第2話「バン」②

 火花を散らす文字列で、無理矢理に戦意を滾らせる。

 ひとまず近くの廃墟の陰に身を隠し、周囲の様子を窺う。

 見た目こそ数キロ先まで広がっているように見えるものの、精々が1000m*1000mだ。

 ここに加えて、今のような少人数の対戦だと、遭遇しないままに戦闘終了することを避けるために、あまりにも距離が離れている場合は20秒に一度、相手の居場所がレーダーに一瞬だけ映る。

 無暗にステージを狭めるとスナイパースタイルのプレイヤーの地位が危うくなるという懸念もある為、この位が限度らしい。

 それでも、一瞬でも居場所がばれるのはスナイパーとしては死を意味すると、未だに抗議は絶えない。


 ――まあ、俺は接近戦がメインだから関係ないんだが。

 周囲に敵影がないことを確認し、陰から陰へと飛び込むようにして伝っていく。

 最初の20秒が経過するまでは、まだ時間がある。

 ゲームをやっていると、数秒すらも無限に感じられる。紛うことなく焦っている証拠だ。


 ふっと強めの息を吐いて、焦りのイメージを体内から排出する。

 暗示の一種なので確かな効果があるかは不明だが、バンは感情が一瞬だけリセットされるような感覚を覚えていて好んでいる癖だ。


 と――20秒が経過する。


 視界上中央に浮かぶレーダーが一時的にステージ全体を表示し、敵の位置を赤いマークで知らせてくれる。

 どうやらレーダーの有効範囲のギリギリ外にいるらしく、大して距離が離れていないことが分かる。

 だが、動く様子はない。ひとまずはレーダーが通常に戻ったのを確認し、無暗に足音を立てないように物陰からそっと顔を出す。まだ敵影は視界に入っていない。


 ――仕掛けるか。


 太腿にある小型のウェポンラックから時限式の爆弾をいくつか手に取り、すべて3秒に設定する。

 のち、敵がいると思しき方角に向けて、あちこちへと適当に投擲していく。


 静寂の中、カンッと甲高い金属音がした直後。ステージの彼方まで届きそうな爆発音が響き渡る。

 連鎖的に他の爆弾も轟音を発して爆発し、戦闘の火蓋を強引に切らせる。

 これで調子が狂う相手だとは思っていないが、かく乱としては無意味ではないだろう。

 レーダーの範囲内に入ったとしても、容易に近づくこともまた同じく。


 黒煙の漂う道路に向けて身を乗り出したバンは、未だレーダーに敵影のないことをいぶかる。

 逃げている。だが、わざわざゲームの中で鬼ごっこがしたいわけではないはずだ。


 一戦交えたいだけだ――青年は確かにそう言った。

 それに一撃離脱でタイムアップを狙っているとしても、周囲から称賛を受けられるプレイだとは言えない。正々堂々と戦闘を挑んでくるはずだ。

 だがそのタイミングは計り知れず、自分の突撃重視の戦法とは相性がいいとは言えない。

 伊達に注目は集めていない。

 煙の中から抜け出して再び物陰に隠れれば、ようやく敵の反応がレーダーに現れたことを認める。


 ――逃がすか!


 とは言え、闇雲に突っ込んでもただの的になる。常に遮蔽物が周囲にあるように心がけながら、距離を置こうとする敵を追跡する。

 どうやら相手に真っ向から戦う意思はないらしく、なんとか距離を取ろうと必死なのがレーダーに映るマーカーの動きでわかる。

 否。本当にそうだろうか?


 ――ピッ。


「!」


 僅かに鼓膜を揺らす電子音に反応し、体勢を崩して直角に曲がり表の道路上へ出る。

 無理矢理な方向転換でバランスを崩し倒れたが、そのほうがましだ。

 その根拠だと主張でもするように、物陰から爆発の熱と衝撃が響き渡る。

 地面に刺して設置する簡易地雷だ。一歩前に踏み込んだところで作動するもので、バンがそのまま走っていれば、足が吹っ飛ぶか、最悪その場でゲームセットだっただろう。


 そうならなかったことに安堵し一息つく――間も無く、連続して放たれた弾丸がバンを襲う。

 軽やかに飛び上がって物陰に隠れ銃弾を防ぐ。相手も仕掛けてきたようだ。

 主武装はマシンガン。バランスを考えるならばロングブレードなどを装備して接近戦の対策をしている事だろう。

 むしろ接近戦を本領とする可能性はゼロではない。先日のランクマッチでも痛い目を見た。

 だがバンとて負けてはいられない。幾度となく敵の懐に入り込み、パイルバンカーの鉄杭で敵の心臓や頭を撃ち貫いてきたのだ。いくら強いと持て囃されていても、名もないプレイヤーに敗北するような腕ではないはず。

