第37話 新たな出逢い レオン

 長い、長い、長過ぎる。15時間40分のフライトがこんなに長いと感じるとは、LAを出てもう一週間は過ぎたと思えるほど長かった。

 入国手続きを済ませゲートを出る時には、騒ぎが起きていた。

 予告しての来日ではないので、たいしたものではないが、携帯やカメラのフラッシュに出迎えられた。

 クリスティーンが依頼した探偵が迎えに来てくれているはずだが…。近寄れないよなー。

 すでに人垣ができ早くこの場から離れたいが、集まってくる人が増える一方だ。

 やっと警備の人が現れて人垣を崩してくれた。

 その隙間を縫ってスーツを着た一人の男が近づいてきて、俺の前に立ち声をあげた。

「皆さん歓迎感謝します。レオンさんは長いフライトで疲れていらっしゃいますので、失礼させていただきます。」日本語なので何を言ってるか分からないが、助けてくれたみたいだ。

「クリスティーンさんから依頼された者です。行きましょう。」スーツ姿の男は小声で言うと俺の腕を掴んで、足早に駐車場へ向かった。

 車に乗り込むと直ぐに発進させ、車の波に乗り高速道路に入った。

「初めまして探偵の仲田です。まさか一人で来るとは思いませんでしたよ。」

「急だったので、いきなり迷惑かけて申し訳ない。」

「参りましたよ。有名人のSPなんてした事ないですから。こっそり人目につかないようにするのが僕の仕事ですからね。」仲田はハッハハと笑う。

「ここから神戸までは一時間ほどで着きますよ。先にホテルにチェックインしましょう。通り道ですからね。香取さんの家からも近いですよ。」仲田は丁寧に教えてくれた。

「彼女の家に行く前に寄りたい所があるんけど、いいかな?」

「どこですか?」

「北野神社に寄って行きたいんだ。」

「香取さんの家のすぐ近くですね。構いませんが、あの辺りは観光やデートスポットなんです。人目につくんですよね。空港のような騒ぎはごめんですし、香取さんの迷惑にもなりかねないなぁ…。」

 仲田に言われて俺はクリスティーンからの指示を思い出した。

「これならどうだろう?」

 帽子とサングラスを着けて見せた。

 仲田はぷっと吹き出して答えた。

「いかにも有名人っぽいけど、まあいいでしょう。」

 真っ先にサマーに逢いに行きたかったが、北野神社に行って夢じゃなく、現実なんだと実感したかった。ジョシュも言っていた。神社は教会のようなものだと。神頼みをするわけではないが、神聖な何かに触れれば落ち着いた心持ちでサマーに逢える気がした。

 サマーに話したい事がいっぱいある。

 嘘をついたこと。怖かったこと。怖がらせたこと。あの嵐の夜のこと。どうやってここに辿り着いたか。クリスティーン達のことも話したい。そして、どれだけサマーに逢いたかったか伝えたい。


 ホテルにチェックインだけ済ませ、北野神社に徒歩で向かった。

 仲田が言うには、この辺りは一方通行の道が多く、車では不便なんだそうだ。

 サマーが言っていた通り坂道ばかりの所だった。

 観光地だということで、道すがら仲田はガイドもしてくれた。

 日本は1641年から200年以上の間、中国、朝鮮、オランダ以外の国との交流をたっていたが、1854年ペリー艦隊の交渉により日米親和条約が結ばれ、その後イギリス、ロシア、オランダ、フランスとも条約が結ばれた。

 その時開港された港のひとつが神戸でだった。

 神戸には沢山の外国人が住むようになり、彼らが遠い祖国を思って建てた洋館が、ここ北野町に多く残されているそうだ。

「着きました。ここが北野神社です。この階段を登れば境内ですよ。」

 俺たちは長い階段を登り、境内に足を踏み入れた。


 やはりここだ!


 俺はあの時と同じように木造りの階段に腰掛けた。

 この手触り、風景間違いない。あの時俺はここに来たんだ。

 サマーが子犬を連れて駆け上がって来た階段を、俺も今登って来た。そして、これが現実だ。

 説明のつかない不思議な現象ではなく、長い時間をかけるという、当たり前の不便さで現実を実感できる。

「叶い鯉に願掛けしますか?」仲田が俺を見てクスッと笑い問いかける。

「あの鯉に水をかけてお願いすれば、恋が叶うそうですよ。ここは恋のパワースポットです。」

「そうなのか?是非お願いしよう!」

 俺は仲田の真似をして、鯉の像に水をかけ手を合わせた。



 俺たちは北野神社を出て、細い坂道を下って行った。いよいよサマーに逢える。

「ここから5分ぐらいですよ。犬の散歩にはちょうどいいですね。犬の名前はふぅ。ポメラニアンです。」

 確かそんな名前で呼んでいた。飼っているペットの名前まで調べたのか。探偵って凄いな。

 資料には家族の名前まであった。依頼した自分が言うのも変だが、知らない間に自分の事をそこまで調べられるのは不愉快だろうな。

「部屋はお父さんの名前で借りているので、調べるのに時間がかかってしまいました。」

 なるほど、そういう事情だったんだな。

「ここです。このマンションの5階が、香取夏さんの部屋です。」

 俺はサマーの部屋がある5階を見上げた。

「一言言っておきますが、依頼人があまりに有名な人ですから了承なしに名前を口にできませんし、こんなに急いで来るとは思いませんでした。ですからアポイントをとっていません。もしかしたら留守かも知れません。よろしいですか?」

 いざという時になって、気落ちさせてくれるじゃないか。だが折角ここまで来たんだ行くに決まってる。仲田はマンションのオートロックにサマーの部屋番号を押した。

 何度か呼び出し音がしたが、応答はなかった。

 クッソここまで来て留守だなんて!タイミングが悪過ぎる!

