第3話「バニッシャー」⑤

「――俺は、一回でも多く……あの人たちを助けたいッ!」

「よく言った!」


 満面の笑みを浮かべて、フィルナは文字通りにバンの背中を押した。


「すぐにBBBをリニアカタパルトに送れ! 偉そうなジジイ共の愚痴なら、私がいくらでも聞いてやる!」


 彼女が興奮が爆発したように指示を送ると、オペレーターも嬉しそうな顔をしながら作業に取り掛かる。

 すぐに槽内に現れた作業アームがバルバニューバを掴み、どこかへと移送して行った。


「バン君、ついておいで。オペレートルームに案内する」

「は、はい!」


 足早に部屋を出る彼女の後を追い、バンも駆け足になる。


「お祝いはあとだ。手短に説明するからよく聞いて」

「はい」

「バルバニューバは応急修理を済ませた程度だが、運用には問題ない。だけど、この前バンクラプトを破壊せしめたあの機能――システムBBBは長時間の使用は不可能だ。負担がかなり大きいからね」

「短期決戦ですか」

「その通り。君の役割はコアを狙うことではなく、バンクラプトの外殻に穴を開け、通常兵装で破壊できる手助けをすることだ」

「制限時間は?」

「3分52秒コンマ78。それが現在安定して稼働可能と考えられる時間の最大だ」


 二人は無駄な発言を省き、最低限の応答に留める。

 不思議とバンは、彼女と心が通わせられているような感覚に陥っていた。

 これがロマンを理解することなのだと言われたら、納得できる気がした。


「これを超えてなおバンクラプトが侵攻を続ける場合、撤退砲――単純に遥か彼方まで吹き飛ばす兵器を使用する」


 最初から使わないのは、結局後で対処することには変わらないからだろう。うまくいったとしても時間稼ぎにしかならないことは想像に難くない。


「まあ、心配しなくてもいい。君の実力が合わされば、理論上は100体相手でも片が付く」

「は、はあ」


 実際にそれだけの数と相手したことがない以上、その言葉が自信にはつながりにくい。

 しかしながら、それは彼女なりの激励なのだろう。

 そして、バルバニューバにはそれだけの期待がこめられているのだろう。


 ほどなくして、二人はとある部屋に着いた。

 つい最近使われ始めたかのような雰囲気。いくつかの機材と、バニッシャーを操縦するためのカプセル筐体が置かれているが、それ以外には何もない。


「バルバニューバ研究用の部屋だけど、まだ準備中なんだ。とりあえず、いつものように起動してくれ。外から指示を送るよ」

「はい!」


 バンは力強く頷き、飛び込むようにカプセルに寝そべる。

 すぐに彼の体を拘束具が縛り、身体のスキャンが行われる。

 緊張と興奮のせいで平均値より心拍数が高くなっていたようだが、ぎりぎり出撃が可能な範囲に留まっていた。


『こちらフィルナ、君とバルバニューバのモニタリングおよびオペレーティングを開始するよ。気分はどう?』

「大丈夫です」

『何よりだ。バルバニューバとの同期は進んでいるかい?』

「――今、終わりました。リンクスタンバイ中と表示が出ています」

『分かった。これから戦場であるダミーアイランドと直通のリニアカタパルトで高速射出する。安心して、到着後に操作を受け付けるようにしているから、揺れを心配する必要はないよ』


 バンは別に恐れてもいないが、彼女なりの配慮だろう。

 カプセルのモニターには地図が表示され、戦場までの距離が示されている。

 これが少しずつ減っていくのだろう。


『今、リニアカタパルトによりバルバニューバを射出した。到着まで数分を要する。改めて作戦を説明するから、一応聞いておいてね』


 現地の立体画像を用いながら、フィルナが先ほどの会話の内容を詳細にした作戦を伝える。おそらく便宜的なものであって、やることに大した変化はない。


『――あともう少しだ。バルバニューバの着地後、戦闘開始と同時にシステムBBBのロックを解除するから、すぐに起動して戦闘に参加してくれ。既に現地の隊員にはバルバニューバの参戦を伝えてある。うまく合わせてくれるから、思い切り暴れるといい』

「ありがとうございます」

『こちらこそ。小さな英雄を手伝える私達は幸せ者だ』


 英雄――過去にそんなことを言われたことがあったが、自分には似合わないと思い続けてきた。

 今も、その気持ちは残滓となっても在り続けていた。

 だがそれよりも、自分が英雄と呼ばれるに値する存在なのだという底知れぬ自信が、彼の穴だらけの心を満たしていた。


『君は自由であれ。それが正しければ私たちはいくらでも手伝うし、間違いだというならば別の道を示してみせる』

「……フィルナ博士は、いい人ですね」

『なんだ、ようやく気付いたのかい』

「ええ、ようやく」


 自然とバンの顔がほころぶ。

 自分に必要だったのは、支えてくれる者の存在だ。

 一歩を踏み出せと強く背中を押してくれる者の。

 それが傍にいると分かれば、余裕も生まれる。


 だがその余裕で、今度は返礼しなくてはならない。

 その為の力を、いま振るうのだ。


『バン君、到着まで残り10秒になろうとしている。リンクまでのカウントを始めるよ』

「了解です」


 フィルナが寸分の違いなくカウントをする中で、バンは大きく深呼吸をする。

 手に汗が滲む。だが悪い気分ではない。

 むしろ心地いいというわけでもなく、それも気にならないほどに、緊張していた。

 人命が懸かった戦場に赴こうとしているのだ、むしろ丁度いいくらいだろう。


『1――ゼロ!』

「……ッ!」


 リンクを開始すると、直後に彼を襲ったのは浮遊感。

 カタパルトのレールを離れ、戦場の上空へと発射されたのだ。

 それとほぼ同時に、バルバニューバが地上に向けてパージされる。

 バンの視界に映るのは、今にも陽が沈もうとする水平線と、バンクラプトの侵攻を受ける小さな島。未だ爆音が響き続け、戦闘が終わっていないことがわかる。

 ――行くぞ。

 気を引き締め、姿勢制御用のスラスターを噴かせながら森林の中に着地。すぐ近くに多数のバニッシャーが、バンクラプトを足止めしている様子が見える。


「着地に成功しました」

『システムのロックは解除済みだ、行け!』


 フィルナに後押しされ、視界左下に映る武装欄――その最下にあるものに焦点を当てる。

 System BBBと名付けられたその表示はわずかに右へスライドし、起動する。

 それはバルバニューバの、小さな身に余る強大な力を与えるシステム。


 ――手綱を握るのは、俺だ。


 途端、彼の身体を異変の感覚が襲う。

 初めて乗った時と同じだ。

 自分が人の形を保ったまま、それを超える存在になっていくかのような感覚。

 

 そして、胸の中に炎が灯ったかのような感覚。

 不可能などはないと、バルバニューバが言っているような――そんな錯覚。


 あの時、バンは思った。

 が、負けてはならないと。

 だが、それは違う。

 たとえ死なないのだとしても、現実で、軽い気持ちでそんなことを思ってはならないと。

 誰も彼も、死にたくて戦場に出ているわけではない。

 死なないに越したことはない。


 それでも死んでしまう者がいるのだとすれば、そんな者達を救うのがバンの役目。

 一度でも多く、死なせないように。


「――ぅぉぉぉおおおおおおおおおッッ!!」


 猛々しく叫びながら、バンは森林を飛び出す。

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