第3話「バニッシャー」⑥
無駄に滞空することはせず、すぐに砂浜に着地して砂塵を巻き上げる。
そのわずかな隙を狙うバンクラプトが鎌のように鋭い腕を振り襲い掛かる――が、顔面らしき部位に拳を突き出すのみで事足りる。
ヘルメットのような役割を果たしていたであろう頭部の外殻を容易く破り、奇妙な色をした体液を吐きながら動かなくなる。
「バルバニューバか!」
「はいッ! これよりバンクラプトの外殻に穴を開けますので、トドメをお任せします!」
「了解だ、行けッ!」
バンクラプトの体内から腕を引き抜き、すぐに離れて振り向きざま、別のバンクラプトの外殻に穴を開ける。一拍置いて、先ほど頭を貫いたバンクラプトに砲弾が撃ち込まれる。
あとはその繰り返しだ。目まぐるしく動く視界に脳が負担を訴えてくるが、システムBBBの解除までまだ3分以上残っている。
たかが3分。
――男なら、耐えてみせろッ!
己を鼓舞し、硬く引き締めた拳を鋭く突き出す。
バンクラプトの外殻は人知を超えた硬さであるにもかかわらず、バンは薄い木の板を割っているかのような錯覚に陥っていた。それも素手なら痛むだろうが、鋼鉄の体ならばほとんど気にならない。
だが、アクロバットに動くとなれば、その感覚はバンに伝えられる。
ゲームでも激しく動き回ることはあるが、それを超えた鋭敏な動きを続けていては、たとえバンが実際に動いているわけではないにしても、疲労が蓄積する。
たかが3分と言ったが、実際は30分なのではないかというくらいに時はなかなか進んでくれない。
それだけ彼は何度も時間を確認し、それだけ彼は高速で行動しているのだ。
「バンクラプトの侵攻はッ⁉」
怒鳴るようにフィルナへと問いかける。
『増援は確認されていない。そのペースを維持できれば余裕だ』
「わかりました!」
大きく息を吐きだして、また深く吸い込む。
システムBBBの解除まであと2分弱。何体バンクラプトが撃破されたかなど数える暇はない。
ただ一体ずつ穴をこじ開け、そこに砲弾を撃ち込むだけの繰り返しだ。
皆バンクラプトを足止めし、バルバニューバの拳を待っている。
少しでも早く。ゆえに、もっと速く。
「おぉらぁぁぁぁッ!!」
バンは疲れを感じないように、獣のような咆哮で神経を麻痺させる。
同じことを何度も繰り返し、本当にこれが永遠に続いてしまうのではないか、と思った瞬間。
「ラストだ! 持って行けぇッ!」
誰かの叫びと爆音が、バンの耳朶を打つ。
また一体バンクラプトは撃滅されたが、彼はもう、次の獲物を探そうとはしなかった。
誰に言われたわけでもなく、戦いが終わったと思ったのだ。
実際、周りにあるのはバンクラプトの亡骸ばかり。彼の役目はとうに終わっていた。
『状況の終了を確認。システムBBB、解除――お疲れ様、バン君』
「………」
乾いた呼吸が止まらない。マラソンコースを全力疾走したような疲労が、彼の体にどっと押し寄せていた。
システムが解除されたバルバニューバの膝は地面についた。
バンの荒い呼吸をリンクしているせいか、バルバニューバの肩も激しく上下していた。
『回収部隊がじきに到着する。全機、順次バニッシャーとのリンクを解除。よく頑張ってくれた』
緊張の糸が切れた者から、あちこちでバニッシャーとのリンクを切り、その場に物言わぬ鋼鉄の肉体を放棄していく。
バンはその中で一人、バルバニューバとリンクしたまま少しずつ孤独になっていくのを感じる。
自分以外はすべて亡骸に見え、まるで相打ちになったかのようだ。
砂浜に打ち付けられる波の音が、より寂しさを加速させる。
否、これでいいのだ。この静寂が勝利を示しているのだ。
なのに――何かが不安だった。
「キシャァァッ!!」
「ッ⁉」
不意を打つ怪物の悲鳴。
振り向いた時には、眼前にまでバンクラプトが迫っていた。
――まだ生きていたのか!
