大きな音を立ててまで外に出る必要はないはず。
そもそもビルの壁に張り付くならまだしも、少しでも離れれば自動操縦で戦場に強制送還される。そのギリギリのラインを狙って落下したとも考えられるが、仮に建物内にいたまま1階に行ったとしたら? 建物内に籠るような音からしても、その方が現実的である気がした。
爆発は一回だ、2階の床を爆破して1階に行ったとすれば、バンがそれを見聞きしていないのは変だ。
考えるだけ無駄だと思った矢先、一回の爆破で済む可能性のある手段に心当たりがあった。
エレベーターだ。中はほとんど空洞なのだから、少ない障害物の破壊で進路が確保できる。
おそらく籠か扉のどちらかが既に破壊されていたのだろう。
最初の移動は、ブラフだったのだ。
――なんて、冷静に分析してる場合じゃない。
上か、下か。ひとまずどちらかに動かなくては的になる。
逡巡の後、立ち上がって更に上階へと駆ける。
このまま近づいても、まんまとナギの思うつぼになると考えた方がいい。
だが、対抗策はない。ひとまず4階の部屋に転がり込み、呼吸を落ち着かせる。
動かしているのは仮想の体の為、疲れることはない。だが動かしている現実のバン自身が緊張して息を切らしていたため、バニッシャーも肩を上下させている。
バンが階段からナギが上がってこないかと警戒していると、再び爆発音が彼の鼓膜を振動させた。
またしてもエレベーターを利用して、一気に登ってきたのだ。
「随分と余裕だな」
「……おいおい、冗談だろ……」
「バニッシャーの性能を引き出せば、これくらい造作もない」
標準装備のロングブレードを抜きながら、ナギがゆっくりと迫ってくる。
バンカーか、ライフルか? 焦りが彼を飲み込み、迎撃の準備は整わない。
「俺も経験上知っている。バニッシャー同士で戦う場合は接敵までが長く、実際の戦闘はすぐに片が付くとな」
「……技量の差が如実に表れるからでしょう?」
「なら、やはりこれが手っ取り早いわけだ」
バンはゆらりと立ち上がり、アサルトライフルのトリガーに指をかけて待ち構える。
飛び道具のエイミングはあまり得意ではないため、当たったとしても大したダメージにはならない。
それ以前に、引き金を引けるかどうか。
互いも攻撃しない状況に耐えきれず、バンはナギの頭部目掛けて銃口を向け、トリガーを引く――が、予想通りと言えば情けないが、素早く振られたロングブレードによって重心が真っ二つになる。
次の対抗策を考える暇もなく、再び刃がバンに向けて上段から振り下ろされる。
「ッ!」
咄嗟にバンカーのシールドで防ぎ押し返そうとするが、ここからどうすればいいのか。
そこでバンは、先ほど煙玉を入手したのを思い出す。
すぐにアイテムポーチから取り出そうとするが、ふっとバランスを崩し、右手が軽くなったような感覚に襲われた。
――否。右手を斬られていた。
「ぐッ!?」
手首に電流が走る。彼が普段ゲームをしていた時には、なかなか味わうことのなかった強さだ。
「隙だらけだな」
なんとか倒れることは避け、バンはバンカーを構え直して再びナギと対峙する。
状況は絶望的だ。
それでも左腕に嵌めたバンカーを、バンは信頼していた。
この武器でいつも勝利を収めてきたのだ。
ゆえに、バンカーの杭が折れるその時まで勝利を諦めることはできない。
「無駄だ。パイルバンカーは右手でグリップを引かなければ作動しな――」
「――いいや、できるッ!」
「何!?」
ナギがブレードの切っ先をバンに向けようとした瞬間、バンは身を屈めてナギの懐に飛び込んだ。
むろん、ナギの言うように右手が無いのだから、グリップを引きながら突撃という芸当はできないだろう。
だが、バンはそれを可能にする方法を既に考え付いていた。
「――
口だ。バニッシャーにも発音する機能がある為、便宜的に口が存在するのだ。
無理矢理上下の顎で挟んで頭と腕を勢いよく振り、炸薬に火を点ける。
爆ぜたその衝撃で、今まさにナギの顔へ射出されようとしている鉄杭。
だがバンの脳天にも、既に刃が迫っていた。
ナギは鉄杭を避けようと首を動かしたのだろうが、軌道の読めない手段でのバンカー作動のせいで、先端はまっすぐ急所を捉えている。
ゆえに、どちらが先にヒットさせられるかの勝負に持ち越される。
ほぼ、運だ。フレーム数の如何で測れるようなものではない。
両方が同時に即死の攻撃を受けたところで、戦闘の終了が告げられた。
【 BREAK DOWN!】
文字は、引き分けを示す薄緑色だった。
【 中途半端だと、何を言えばいいのか分かりません。次は頑張ってくださいね 】
女性オペレーターは複雑な表情で不満を訴えてくる。
勝利でもなければ、敗北でもなかったのだ。
ゲームオーバーになり拘束具が外れると、思い切り大きく溜息を吐いた。
室内は空調が効いているはずなのに、バンの服の内側は汗で蒸れていた。
ひとまずどうするかナギと話さなくては――腑に落ちていない顔をしながら蓋を開ければ、既に筐体を出ていたナギがバンを見下ろしていた。
バンもすぐに上体を起こして、立ち上がった。
「俺もまだまだ未熟だった」
「……いえ、ほとんど俺が押されていました。二度も同じ手は通じません」
「一度通じれば十分だ。運だろうが俺は慢心し、負けたようなものだ」
どうやら、バンだけでなくナギも自身の勝利を認めたくないようだ。
だが、今後を左右する決闘なのだから、白黒はっきりさせなくてはならない。
やはり再戦かとバンが思った途端、シミュレータールームに何者かが足を踏み入れた。
見慣れた白衣のその女性の名は、フィルナ・ナイトレイ。
一応、この場では最も権力を持つ人物だ。
「いい戦いだったよ。それで、話はまとまったかい」
「いえ……俺はナギさんの勝利を信じていますし、ナギさんは俺の勝利を信じているようで」
「これまた面白いことがあるもんだね。まあでも、君は敗北を認める必要はないだろう? そんなにバルバニューバに乗りたくないようには見えないし」
「確かにそうですが……」
「腕は未熟かも知れないが、確かなものはある。俺も油断していたということは未熟である証拠だ。あとは博士の言う、ロマンの問題なのだろう」
ナギの手がバンの肩に乗せられる。彼の顔は、バンが彼に抱いていたイメージとは違い、穏やかなものだった。
「でも、元々あなたがテストパイロットの筈では」
「構わん。お前の志とそれに伴う実力があれば、任せてもいいと――今はそう思える」
「じゃあ、決まりだ」
「ちょ、ちょっと待ってください! 俺はまだ……」
「嫌なのかい? 本人の承諾もあるし、私も推薦する気持ちを抱き続けているよ」
「……嫌ではありませんが……なにか、ヘンですよ……」
むすっと不満げな子供のような顔をして、バンは溜息を吐いた。
それに対してフィルナは苦笑し、こう言ってみせた。
「彼もまた、君にロマンを感じたということさ」
そうは言われても、やはりバンにはうまく理解できないのだった。
否――期待されることの気恥ずかしさを誤魔化していただけだ。
おそらくフィルナも、ナギもそれに気づいているのかもしれない。
それでもバンは、手放しで喜べなかった。
ただその代わりに、顔がわずかににやついていた。
「がんばって、みます」
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