第40話 異国にて…

 コートパークから戻ると、ライアンは仕事の打ち合わせで出かけて行った。

 ジュリアの瞳に不安そうな影がさす。

 ライアンが側に居る時は、険しい目つきになる時もあったが、ほとんどは悲しみが隠せないようだった。

 私やアリアと話しだすと、精神的にも安定してくるのが伝わる。

 私はジュリアとライアンに、何をしてあげられるのだろう?

 マザーには何か意図があるのだろうか?

「明日なんだけどね、私が以前勤めていた会社の人が、舞台のセットを作るから見に来ていいって言ってくれてるのよ。どうかしら?」ジュリアは約束したことを実行してくれようとしている。

「素敵!迷惑じゃないなら、是非見に行きたいわ。」

「良かった。そうだわ夏に見せたい物があるのよ。」

 ジュリアはそう言って奥の部屋から、分厚いアルバムを何冊か持って来た。

「これは私が手掛けたドラマとか映画や舞台のセットなの。興味あるかしら?」

「もちろんよ。見たいわ。」

 ジュリアからアルバムを受け取りページを開いた。

 中には見覚えのある海外ドラマや映画のセットもあって、ジュリアにタイトルを言うと誇らしそうに微笑んだ。

 作業中の写真も何枚かあり、その写真の中でジュリアは生き生きとしていた。

 よく深夜までセット作りをしていた事や、せっかく完成しても監督や俳優に気に入られなくて、作り直しをさせられた事など、苦労話も聞かせてくれた。

 ジュリアがどれだけ仕事に情熱と誇りを持っていたのか、ひしひしと伝わる。

 出産後きっぱりと仕事を辞めてしまったのは惜しいと思うが、それだけアリアちゃんへの愛情が深かったのかもしれない。

「本当にどれも素晴らしいわ。ドラマや映画や舞台の成功には、セットの出来も大きく影響するんだって改めて感じたわ。自分の手掛けた作品を、こんな風に残せるなんて羨ましい。」

 私は素直に感想を言った。

「私の作った部屋は撮影が終わればなくなってしまうけど、夏の作った部屋は何年も使われるじゃない。たくさんの人に見てもらえなくても、永く使われるのも素晴らしい仕事だと思うわ。私達似てると思わない?きっと省吾の影響ね。」

 ジュリアに評価されると、なんだか照れくさい。

「そうかも。」

「それにこんな話をしたら普通は、俳優の誰かに会わせてって言うものよ。夏はそういうの興味ないの?」

「それもそうね。麻美なら大騒ぎかも。私も全く興味ないわけじゃないけどね。どうしても部屋の作りとかインテリアに目がいっちゃう。それとファッション。」

「夏は面白いわね」ジュリアがクスッと笑う。

「好きなアーティストとかいないの?」

「うーん…。高校生ぐらいの時は日本のアイドルが好きで、部屋にポスターとか貼ったことあるけど、自分の部屋じゃなくなったみたいで、直ぐに剥がしちゃった。」

「やっぱり面白いわ。」ジュリアはクスクス笑った。

「ジュリアは好きなアーティストいる?」

「そうね。レオン・ビィンガムなんていいかも。」

「アクション映画によく出てるわね。ジュリアってイケメン好きなんだ。」

「あら、どうせ見るならビジュアルがいい方がいいじゃない?」

「それ言えてる。」

 ジュリアとのガールズトークは弾んだ。ジュリアが明るくなってくれるのは嬉しい。自分がここにいる意味が見い出せる。

 レオン・ビィンガムといえば、あの家の持ち主はライアンだと信じてたから、私の尋ね人は名無しになってしまったんだ…。


 公園で遊び疲れたアリアが、お昼寝から目を覚ました。

「ママ〜」両手を伸ばしてジュリアに抱っこをせがむ。

「あら、もうこんな時間。そろそろ夕食の準備をしなくちゃね。」

「ナツのおにぎりがいい。」アリアはキャラクターのおにぎりが気に入ってくれたらしい。

「じゃあ今夜は私に任せて。」

「いいの?疲れてない?」

「アリアが喜んでくれるなら、全然平気よ。」

 私は夕食の係りを請け負い、三人でモールまで買い物に出掛けた。



 眩しい。もう朝なのか。物音が聞こえる。誰かの話し声も…。なぜだか凄く心地いい。

 …そうだ、ここはサマーの実家だ。

 いつの間に寝てしまったんだろう。まさかまた夢じゃないよな?夢なら覚めたくない。

 小さな足音が聞こえて、いきなりドスンと胴体の上に落ちてきた。

「うわっ」俺は驚きのあまり悲鳴をあげた。

「ねえ、レオン。もう朝だよ。遊ぼうよー。」

 落ちてきたのは双子か。

「ゆっくり寝かせてあげなさい。遠くから来て疲れてるのよ。」サマーのお母さんの声だ。

 それにいい匂いがする。

「おはようございます。」起き上がって声をかけた。

「ごめんなさい。起こしてしまって。ゆっくり寝てていいのよ。」ユウヤの奥さんのリナさんだ。夢じゃないんだ。昨日俺は日本に来て、ケントに連れられサマーの実家に来てるんだ。

