第33話 それぞれの旅立ち
慌ただしく一週間が過ぎ、私と麻美は今日LAに旅立つ。
部長の車で神戸の街を後に、関西国際空港に向かっている。
名目は仕事だが、実際は違う。自分の身に起きた事も未だに信じられないが、その真実を確かめに名前しか知らない男に会いに行こうとしているなんて、今更だが無謀ではないだろうか?
自分がそんな無謀な行動を起こしている事も不思議に思えた。
「LAに到着するのは昼頃か?」
「11:45着です。部長お土産何がいいですか?」
「饅頭以外!」
「LAにお饅頭なんて売ってませんよ〜。部長本当に甘い物が苦手ですね。」
「冗談だよ。お土産なんていいから、ちゃんと仕事しろよ。それから金髪の青い目のニィチャンも連れて帰って来るなよ御蔵。」
「ひっど〜い部長!じゃあ何の楽しみもないじゃないですかぁ」
部長と麻美は相変わらず漫才のような会話で花を咲かせている。二人は笑いのツボが合うらしい。
「ちゃんと見張っててくれよ香取。」
「じゃあ仕事どころじゃないですね。」
「夏、ひどっ…」
「香取も言うなあ。御蔵の笑いが移ったんじゃないか?」
「私も関西人だってことです。」
たわいない笑い話をしていると時間は、あっという間に過ぎて、悩んでいるのがバカバカしくなってくる。関西人は時に悩み事さえ笑いのネタにしてしまう。けれど私はこの気質が結構気に入ってたりする。
搭乗手続きを済ませ、部長に挨拶をする。
「なんだか巣立っていく雛を見送ってる気分だ。」
「部長大袈裟ですよ。」
「二人とも気をつけて行ってこいよ。」
部長は私達の姿が見えなくなるまで、見送ってくれていた。
仕事がオフになると、趣味を持たない俺は何もする事がない。
デートの誘いも、無論のこと誘う相手もいない。
サマーを探しに日本に行く計画も、クリスティーンが依頼した探偵の報告待ちになったし、今朝は無駄に早起きをしてしまった。これでは隠居生活じゃないか。つまらない男だな。
ライアンは俺に構ってる場合じゃないし、クリスティーンはサムとの婚約パーティー準備で忙しそうだ。
俺もなにかプレゼントをしないとな。
モールが開いたらプレゼントを探しに行ってみるか…。
キンコン、キンコン、キンコン…
門のベルがけたたましい悲鳴をあげ、飲みかけたコーヒーで喉を詰まらせた。
モニターを見るとクリスティーンだった。
クリスティーンは絶対に超能力があるに違いない。いつも俺の心をお見通しじゃないか。
それにしても普通の現れ方が出来ないのだろうか?
玄関ドアを恐る恐る開け出迎えた。
クリスティーンはカツカツとハイヒールの音を立て颯爽と早足で向かってきた。
「やあ、クリスティーン。ベルは連打しなくても聞こえるよ。」
「あらそう。でも貴方はこの報告書を悠長なベルの音で待たされたくないと思ったわ。」
と言うとA4サイズの白い封筒を俺の胸元に押し付けた。
「今朝早くに日本の探偵からメールで届いた報告書よ。中にプリントアウトした写真も入ってる。さあ早く貴方のサマーに間違いないか確認なさい。」
待ちに待った報告書だった。今この手にサマーかもしれない女性の素性が明らかになる書類があるのだと思うと胸が高鳴った。
「どうしたのレオン。大丈夫よ、探偵は99%間違いないってコメントが入ってた。」
封筒の中身を取り出す手が震える。
落ち着け、落ち着くんだ俺!