 しかしこの後もっとタイミングの悪い事に出くわすとは考えもしなかった…。


「どうします?留守ですが上まで上がってみますか?」

「ああ、行くとも。」俺は少々やけになっていた。

 仲田は適当にオートロックのボタンを押すと、押された部屋の住人であろう人から応答があった。仲田は日本語で何か言ってロックを解除させた。

 サマーの部屋の前まで来た。仲田が念のためインターホンを押す。やはり応答はなかった。

「残念ですが、また出直しましょう。」

 俺はぼんやりと景色を眺めていた。これがサマーが毎日見ている景色なんだ。うちのテラスでサマーが思い描いていたのは、ここから見えるこの風景だったのだろうか?

「さあ、一旦ホテルに戻って食事でもしましょう。お腹がすいていては、いい考えは浮かばない。」仲田は親切だった。


「どちら様?うちに何か用?」


 ふいに声をかけられた。日本語なのでわからないが…。子犬を抱いた日本人の男と小さな二人の子供だった。二人の子供は双子らしい。鏡のようにソックリだ。そして、この子犬は…。まさかサマーの旦那さんと子供⁈

 サマーも仲田もそんな事言ってなかったが…。マズい気がした。

 だが、仲田は冷静だった。

「香取夏さんにお話しがありまして、仲田と申します。」

「おじさん、夏お姉ちゃんにご用なの?」

「夏お姉ちゃんはお仕事で飛行機に乗って行ったんだよ。」

「だからおじちゃんと僕たちで、ふぅちゃんのお世話してるんだよねー」

 息ぴったりに双子が俺に話しかけてくる。何を言ってるかサッパリだが…。

「お前達は先に中に入れ」

 男が部屋の鍵を開け、双子と子犬を中に入れた。

 その隙に仲田が小声でサマーの兄貴だと教えてくれた。そうだった。兄貴が二人いるんだった。ハァ焦った。

「で、話しと言うのは?」

 サマーの兄貴は警戒心を隠そうともせず、俺の方をジッと見て言った。

 そりゃあ警戒して当然だ。俺だって見も知らない奴が、妹に突然逢いにきたらそうする。

 俺は帽子とサングラスを外した。

 兄貴はキョトン顔で俺を見ていた。

「ハジメマシテ、レオン・ビィンガムデス。」

 俺は知っている数少ない日本語を使った。

「マジ?なんで?」兄貴が英語で尋ねる。

「込み入った事情がありまして、レオンさんは夏さんに逢いに来られたんです。」仲田が俺にも分かるように英語で話した。

「とりあえず部屋に入って話そう。」

「いや、本人の了承もなしに女性の部屋へ入れないよ。」

「ここで立ち話しをして誰かに見られたら、夏が困ると思わない?それとも君とカフェでコーヒー飲みながら話せって言うのか?俺にはムリだね。」

「彼の言う通りにした方がいい。」

 難色を示す俺に仲田は部屋に入ることを勧めた。

「夏の部屋みたいだろう?それに君を門前払いしたら、間違いなく夏に殺される。」


 サマーの部屋、見たい!見たいに決まってるじゃないか!


 俺はしぶしぶ仕方なく入る事に同意する振りをした。


 サマーの部屋はキチンと綺麗に片付けられていた。本やCDが丁寧に整理整頓されていて、サマーらしい部屋だ。

 キッチンとベッドルームともう一部屋。広いとは言えないが、居心地の良さは俺の家にはないものが感じられる。

 子犬が寄ってきて、俺の匂いをくんくん嗅いでいる。俺が掌を差し出すと、また匂いを嗅いで掌に頬擦りをした。

「わっ、ふぅがほっぺスリスリしてる!」

「珍しいな、こいつ夏にしかそれしないんだ。他の人が手を出したら、お手するか掌舐めるかなんだ。君気に入られたみたいだな。」

 ケントがふぅのクセを教えてくれた。

 そうか、ふぅは俺を認めてくれたのか。なんて可愛い奴なんだ。

「まあ、適当に座ってて。」

 サマーの兄貴はそう言うと、双子とキッチンへ飲み物を用意しに行った。


「翔、湊、あの人は夏お姉ちゃんの大切なお客さんだ。わかってるな?」

「うん、わかった。ジゼンのリサーチだね。おじちゃん!」

「おっ、ちゃんと言えるようになったか。その通りだ!頼んだぞ!」

「僕たちに任せてよ!ねっ翔ちゃん、ねっ湊ちゃん。」双子は顔見合わせてガッツポーズした。

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