第43話 魔法にかけられて

 次の日は、ビバリーヒルズにある有名エステサロンに出向いた。

「明日、エステを予約しといたよ。三人ともドレスに負けないように磨きをかけないと。」

 アシュリーのたった一言で、またしても突然予定が決まった。

 ここは有名人も多く利用しているらしく、いつも予約がいっぱいで2年先まで、予約が詰まっているという。

 そんな店に電話一本で予約を取り付けるとは、アシュリーって唯のドレスショップのオーナーじゃないんだ。


 ビバリーヒルズのエステサロンだけあって、高級感は日本のエステサロンと比べものにならない。

 とはいえ日本でもたいして高級なエステサロンに、行ったわけではないのだが。

 スパとヘアサロンも併設されていて、私達はフルコースで頭のてっぺんから足の爪先までピカピカに磨きあげて貰った。

 とくにオイルを使ったマッサージは、よだれを垂らしそうなくらい気持ちよかった。

 こんな施術を受けられるなら、2年待ってでも受けたいかも知れない。

 ヘアサロンには翌日の夕方にも、予約が入っていた。

 パーティーに行く前に、ここで髪を結って貰えるようにアシュリーが手配してくれたのだ。

 この心配りは職業柄なんだろうか?

「このサロンのオーナーは、アシュリーのお母さんなのよ。小さい時から、そういう気遣いを教えられてきたんですって。」

 なるほど全てに納得だ。

 超イケメンで女心を理解していて、才能もあってセレブ。こんな完全無欠な人間を作った神様は、平等と言う言葉を忘れたのだろうか?

「だけど、彼はゲイよ。」

 神様は、ある意味平等だった…。

 これで女好きなら世界中の男を、敵にまわしたのも同然だ。


「麻美、私なんだかドキドキが止まらない。

 昨日からプリティウーマンかマイ・フェア・レディみたいじゃない?」

「私も同じだよ。自分がセレブな世界に、足を踏み入れる事があるなんて、まだ信じられないよ。」

「そうだよね。明日あのドレスをもう一度着てパーティーに行くなんて、嘘みたい。

 だけど完全に目的を見失った気もするんだよね。」

「そりゃあ名無しさんに嘘つかれてたと分かって、ショックなのは仕方ないけど、何か嘘つかないといけない事情が、あったかも知れないでしょ?ライアンが会わせるって約束してくれたんだから、会えるのを待つしかないよ。」

