第41話 異国にて…

 家に戻るとまた女三人の賑やかな弾んだ声が聞こえてきた。

 ナツがいるから楽しくやっているだろうと分かっていても、やはりホッと胸をなで下ろす。

 明るい我が家へ帰るのはいいものだ。

 俺はどうして帰宅するのが嫌になってしまったんだろう?

 ジュリアをガミガミ女房にしたのは、俺のせいなのは分かっている。俺が家庭を煩わしく思ったからだ。

 もっと自由でいたかった。ジュリアが子育ての悩みを言うのをくだらない愚痴だと思った。

 平均以上の収入で妻と子供を守ってやっている。何不自由のない満足のいく生活を、させてやっているんだと思い込んでいた。天狗になっていたんだ。

 けれど自分がジュリアを傷つける間違いなど、犯すとは思いもしなかった。

 やはりジュリアを軽んじた心の隙間に、悪魔が入り込み俺はまんまと地獄に落ちたんだ。愚かだ。


「相変わらず賑やかだね。ジュリア先に着替えるよ。」

 ジュリアを呼び出し、レオンの報告をした。

「仕方ないわね。夏に教えてあげましょう。」

「いや、まだ教えない。」

「どうして?可哀想じゃない!」

「あいつはナツや俺に嘘をついていたんだ。お仕置きが必要だろ?もちろんナツにも悪いようにはしない。二人に最高の出逢いを用意してやるよ。」俺はニタリと笑った。


 夕食はアリアのリクエストのキャラおにぎりと大人向けに手巻き寿司を作った。

 ライアンとアリアは手巻き寿司を、ブーケみたいだと言って沢山食べてくれた。

 ジュリアは私の作ったお味噌汁が、私の母の味と同じだと懐かしんだ。

「ナツ、あの家の持ち主に連絡が取れたんだが、まだLAに戻れそうにないみたいなんだ。でも、君が滞在している間には戻るからと約束してくれた。それまではジュリアに面白い所へ案内して貰うといい。」

 ライアンが名無しさんに連絡が取れたことを教えてくれた。

「ありがとうライアン。約束を守ってくれて、感謝します。」

 あの家を見るという目的は、名無しさんになってしまった自称ライアンの嘘で、少し意気消沈していた。

 麻美にも見放され、相談も出来ない。もう謎解きに疲れた。

 名無しの自称ライアンよりも、本物のライアン家族は現実で、何より私を必要としてくれている。

 もう多くを望んだりしない。これ以上失望したくない。流れにまかせ日本に帰るまで、ライアンとジュリアに出来るだけの事をしよう。


「やっぱり夏が可哀想よ。元気に振舞っているけど、不安なんだわ。」

「大丈夫さ。長くは待たせない。計画通り待っている間は忙しくさせてやればいい。」

「そうね。わかった。」



「レオン、今夜はステーキを食いに行こう。神戸に来たんだ、神戸ビーフを食べさせなきゃLAに帰せないって親父がいい出したんだ。」

「神戸ビーフ!いいね。」

 神戸ビーフは美味いと有名だ。本場で食べられるなんて最高。急いで帰らなくて良かった。

「知り合いの店を予約したから、早く支度しろよ。今夜も飲むぞ、覚悟はいいか?」

「望むところだよ。」


 家を出る前にケントから、いつもサムが掛けているような黒縁のダテメガネを渡された。

 少しは変装してくれということだ。

 店はサマーの借りている部屋の近くで、お洒落なこじんまりとした店だった。

 ユウヤとリナさんも来て、店は俺達だけで貸し切り状態になった。

 大人はワインを飲みながら、神戸ビーフを堪能した。

 なんなんだこの肉の柔らかさは、口の中でとろけるようだ。甘みとジューシーさが絶妙。ソースじゃなく塩を少しつけて食べると、肉本来の味わいが際立つ。神戸ビーフの虜になりそうだ。

 その分料金も相応のものだった。俺は世話になったお礼に払わせて欲しいと申し出たが、お父さんに一蹴されてしまった。


 大人は美味しい肉とワインでほろ酔いになり、家に帰ってからまた飲みなおそうと盛り上がったが、ユウヤは明日は仕事だからとリナさんに連れ帰られた。

 俺は飲み直す前に風呂に入りたいと言い、双子を連れだって風呂に入った。

 そして今夜も双子が背中を洗ってくれる。

 今夜も双子はいい仕事をしてくれたので、お返しに俺も双子の背中を洗ってやった。


「父さん、レオンのことどう?俺は少しおっちょこちょいなとこあるけど、いい奴だと思う。」

「そうだな、親としては娘の相手には一点の曇りもない人を願うもんだ。あの程度のおっちょこちょいは、真面目な夏がカバーできるから丁度いいだろ。後は夏次第だろうな。レオンが苦労しそうだ。」

「俺もそう思う。」二人はしみじみと酒を飲みながら笑った。

「あなた達も、ちゃんと夏の事考えて見てくれてたのね。」

「母さん、当たり前だろ?俺達をなんだと思ってんの?」

「ただ飲みたいだけの口実」

「お見通しか?」

 今度は三人で笑った。


 風呂から上がった俺にお母さんが、冷え冷えのビールをグラスに注いでくれた。

「お父さん、お母さん、ケント、ショウ、ソウこんなに良くしてくれてありがとう。日本に来てケントに会えて本当に良かった。」

 俺は少しでも感謝の気持ちを伝えたくて、言葉にした。

「なんだよレオン。これは日本の『おもてなしの心』だ。それに水臭いぞ。俺のことはもうケントじゃなくて『お兄ちゃん』って呼んでいいんだぞ。」

「えっ?おっお兄ちゃん?」

「そうだ夏とどうなろうと、お前はもう俺の弟だ。」

「マジでいいの?俺、姉貴と妹しかいなかったから、兄貴が欲しかったんだ。」

「夏は俺のこと『賢にぃ』って呼んでるから、レオンもそうしろよ。」

「ケンニィ…。ちょっと照れるよ。」

「そのうち慣れるよ。」

「じゃあ、俺のことはダディって呼んでくれていいぞ。」

「ダッ、ダディ⁈どこがダディだよ。ベッタベタの日本人顏じゃないか!」

 お父さんの言葉にケンニィとお母さんが反発して、爆笑した。

「いいじゃないか!ダディって呼ばれてみたかったんだから。」

 俺からしてみればお父さんよりダディの方が、馴染みがあったのですんなりとダディと呼べた。

「親父良かったな!」

「おっ、おう」今度はダディが照れて笑った。


 そして今夜も楽しく酒を酌み交わし、酔い潰れた。


 日本の『おもてなしの心』ブラボー!

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