しっかりするんだレオン
一枚の写真がひらりと裏返しに落ちた。
俺は屈んで拾い、ゆっくりと表をむける。
ああ、神様。
産まれて初めて神に感謝した。
「彼女なのね?」
クリスティーンの問いに何度も頷いた。言葉にすると涙が溢れ落ちそうで、何も言えなかった。
「じゃあ一時間後にジョシュを迎いによこすから準備しておくのよ。」
「準備って?」
「どうせ貴方の事だから、直ぐに会いに行くんでしょう?飛行機のチケットはもう手配済みよ。さっさと用意なさい!」
「クリスティーン。なんてお礼を言えばいいか…。もう言葉になんて出来ない…。」
「貴方が私とサムにしてくれた事と同じ事をしただけよ。さあ、早くしないと飛行機の時間に間に合わないわよ。」
クリスティーンは来た時と同じ様に、ハイヒールの踵を鳴らし颯爽と帰って行った。
探偵からの報告書を早く見たかったが、先に荷造りをする事にした。
今はサマーの写真だけで充分アドレナリンが放出されているようだ。それに荷造りといってもたいして用意する物はなかった。数日分の着替えとパスポートに報告書ぐらいだから、5分もあれば準備完了だった。
バックを持ってリビングに戻り、新しいコーヒーを淹れ直し報告書に目を通した。
ああ、やはり間違いない。住所も北野町になっている。
中にはクリスティーンからの手紙が入っていた。手紙というより指示書のようだが…。
帽子とサングラスを忘れないよう注意書きされていて、慌てバックの中に突っ込んだ。
空港には調査してくれた探偵が迎えにきてくれて、サマーの家まで同行してくれるらしい。
その上、飛行機の手配だけじゃなくホテルまで予約してくれていた。
改めてクリスティーンのしてくれた事を思うと、クリスティーンは凄い良妻になるだろうと想像できた。
時間ぴったりにジョシュが迎えに来てくれて、空港まで送ってくれた。
ジョシュは何度もサマーが見つかって良かった、自分もサマーに会える日を楽しみにしていると言って見送ってくれた。
関西国際空港に到着するのは翌日の15:50およそ15時間のフライトになる。
今の俺はアドレナリンが大量に分泌されているから、スーパーマンのように飛行機を押して、もっと早く移動出来るんじゃないだろうか?
それよりいつもの様に意識をなくして、サマーの所に自由に行く事が出来れば…。いやいや普通に会いに行く事が重要なんだ。けれど時間の流れがこんなにもどかしいと思ったのは初めてだ。
映画を観たり本や新聞を読んで、時間を潰す気にもなれなかったので、報告書にもう一度目を通す事にした。
サマーの写真。髪をポニーテールにしジーンズにTシャツというラフなスタイルで、神社で見た時と同じ様に白い子犬を連れて建物から出て来た所のようだ。ここがサマーの住んでいるマンションだろうか。子犬に優しげに微笑むサマー。暴力を受けた痕もすっかり治っているようで安心した。トラウマになっていなければいいが…。クソっ思い出したら腹が立ってきた。あのクズ野郎今度見つけたらタダじゃあおかないからな!
サマーをLAに連れて帰って、二度とあんな事が起きないように守ってやるんだ。
待ってろよ、サマー。
後一時間で予定通りLAに到着すると機内アナウンスが流れた。
私はライアンともし会えたらとか、家はよく似ているだけで実際は違っていたらとか、ライアンなんて人物は存在しなかったら、ライアンが実在しても私が会いに行ったら迷惑に思うのでは…など、いろんな事態を想像して機内では一睡も出来なかった。
そしてもう一つ気になっていた事を口にした。
麻美にライアンの事を初めて打ち明けた時から、ずっと気になっていた事だ。
「麻美、麻美はどうして信じてくれたの?ライアンとの事。本人の私でさえ今だに信じられないのに、どうして?」
麻美はキャハハと笑うと私を見て答えた。
「そりぁ話はぶっ飛んでて信じるのは難しいよ。でも私の知ってる夏は、あんな狂言できるほど器用な人じゃないもん。
私はね。話よりあの似顔絵を信じたの。ああ、この人が夏の運命の人だって」
「えっ、でもあの時レオン・ビィンガムだって言わなかった?」
「うん、よく似てた。カマかけてみたんだよ。夏の嘘なんてお見通しだよ。て言うより夏嘘つくの下手過ぎ。」と言ってまたケラケラ笑う。
「それでも、運命の人は言い過ぎ。たったの三回しか会ってないんだよ。それも数時間だよ。」
「人を好きになるのに回数や時間なんて関係ない。気が合わない人は何年何時間いようと合わないでしょ。逆に好きになる相手は一瞬でも好きになる。」
「でも私はゆっくりその人を知って好きになるタイプ。慎重派だよ。」
「じゃあ今この飛行機に乗ってるのは何の為?家を見る為じゃないでしょ。自分の気持ちに嘘はつけないんだよ。素直に受け入れないと例え運命の人に出逢っても、すれ違って見知らぬ他人のままだよ。」
なんとなく痛い所を突かれた気がした。
もしもライアンに会えたら素直になれるだろうか?
せめて実在のライアンが嫌な奴ではありませんように…。
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