「うん…。そうだね。」私は力ない返事をかえした。



 名残惜しいが日本を立つ日が来た。

 ケントが空港まで車で見送りに来てくれた。

「また絶対来いよ。待ってるから。」

「本当にいろいろ世話になったな。ありがとう。ナツに連絡が取れたら直ぐに知らせてくれよ。」

「わかってるって、心配性だなレオンは。」

 ケンニィがいまいち当てにならないだけだよ。という言葉を飲み込んだ。

「家族のみんなにも宜しく伝えて。LAにも遊びに来てくれよ。」

 俺は何度も振り返り別れを惜しんだ。

 こんなに他人と心が打ち解けたのは、初めてのことだった。



 俺はまた長い長いフライトで、LAに戻った。日本に行く時はホノルルを経由した為、15時間以上もかかったが、帰りは直行便だったので少しは短いフライトだった。

 それでも12時間以上かかっている。

 楽しかった日本の滞在と、飛行機の中でぐっすり眠ったので気分爽快だ。

「ライアン、今戻った。」早速ライアンに連絡を入れる。

「19時にマザーの邸に来い。絶対に遅れるんじゃないぞ!」

「わかったよ。」

 ライアンの奴いつまで怒ってるんだ。更年期ってやつか?ジュリアと拗れて大変なことになってるとかだったら…。

 俺は一人悪い方へ考えていった。



 昨日行ったヘアサロンに着くと、早速私達は各担当に案内され、個室に入った。

 入り口近くには普通のヘアサロンと同じように、シャンプー台やカットする椅子がズラリと並んでいるが、奥には一人のお客様専用の個室も用意されていた。

 きっとこれもVIP専用なんだろう。

 一人の担当者がヘアセットとメイク、ドレスの着付けまでしてくれる。

 髪をカールし左肩に流れるようセットされた。

 その髪にラインストーンのチェーンが巻きつけられ、煌びやかなスタイルに仕上がり、ドレスにぴったりだと感心した。


 個室を出てティールームに入ると、ジュリアとアリア、麻美も支度を終えてきていた。

「三人とも凄く綺麗。ため息がでるわ。」

「夏だって凄く素敵よ。」

 私達はお互いに褒めあい、携帯で写真を撮りあった。

「ライアンが迎えにきたわ。

 今日の私達は最高よ。胸を張って行きましょう。」


 サロンを出ると、タキシードでビシッと決めたライアンと知らない男性が待っていた。

 そして車はお約束のように、ロールスロイスのリムジンだ。

 運転手がマザーの邸の人だったので、マザーが車を手配してくれたんだ。

「やあ、4人とも素晴らしい。とても綺麗だよ。」

「パパ、アリア可愛いでしょ?お姫様みたい?」

「ああ、一番だよ。お姫様。パパに抱っこさせて貰えるかい?」

「いいわよ。」

 アリアは本当に可愛らしい。ライアンはアリアにメロメロだ。

 だが、目はジュリアに釘付けになっていた。

「レディ達、こちらはジョシュ・バーランド。こんなに美しいレディ達を、俺一人でエスコートしたら他の奴らに恨まれるからね。ジョシュに来て貰ったんだ。」

 私達は挨拶を交わし、リムジンに乗り込んだ。


 ジョシュは口数は多くないが、優しい人柄だとわかる。

 背はライアンの頭ひとつは高い。がっしりとした体つき。マッチョなイケメンだ。

 LAはイケメンに何か特権でも与えて、呼び集めているのかしら?とでも疑いたくなる。



 ライアンに言われた通り、19時きっかりにマザーの邸に着いた。

 アダムに案内され今まで入った事のない部屋に通された。

「いらっしゃいレオン。今日は大切なお客様をお招きしたパーティーよ。さっ準備してちょうだい。」

 マザーの合図で、男二人が俺の髪をとかしたり引っ張ったり、髭を剃られて、タキシードを着せられた。



 マザーの邸に着くと、アダムが出迎えてくれた。

「ライアン様、ジョシュ、羨ましいですね。こんなに美しいレディをエスコートされるなんて。」

「そうだろ?」

「僕も一生分の幸運を使い切った気分ですよ。」

 さすが海外の男性は、こんな歯の浮くようなセリフをサラッと言えてしまうんだな。

 車を降りる時も、ドアを開け自然に手を差し伸べる。こんなトキメクような待遇を受けたのは初めてだ。

 ホールに入ると来ているお客様が、皆こちらを注目してるように見える。

「二人とも胸を張って。」ジュリアに注意されて、気をとりなおす。

 ライアンはアリアを抱き、ジュリアに腕を貸している。

 私と麻美はジョシュに頼るように、腕を借りた。

「貴女が夏ね。会えて嬉しいわ。」

 いきなり声をかけてきた女性は、女優のクリスティーンだ。なぜクリスティーンが私の名前を知ってるの⁈

「お嬢様、ご挨拶は後ほど。サム様に叱られますよ。」

「はーい。」

 クリスティーンを嗜めて従わせたるジョシュって何者なんだろう?

 私はとんでもないパーティーに、出席したのではないだろうか?


「今の人は女優のクリスティーンですよね?どうして私の名前を知っているのかしら?」

 ジョシュに尋ねた。

「すぐに理由はわかりますよ。夏様はありのままの貴女でいればいい。寛容な心で受け止めることです。」

 さっぱり意味がわからなかった。


 ライアンとジュリアが知人と挨拶を交わしている間、 私と麻美は目立たない様にホールの隅にいたが、 マザーに見つかってしまい、また注目を浴びてしまった。

 全く無名の日本人がいるだけでも、好奇の目でみられるのに、主のマザーから声をかけられたとあっては注目されるのは仕方ない。

「麻美、夏、二人とも見違えたわ。どこから見てもプリンセスみたいよ。」

「マザー、お招きありがとうござます。こんな素晴らしいパーティーに招待されたのは、初めてで緊張しています。」

「あらあら、大丈夫よ。貴女達の緊張を和らげてくれそうな人を呼んであげるわ。」

 マザーはアダムに指示を出すと、給仕係りからシャンパンのグラスを受け取り、私達に差し出した。

「今夜は楽しんでちょうだい。」と言い、他のお客様に挨拶をしに行った。

 そして入れ替わりに現れたのは杏さんだった。

「麻美さん、夏さん。楽しんでる?」

「杏さん!」

 私と麻美はハモるように言った。

「驚いた?さっき戻ったばかりなのよ。」

 LAに来てまだ5日しか経っていないのに、凄く懐かしい気がした。

 マザーの言った通り、緊張が和らいでいく。

「ケイトじゃないか。久しぶりだね。日本の生活はどうだい?」

 一通り挨拶を済ませたライアンが声をかけた。

「あらライアン、ジュリアもお久しぶり。叔父が世話を焼いてくれて順調よ。二人に会えて嬉しいわ。」

 私達はライアンとジュリアに日本でのことを話したり、杏さんにLAに着いてからのドギマギしたことを話して、やっとこの場の雰囲気に溶け込んでいった。



「準備ができたようね。まあ、やっぱり男前だこと。さあホールに行きましょう。」

 ホールにはもう招待客が来ていた。

 立食形式のパーティーのようだが、さすがにマザーの邸のパーティーとあって、皆正装をしている。

 クリスティーンとサムだ。

 日本の報告に行こうとしたが、貴方は此処にじっとしていなさい。と言われマザーの側に着いていた。

 招待客や給仕係りの間から、ライアンを見つけた。となりにはジュリアが並んでいるので、ほっとした。ジュリアはまだ少しやつれているが元気そうだ。

 数人で話しをしているみたいだが、その中にジョシュが頭ひとつ飛び出している。

 何故ジョシュが、こんなパーティーに顔を出しているんだろう?しかもクリスティーンと離れているのは珍しい。

 体を少しずらすとケイトの顔が見えた。ケイト戻って来てたのか?そのとなりの茶色のドレスを着た女性は、何処かで見たことがある。どこだったかな?何処で見かけたのか全然思い出せない。

 もう一人いるようだが、ジョシュがデカ過ぎてシャンパンを持つ手しか見えない。

 もう少し移動すれば…。

「レオン、さっきから落ち着きがないわね。今日は大切なお客様をお招きしてると何度も言ったでしょう?仕方のない人ねえ。」

 マザーがアダムに耳打ちをする。

「ご案内して。」

 大切なお客様とやらの登場のようだ。














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