「すっかり目が覚めたよ。」

「じゃあ朝食はどう?昨日ずいぶん飲んでたみたいだけど、食べれそう?」

「いただくよ。」

 テーブルに着くと和食がずらりと並んでいた。

 やはり昨夜は飲みすぎた。出来ればコーヒーが飲みたかったな…。

「コーヒーとパンの方が良かったかしら?」

「コーヒーをもらえますか?」リナさんの言葉に甘えてコーヒーを頼んだ。

「レオン、深酒をした翌朝は味噌汁だ。」

 後から起きてきたケントが注意してきた。

 ケントに言われるがままミソスープを飲んだ。

「うっ、うまい!こんな美味しいミソスープは初めてだ!」ミソスープあなどれん。深酒の翌朝はミソスープ。コーヒーで酔いを覚ますなんて、もう俺の中ではあり得ない。

「だろう?レオンが母さんの味噌汁は絶品だってさ。良かったな母さん。」ケントが俺の言葉をお母さんに伝えてくれたみたいで、お母さんが嬉しそうに笑った。

 お母さんの料理はどれも最高に旨かった。

 こんな美味しい朝食が毎朝たべれるなら、ここに住みたいぐらいだ。

 毎日ケントやお父さんやユウヤと楽しく酒を酌み交わして、双子と風呂に入って、お母さんの料理を食べる。そしてサマーが…。日本最高!!

「レオン、昨日あなたの携帯に電話が入ってたみたいだけど、大丈夫なの?あなたかなり酔っ払ってたから掛け直した方がよくない?」

「電話が?電源切ってたはずだけど?」

「ごめんなさい。双子が脱衣所であなたの携帯を見つけて、勝手に触っちゃったのよ。」

「俺、電話で話してた?」

「ええ、かなりハイテンションでね。覚えてない?」

「覚えてない…。」

 きっとライアンかクリスティーンだ。

 ライアンだったら凄くヤバいかも…。

 リナさんの言葉で、さっきまでの至福の妄想がガラガラと音を立てて崩れ、なぜか今は悪い予感しかしない。

 お母さんの激ウマ料理も、もう喉を通らなくなった。


 携帯の着信履歴を確認すると、やはりライアンからだった。しかもライアン、ライアン、ライアン…。凄い勢いで連絡してきてる。

 これはとんでもなくヤバいパターンだ。

 仕方ないとりあえず連絡してみようとした途端、着信音がなりだした。

 思わず携帯を投げそうになった。

「あっライアン。今連絡しようと…。」

「はあ?今頃か?」

「いや、これには訳があって。」

「今、日本に旅行中なんだってな」

「知ってた?」

「ああ、今朝お前から報告してもらったからな。」

「ほかには?」

「サマーの実家で楽しくやってるみたいじゃないか。」

「いや〜それがさあ、サマーの家族って皆んないい人で…ハッハハ」笑ってごまかしてみた。

 しかし、ライアンからの反応はなし。

「それで何か用だった?」

「今すぐ帰って来い!用件はそれだけだ!」

「でも、まだサマーに会えてないんだ。」

「サマーの実家がわかったんだからいいだろう!一旦戻って又会いに行けばいい。今すぐ戻らないと、お前とは縁を切る!わかったな!」

 ライアンは言いたいことだけ言って電話を切った。

 かなりご立腹のようだ。でも今はオフなんだし、そこまで指示される覚えはないはずだ。

 だけど、帰らないと余計拗らせそうだ。


 ケントに事情を説明し、早くサマーに連絡を取って居場所を聞いて欲しいと頼んだ。

「連絡したけど、電話にでないんだよなー。

 放っておけば?どうせLAと日本なんだし、飛行機のチケットが取れなかったんだーとか言って、ごまかしちゃえよ。せっかく来たのに直ぐ帰るなんて勿体ないよ。後2〜3日ゆっくりして行けよ。」ケントは相変わらず呑気にこたえた。

「そういう訳にもいかないよ。」とは言ったものの、ケントが言うのもいい考えかもしれないと思った。

「今はオフなんだろ?レオンは何処に行っても騒がれてるから、せっかくの休日が台なしなんじゃないか?たまにはのんびりしろよ。」

 散々迷ったすえ俺は自分に都合のいい、ケントの提案に乗った。


「ライアン、飛行機のチケットが3日後しかとれなかったんだ。火曜日の朝LAに戻るよ。」

「ちゃんと帰って来るんだぞ。」

「わかってるよ。こんなに急かせるなんて、何かあった?」

「ああ、お前の一生を左右する大切な用だ。話は帰ってきたらする。」

 そう言うとライアンは一方的に電話を切った。









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