第44話 シルクツリー

「奥様がお呼びです。」

 アダムがケイトに伝える。

「じゃあ、行きましょう。」

 ケイトに先導され、アリアを抱いたライアンとジュリア。その後にジョシュに掴まり私と麻美が続いた。

 ケイトが軽く手を挙げると、会話や料理を楽しんでいた招待客が、まるでモーゼが海を割り、約束の地を目指すかのように、さっと場所を開け通り道をつくった。



 さっきからマザーが『大切なお客様』と、何度も言っていたが、ケイトとライアン達じゃないか。それにしても大袈裟な登場じゃないか?

「レオン、ちゃんとハンサムな紳士でいてちょうだい。くれぐれも粗相のないようにお願いね。」

 マザーはやたらプレッシャーをかけてくるし、あの見かけない二人が『大切なお客様』とやらなんだろうか?

 どこかの令嬢か海外の有名人なのか?



「レオン、お久しぶりね。今日は貴方に私の大切なお友達を紹介するわ。」

 ケイトがそう言うとライアンとジュリアがさっと端に寄り、ジョシュにエスコートされた二人の女性が目の前に現れた。


 俺は言葉をなくし固まった。


「レオン、こちらはアサミ・ミクラ。日本からいらしたのよ。」

 アサミ…?えっ…彼女がアサミ⁈ケンニィの彼女のアサミ⁈

 じゃあ、もう一人の女性は…。

 やはり見間違いじゃなく…。なんでここに?

 なんでジョシュがエスコートを…。



「こちらのレディは俺が紹介しよう。

 レオン、こちらは日本からいらした、ナツ・カトリ。ジュリアの日本の師匠の娘さんだ。

 ナツ、こちらはあの家の主。レオン・ビィンガム。いや、ナツにはライアン・ブランドと紹介すべきかな?レオンにはサマーと紹介しよう。」

「いったい、どういうことだ!説明しろライアン‼︎」頭が真っ白になり、訳がわからずライアンに詰め寄った。

「レオン、言ったはずよ、紳士らしくと。」

 マザーに嗜めるられ、問い質したい気持ちをおさえた。



 なに?

 本当にどういう事なのか説明して欲しい。

 ライアンは何言ってるの?

 あの家の主がレオン・ビィンガムって言った?

 サマーって、自称ライアンの名無しさんしか、私をそう呼ばないはず…。どうしてライアンが知ってるの?



 ああ、サマーも困惑して戸惑っているようだ。

 それは、俺も同じだ。

「レオン、何してるの?早く何とか言いなさいよ。日本に探しに行くほど、会いたかったんでしょう?」

 いつの間にかクリスティーンがとなりに来て、俺を励ます。

 そんなこと言われても、こんな出逢い方は想定になかったんだ。なんて言えばいいんだ。誰か教えてくれ。

 考えに考えて振り絞って出た言葉は、

「やっ、やあサマー。」と手を差し出した。



 なにこの人?やあサマーって、まるで『今日はいい天気だね。』みたいな挨拶するみたいに。みんな私が探してるライアンは、実はレオン・ビィンガムだって知ってたの?麻美…?麻美も知ってたの?

 知らなかったのは、私だけってこと?


 レオンの差し出した手を、ピシャリと叩いて撥ね付けた。

 いたたまれなくなってホールから逃げ出し、無我夢中で走った。

 着慣れないドレスが、まとわりついて動きにくいことこの上ない。けれどひたすら走った。

 ひどい、ひどい、あんまりだ。

 みんなで私を笑い者にするなんて。

 麻美まで…。

 何も知らずに、こんなドレス着て有頂天になって、バカみたいじゃない。

 なんでそんな嘘つくのよ。あの人が最初から嘘つかなければ、こんな事にならなかったのに…。最悪だ。

 もっと最悪なのは、嘘つきな人を探してこんな所まで、ノコノコ逢いに来た自分だ。

 早く日本に帰りたい。

 もう、傷つくのはいや。


「もう!レオン。なにやってるの!早く追いかけなさい!サマーをこのまま手放していいの⁉︎」

 クリスティーンがトンと俺の背中を押した。

 俺は、ハッと我に返った。

「もう、手放すもんか!」

 そう言い残すと、 俺は全力でサマーの後を追いかけた。

「頑張れよ!チャーミング王子!」

「ちゃんと謝りなさいよ!」

 背後で俺を冷やかす声や口笛が聞こえる。

 なんとでも言ってろ。ライアンめ、ただじゃあ置かないからな!



 どうしよう滅茶苦茶に走ったから、完全に迷子になってしまった。

「サマー、どこにいるんだ!」

 いやだ、あの人私を追いかけてきたんだ。

 慌てて目の前のドアを開け中に入った。

 ドアの前に座り、真っ暗な部屋の中で、これからどうすればいいのか考えよう。

 荷物は全部ライアンの家にある。

 ライアンに会わずには、日本に帰れない。

 今は麻美の顔すら見たくない。

 しばらく此処に隠れていれば、招待客も帰るだろう。

 人が居なくなったら、こっそり抜け出そう。



 まったくなんて広い邸なんだ。どこかの部屋に入られたら、片っ端からドアを開けてみるしかない。

 名前を呼んでみたが、返事が返ってくるわけもなく…。

 ん?あのドアに挟まっているのは、サマーのドレスじゃないか?