 焦る心を鼓舞して打ち払い、減りゆく残り時間を確認して物陰を飛び出す。持ち前の機動力を生かして道路を横断、敵の潜む方へと飛び込んでいく。


 物陰に隠れて一息つき、腰の後ろにつけた小型ラックから炸薬をいくつか取り出し、左腕に装着したパイルバンカーに装填する。

 これでいつ接敵してもいい。今度はこちらが一撃見舞ってやる。

 ふっと息を強く吐き、追撃を再開しようとしたその瞬間――異変に気付く。


 レーダー上の赤い点が、自身のすぐそばに迫っていたのだから。

 足音はないと即座に察知。となれば。


「上か!」


 ちらと頭上を一瞥する。

 既に影が自分を覆い、振りかぶったロングブレードをバンに突き立てようかという敵の存在は察するまでもない。

 咄嗟にバンカーを構えるべきか――遅い。トリガーを引いていればその間に串刺しになる。

 舌を打って地面を転がり、切っ先をかわす。


「早すぎるだろ、クソが……ッ!」


 焦りを含ませた毒を吐き捨て、無理に体を回転させて膝立ちの体勢へ。

 すかさずアサルトライフルを抜き、照準を合わせないままにトリガーを引く。しかし敵は既に身を隠しており、無駄弾を撃つばかりとなる。


 このまま追うべきか、それとも一旦退くべきか? その逡巡すらもどかしい。

 敵を前にすれば、バンの脳内には突撃の二文字と多少の理性しか残らない。

 早くも視野の狭まりつつある彼はレーダーを頼りに敵を追い、捨て身覚悟でバンカーを放とうと、ライフルを腰に戻してバンカーのグリップを握っている。


 敵の足音は聞こえている。着実に音は近くなり、もうじき背中が見えるだろう。

 やたら変なリズムで移動しているのが気にかかったが、バンカーが当たれば何でもいい――今までにない不思議な焦りに駆られながら、バンは瓦礫混じりの地を駆けていく。


 そして。


「そこッ!」


 廃墟の曲がり角で微かに残った敵の像を認めると、低く跳躍して一気に距離を詰める。

 自分も同様に道を辿ろうとし、左腕を地面と水平に振り上げた。

 グリップを握る手にためらいはない。見敵必殺の意気でそれを引いた瞬間――


 ――同じくロングブレードを水平に構えていた敵が、鋭い眼光と共に立ち向かってきているではないか。


 一瞬だけ戦慄したバンだが、既に炸薬は爆ぜ鉄杭が打ち出されている。

 その先端は敵を捕らえていた。加えて敵の出しているスピードでは容易に軌道転換はできない。

 ロングブレードも、バンカーのボディと射出された鉄杭の長さを合わせれば、リーチの面でも勝っているだろう。

 だが、バンの戦慄は鉄杭の軌道をわずかにそらしてしまう。

 まずい、外してしまう――そう思った時には、もう後戻りのできないところまで事は進んでいた。

 いくらなんでも、バンはそこから再び元の軌道に戻せるような都合のいい神経は持ち合わせていない。


 ――負ける。


 仮想の死を覚悟して歯噛みした瞬間、バンは視界に違和を感じた。

 敵が明らかに、不自然な挙動をしたのだ。

 まるで自ら、鉄杭の餌食になりに行くような。

 バンの疑問が解消されないまま、擦れ違う鉄杭と刀身。

 火花を散らしたその直後、砕き貫かれる敵の頭部。

 見慣れた勝利の光景だというのに、バンは一切、喜びなど感じていなかった。


 今まで時が止まっていたかのように、敵の倒れる音がやけにあたりに響く。

 呆気に取られている中、バンの視覚に訴えかけるのは【 BREAK DOWN!】の文字列。自らの勝利を示す赤色で染められていたというのに、バンは口を開けているばかりだった。

 相手が野良プレイヤーのため、自分のスコアに変動はない。

 問題はそこではなかった。


【 バン さん。やりましたね。次もこの調子で勝ちましょう!】


 眼鏡を掛けたクールな女性オペレーターが、少し嬉しそうに頬を染めてガッツポーズを取っている。

 一部プレイヤーの中で人気が高い理由の一つだ。

 自分もそれを理由に選択したというのに、今はさして気に留めることもなく、バンは画面の暗転と拘束の解除を確認してから筐体の蓋を開ける。

 脂汗の染みた服の中の蒸れが、やたらと煩わしい。


 外に出ると待っていたのは、野太い歓声と対戦相手。

 二人は互いに睨み合ったまま、視線をそらそうとはしない。


 ――外に出ろ。


 そう言われた気がして、バンは何も言わないままに荷物を纏め、店の外に出る。

 夏の夕暮れ空は、まだわずかに明るい。


「……馬場盤次、だな」

「!」


 その一言で、バンは瞬時に現状を理解した。

 青年は先日操縦した機体、バルバニューバの関係者だ。

 それだけではない。


 バンがその手で救った青年と、眼前に立つ彼は、同一だった。

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