第1話「バルバニューバ」③
考えもなく行う夏の昼間の散歩は、早10分で気分が萎える。やたらと煩いセミの鳴き声と路上を揺らめく陽炎がそれを助長してくる。
飲みかけのボトルの中身はとうに無くなり、先ほどゴミ箱に放り込まれた。
日陰に入るか、新たに飲料を入手しなくては、1時間と持ちそうにない。
今朝の天気予報が、最高気温は40度近いと言っていたのが思い出される。だがそれは昨年の情報である気もして、まったくもって定かではない。
脳の処理が鈍っているのが、そんな状況下でも分かる。
ならばいっそ葉月玩具店に戻ればいいのだろうが、ミカの機嫌が元に戻っている保証は無い。
あくまで客なのだから、バンはゲームをしても何も負い目を感じる必要はない。その上、ミカは店員なのだから、むしろ積極的にゲームプレイを奨励してもいい立場だ。
だのに、なぜか半ば追い出されるような形になってしまっている。
「……俺のせい、なのかね」
公園の傍に設置された自販機で再びスポーツドリンクを購入し、夏のせいか人気のあまりない園内に足を踏み入れる。
ベンチに座っているのは、携帯ゲーム機で遊ぶ子どもたち――ではなく、そこそこの年齢を重ねた男二人。
携帯の小さな画面を二人で覗き込みながら、時折歓喜の声を上げている。
なんとなく会話の内容が気になり、何も聞いていないふりをして、近くのベンチに座って休憩する。
「やっぱ国内上位だと動きに無駄がないわな」
上位、という言葉に眉がピクリと動く。
バンは一応、バンクラプトバスターズの国内ランク13位に座するランカーである。
少しくらいは自意識過剰でもいいだろう、と誰かに言い訳をして、盗み聞きを続ける。
「いやここもう少し早くできるな。バンカーじゃなくてもいいと思うけど」
やたら偉そうに言う片割れ。その一言で、話題に自分が含まれていることは察することができる。
上位ランカーでパイルバンカーを好んで装備しているのはバンくらいのものだ。加えて、先の戦闘の映像が早くも配信されていたのだとすれば、自分ではないはずがない。
「わかってねえなあ、ロマンだよ。13位の奴はロマンで勝てるってのを教えてくれてんだ」
隣の男がフォローに入る。否、彼にとってはフォローなどではないのだろうが。
そうだよ、その通りだよ!
叫びたくなる衝動を抑えて、誤魔化すようにスポーツドリンクを一口。
「けどよお」そんな高ぶった気分を萎えさせるのは、やはりもう片方の男。「ロマンにこだわってるから13位で変動がないわけだろ?」
うるせえ、ぶっ飛ばすぞ。
思わずキッと睨み、全身から殺意の波動を滲ませる。
既に、自分を小馬鹿にしてばかりの男のことは嫌いになっていた。
「いやいや」反論するもう片方の男の評価はうなぎのぼりだ。「13という忌み数を背負い続けることに意味があるのさ。イタリアの戦艦だってわざわざ主砲を13門にして迷信を打ち破ろうとしてたらしいぜ? なんともロマンのある話じゃねえか」
感情に任せて真偽の不明なことを言っているようだが、バンを応援したいという気持ちはひしひしと伝わってくる。
こういう人がいると、やっていてよかったとなぜか思えた。たかだかゲームで、応援してくれる者など不要なはずなのに。
13位に居座っている現状はともかく、上位を目指すのは目立ちたいからではない。
そういえば、なぜゲームを始めたのだったか?
さほど遠くない過去、だが遥か昔のように思える過去を振り返る。
――しかし、非日常的な爆発音がそれを阻んだ。
「な、なんだなんだ!」
「隕石でも落ちたかぁ!?」
立ち上がり音のした方を向く男二人。バンも同時に首を忙しなく振り、事の起きた場所を探す。
時間も大して立たないうちに、すぐに見つけられた。高層ビルヂングの乱立する都市部から、不似合いな黒煙が薄く立ち上っている。
遠方から伝わる空気の振動には、僅かに悲鳴が入り混じっているような気がした。
野次馬と化し始めた男たちとともに現場へ向かおうとして、足に釘が打たれたように急に自由が利かなくなる。
駄目だ――自分の中にいる誰かが、叫んでいた。
また、偽善者になりたいのか?
持っていたボトルはするりと手を離れ、酷く熱されたコンクリートの地面に向けて落下する。
底を僅かに凹ませて、内側で飲みかけの液体が暴れまわる。
「……違う」
自分以外の人間の影がなくなった公園で、独言が垂れる。
それはどろりと強い粘性を持つかのように、なかなか口の中から離れてはくれない。
行っても行かなくても同じだ。
仮に行ったとして、何ができようものか。
何かができたところで、誰が称賛するものか。
わざわざ自分の安全を顧みずに危機に飛び込む必要が、どこにある?
薄気味悪い影が道化師のように笑っている、というわけではない。
己を心の底から憂う己が、そこにいたのだ。
自分の本音かどうかも分からず、しばらくそこに立ちすくむ。
それからどれくらいの時間を経ただろう。あまり過ぎてはいなさそうだ。
彼は言い訳じみた言葉で自分を納得させると、強張る足に鞭を打って駆けだした。
向かう先で、何が待ち受けているかも知らず。
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