第9話 林ソフィア九条

 ソフィア博士が亡くなった。

 2月の雪の日に。

 テロリスト襲来のときに倒れてから意識が戻ることはなかった。

 カナタは表面上は変わりない。毎日施設内の雑務をこなして過ごしてる。

「今夜からは放射線のほうを手伝いにいく」

 わたしはうなずいてカナタを見送った。

 もう半月ちかくも部屋に戻ってこない。

 足しげく行っていた小川博士たちのところへも顔を出さなくなった。無理やり体を動かしているみたい。


「どうしてかしら……」

「新しい所長の人事に不服なのかもね」

 黒岩博士がわたしにコードをつなぎながら言った。そばにいた根岸博士が吹き出し、小川博士が渋い顔をした。

「すまないね、頼りない奴が所長に就任して」

 小川博士はポータブルの端末から数値を確認する。

 今日はわたしの点検。樹海でのダメージがまだ残っているか心配だからって。

「結局、カナタはソフィア博士と仲直りっていうか」

 わたしの言葉に黒岩博士が続けた。

「和解? できずじまいだったね」

 そう、カナタと博士はそのままのお別れになってしまった。なんどかカナタとお見舞いにったけれど、ソフィア博士の意識はもうなかったから。ただ眠っている顔を見て終わりだった。

「お別れっていえば、政府から来た弔問団。無礼だったわ」

「ソラさんは、音声切り換えていて正解でしたね」

 腹をたてるわたしに根岸博士が、なだめるように穏やかに声をかけてくれた。

「カナタは現存する自律システムそのものだから。この機会を逃したくなかったんだろう」

「小川博士が止めなかったら、本当にカナタを分解しそうでしたね、彼」

 黒岩博士がくわばらくわばら、なんて昔のおまじないを唱える。

「ぼくもここに来てカナタを見ることがなかったら、彼みたいになっていたと思うよ。自立システムを搭載したロボットを知りたくてたまらなかったから」

 彼、はソフィア博士には全く興味などなさそうだった。葬儀が済み、博士の遺体を移送するために防腐処理すると、あとは執拗にカナタにつきまとった。

「科学の進歩のためには、ネジが外れた人材が必要ってのが政府の見解だからさ」

「……弊害が多くても、まだ突き進む気なのでしょう」

 根岸博士の声はいつもり数段ささやかで、哀しみを含んでいるように聞こえた。

「よし、数値的には問題なし。関節部分も自律システムも正常。内部被曝の不安もなし!」

 小川博士の言葉にわたしはホッとした。

 と、メインコンピュータを操作していた根岸博士が難しい顔をしている。

「あの、ソラさんのメモリー内に不自然なフォルダが見つかりました」

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