第壱話 漂う紫煙は夕焼けに染まり-Ⅱ
どうやら俺は眠っていたらしかった。気が付けば、辺りは闇に包まれている。
残暑が厳しいとは言え、九月も下旬に差し掛かっている。黒い空気は肌に冷たかった。
堅い床で寝ていた所為だろうか、身体の節々に鈍い痛みを感じる。
俺は、ぼうっとする頭を一つ振って、ポケットから携帯を取り出す。サブ・ディスプレイが闇に照らし出した数字は、〈20:39〉。
「そりゃ、寒いし、暗い訳だ」
苦笑しながら肩を軽く揉んで、落としていた煙草の箱をポケットにしまう。右手にあった煙草は御丁寧に床に押し付けて消火してあった。偉いぜ俺。
「ん……っと。帰りますか」
軽く伸びて呟く。
遅くならないと言ったのに此の時間である。親が心配しているかも知れない。親父も帰って来て、一杯やっている頃だろう。
ズボンの尻を払いつつ、俺はそう思った。
夜気に肩を竦めながら歩き、自宅まで帰り着く。
ノブを捻ると、ドアは例によって甲高く啼いただけで、抵抗無く開いた。
「あら、
母の声が俺を出迎える。紹介が遅れたが、長門とは俺の名前である。
「御飯温め直すから、手ぇ洗って待ってなさい」
帰りが遅くなったことについては何も咎めず、至って平静に応対する母。
「ん、有難う」
俺は素直にそうとだけ言って、家に上がった。
食卓では予想通り、親父が一杯始めている。
「御帰り、親父」
「おう、只今。お前も御帰り」
何気無い会話。我が家が門限に対する取り決めが、同年代水準を大きく上回るとさえ知らねば、そう見えることは間違い無かろう。
親父は、グラスに半分ほど残っていたビールを一気に飲み干した。
其の後、俺は風呂を済ませて布団に潜り込んだ。
翌朝になると母親に叩き起こされ、高校へと出掛けて行く。また、いつもの毎日が始まった。
そして何事も無く一週間が過ぎる。あの夕焼けも、あの煙も、日常へ埋没するかに思えた。
だが、そうはならなかった。
ならなかったのだ。
第壱話
漂う紫煙は夕焼けに染まり-Ⅱ ―完―
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