 声をかけても中には入れてくれないだろうな。

 仕方なく俺もドアにもたれて座った。

 こうしていると、サマーの体温や不安な気持ちまで、伝わってくるようで切ない。


「そこに誰かいるなら、聞いて欲しい。

 ある夜俺は一人の女性に出逢った。彼女は俺を誘拐犯と勘違いしてた。びっくりだったよ。少しは有名になったと思ってたし、ライアンからも行動には気をつけろって言われてたからさ。

 つまらない嘘をついたんだ。

 彼女と話すうちに、彼女の力になってやりたいと思った。笑わせる事ができたら嬉しいと思った。抱きしめた時守りたいと、初めて感じたんだ。

 なのに、彼女はいきなり消えてしまった。正直怖かったよ。

 そして今度は俺が彼女の前に、いきなり現れて消えたんだ。きっと彼女も怖くて怯えたと思う。辛かったよ。彼女を笑顔でいっぱいにしてやりたいって、守りたいって思ってたのに、怖がらせる事しかできないなんて、情けないだろ。ごめんよ、サマー。」

 中で身じろぐ気配がする。逃げる様子ではないみたいだ。俺は話を続けた。

「俺はどうすれば君に逢えるのか、いろいろ考えたんだ。でもわからなくて悩んでいる時、クリスティーンとクリスティーンの婚約者のサムとジョシュが、話を聞いてくれて信じてくれたんだ。

 その上、君を探す手掛かりまで見つけてくれたんだよ。

 そして君を探し出してくれた。

 日本まで逢いに行ったんだ。君に本当のことを伝えて謝りたくて逢いに行ったんだよ。

 まさか行き違いになるなんてな…。俺ってそそっかしいし、バカだし、いつもライアンに迷惑ばっかりかけてるけど…。俺は君を大切にして、守りたい。」

 聞いてくれているだろうか?

 すぐには許せないだろうな。それも仕方ないことだとわかっているが、せめて声だけでも聞かせて欲しい。俺を罵る言葉でもかまわないから…。



 ほんとに日本まで逢いに来てくれたの?

 私と同じように探してくれていたの?

 私が彼に嘘を突かせたんだ。直ぐに気づくべきだったのに…。だけど…。

「ごめんなさい。貴方に嘘をつかせてしまって。まさか貴方みたいな有名人と会うなんて考えもしなかったから…私、誘拐されたと…。」

 驚いた。怒って文句言われるのを覚悟してたのに、まさか謝られるなんて。

「君が謝ることなんて何もないさ。あの状況じゃ仕方ないよ。お互いあんな不思議な体験すると思わなかったんだ。だろ?」

「ええ。今でも何故ああなったのか、わからない。」

 部屋には暖房が入っていないんだろう。サマーの声が震えている。あんな薄いドレス一枚なんだから寒くて当然だ。

「サマー、ここは冷える。風邪をひいてしまうよ。もう出て来ないか?」

「いやよ。みんなは本当の事知ってて、何も知らずにいた私を笑ってるわ。こんなパーティーまで開いて騙すなんて酷い。」

「そんなことないよ。君を騙したんじゃないんだ。君には内緒にしてただけで、俺に罰を与えたんだ。俺が勝手にライアンの名前を使って、君に嘘をついたから…。それにしては大掛かりな事をしてくれたと思うけどね。

 ライアンは昔から、こういう手の込んだ事をするんだよ。君に対しては悪気はないんだ。

 ライアンもジュリアもマザーも、いい人だよ。君の事を大切に想ってくれてると、今日の君を見ればわかる。ほんとに綺麗だサマー。」

 そうだった。

 ライアンとジュリアは私を必要としてくれて、こんな高価なドレスまで与えてくれた。

 クリスティーンは私に会いたかったと、声をかけてくれた。

 ジョシュが言っていた『ありのままの私で、寛容な心で受け止める』という言葉の意味が今わかった。

「ホールに戻るかい?きっとみんな待ってるよ。」

「無理よ。あんなふうに飛び出してきたのに、恥ずかしい…。」

「じゃあ、朝まで話をしよう。たくさん話たいことがあるんだ。その代わり中に入れてくれないか?二人で寄り添っている方が暖かいだろ?」

 やや間があいて、ドアに挟まれたドレスの裾が、中に引っ張られた。そしてカチャリと音を立てドアが開いた。

「私も…。話をしたい。」

 部屋の中は真っ暗で、冷え冷えしていた。

 思わずサマーの手を掴んだ。

「サマー、可哀想に、こんなに冷たくなって。」

 上着を脱いでサマーの肩にかける。

 サマーは俺をじっと見つめていた。俺が本物か確かめるみたいに…。

 そんな目で見られると、ぎゅっと抱きしめたくなるじゃないか。

 サマーが口を開いた。

「私をシルクツリーの下に連れて行って。」

「言われなくても、そうするさ。」

 俺は初めてサマーを見つけた夜と同じように、サマーを軽々と抱き上げた。



 サマーはキャっと小さな声をあげ、恥ずかしから降ろしてくれと抵抗したが、俺は聞く耳を持たなかった。

 もう二度と逃すもんか。

 こんなに遠まわりして、手に入れた唯一の女なんだから…。

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