既に体の大半を失い、瀕死であるのは明白だ。
だが体にバンクラプトの足が絡んで剥がれない。それどころか、剥がそうとしてもうまく力が入らない。
想定を超えて、システムBBBが負担となっていたのだ。
このままでは、やられないまでも倒すこともできない。
どうする――と、焦りが生まれ始めたとき。
グシャ、と鈍い音が近くで鳴った。
それが、歪んだパイルバンカーの杭を投げて吹っ飛んだものだと認めるのに、数秒を要した。
そして投げたのが――
「詰めが甘かったな」
「あ……」
バルバニューバのテストパイロットを予定されていた、ナギ・グラントであることも。
バンから離れたバンクラプトは、海に沈んで帰ってくる様子はない。今度こそバンは安堵した。
「リンクを切らないのか」
ナギの問いかけに、バンは砂浜に寝そべって首肯した。
「もう少し、このままでいたいんです。理由とかは、よく分からないけど」
「まあ、いい。それよりも、バルバニューバに乗ったということは、そういうことだろう?」
「……ちゃんと、ケリはつけさせてください。いいですよね」
「好きにすればいい」
特にそれ以上は何も言うことはなく、ナギもリンクを切ったのかその場に膝をついて倒れた。
バンは武装されていないバニッシャーが来たのを確認して、漸く命無き肉体を手放した。
日本は、静かな夜を迎えていた。
■ ■
第13保管所。
戦闘が終了し皆が休憩している中、人ならざる人――十三永姫瑠が足を踏み入れた。
それに気づいたフィルナが、背もたれに行儀悪く身を預けながら手を挙げた。
「やあ、姫瑠君。お騒がせしてすまなかったね」
「いえ……さっき戦っていたのって、バンですか?」
「そうだよ。どうかしたかい?」
「なんか、迷っていたみたいですから」
「やっぱり、彼から話を聞いていたんだね」
フィルナは姿勢を正して、チェアを用意しヒメに座るように促す。
彼女は小さく会釈をし、ゆっくりと座ってみせた。
「バニッシャーが座ったってそう簡単に壊れはしないから、気にしなくていい。――それで、彼は何か言ってたかい?」
「まさか、デリケートな内容ですよ。言うわけがないでしょう」
「それもそうだ、失礼したね」
「……でも、最初から分かっていたことがあります」
「なんだい?」
「本当に乗りたくないのなら、彼は提案されたその場で断っていたはずです」
「ま、そりゃそうだね」
「博士のことだから、分かっていたと思いますけど」
「分かった上でどこまで自然に引き出せるかが重要さ」
「いつも、結構強引に見えますけど」
自信たっぷりのフィルナに、ヒメは声の調子で苦笑していることを伝える。
「それで、彼は正式に入るんですか?」
「いや、彼はバルバニューバに乗るとしか言っていない。その先を決めるのは彼だ。……なんだい、気になるのかい?」
「やめてください。博士、おじさんみたいですよ」
「これは失礼」
一見おどけているようで、急に不意を打つように確信をついてくるのだから、フィルナは侮ることができない。
ヒメは溜息を吐いて、しかし呆れているわけではなかった。
「……まあ、珍しく人の悩みを聞いたりしましたし。ちょっと気になっているのは確かです」
「ほう! ほうほうほう! これはとてもロマンのある話を聞いてしまったね!」
「博士、私がバニッシャーに乗っていることをお忘れで?」
「失礼した」
フィルナはすかさず頭を下げる。
ヒメは冗談だと分かっていても、笑みがこぼれてしまう。
「それはそうと、彼はやはり面白いよ。死んでも大丈夫なように作られたバニッシャーを一機でも救う為にああして出たのだから」
「博士は好きそうですね」
皆が知っているのだ、今更嘘をつく理由は彼女にない。フィルナはにんまりと満足げな笑みを浮かべた。
「ああ大好きだとも。常識や既存の規範に囚われない若さ! 素晴らしいとしか言いようがない」
まるで神の啓示を受けたかのように、フィルナは大げさに語りだす。
日夜研究に明け暮れ、戦闘時には指揮を執ることもあるのに、いったいどこにそんな元気が有り余っているのかは、甚だ謎である。
「まあ、戦闘後で忙しいでしょうから。私はこれで」
「またいつでもおいで」
手を振るフィルナの真似をするように振り返し、ヒメは第13保管所を出る。
ヒメも、とうに気付いていた。
彼に興味が無いのなら、こんな話もしないと。
だが、まだ興味以上の感情があるかは定かではない。
ヒメは、自分をさらけ出すことを恐れているのだ。
彼は会って間もない自分に、不安を吐露してくれたというのに。
「ごめんね、バン」
本人の耳には届かないと分かっていても、彼女は静かに呟いた。
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