第参話 そして紫煙は秋雲に溶け-Ⅰ
今度は、脳が即座に反芻し、再生したことを無駄とは思わなかった。
──俺のことが、好き?
「俺は──」
言い掛けて言葉に詰まる。俺は、何だと言うのだ?
俺が
「やっぱ変かなぁ? チャットとメールでしか話したこと無い人を好きになるなんて」
そう言う彼女の表情は初めて見る物だった。
胸を衝かれる想いに、俺は軽く決心する。
「俺は──」
其処で一旦切り、唾液を飲み込もうと喉を動かして気付く。口の中はおろか唇も乾き切っている。
「……ごめん」
辛うじて水分を保つ舌が上下の唇の上を滑る。
「俺、好きな人居るんだ……」
「そっ、かぁ……」
傾く太陽に染まった表情で吐き出す用に言った朱鷺は、何処か吹っ切れたようにも見える。
「……残念」
そう言いながらも、彼女は笑って見せた。
正直、俺も彼女に対しオフラインの友人、若しくは其れ以上の感情を抱いたことがある。だが錯覚だと思った──思おうとした。それどころか、友人と見做すことさえ否定した。
何故? 理由は彼女が言う通りだ。チャットやメールでしか話したことが無い者を、どうしてオフラインの友人や「気になる異性」と同列に扱うことが出来る?
彼女は所詮、画面の中に居る者に過ぎない。俺にとって黒鷺は、何処まで行っても黒鷺だった。
だが、彼女は違った。確かに自らの感情を疑問に思いつつも、感情を歪めるような真似はしなかった。陸奥の向こうに、まだ見ぬ長門を見ていた。
夕焼け色の鱗雲を、仰ぐ朱鷺。
長く伸びる影に、頭を垂れる俺。
彼女は俺を、陸奥では無く長門と見ていた。──そして、好いてくれた。
なのに、まだ、俺は彼女を黒鷺としか見れないのか?
其れでは余りに寂し過ぎる。
哀し過ぎる。
だから、
「少し、」
「え?」
振り向いたであろう朱鷺の声が、一瞬の躊躇いを生む。だが其れを一瞬の決意が打ち消す。
乾いた喉から出る声が。掠れないように。気を払って。言う。
「話を聞いて貰えるかな……?」
──彼女を黒鷺では無くて、朱鷺として見る為に。
俺が頭を上げると、きょとんとした風に頷く朱鷺が見えた。
ふっと自然に笑顔を取り戻せた俺は、自らの選択が間違っていないことを確認した。
第参話
そして紫煙は秋雲に溶け-Ⅰ ―完―
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