第27話 救いの手は

「こんにちは」

「麻美さん。こんにちは。土曜日にいらっしゃるなんて珍しいですね。杏さんなら中にいらっしゃいますよ。呼んできますね。」

「いえ、いいんです。今日はアロママッサージの予約をしに来ただけですから。」

「麻美さんは特別ですよ。ちょっと待ってて下さい。」と言うと店員の可愛らしい女の子は中に入っていった。

 南京町は元町通りと栄町通りにあるチャイナタウンだ。狭い一画に中国の飲食店や雑貨店がぎゅうぎゅう詰にひしめき合っている。

 平日の昼間なら然程混雑していないのだが、土日祝日ともなると人とぶつからずに歩くことは難しい。

 杏さんの店に通いだして三年になる。仕事のお得意様で尊敬する荻野社長の紹介で、通うようになった。

 杏さんの店は中国の漢方だけでなく、各国の薬草や雑貨なども扱っている。一見薬屋には見えない赤と白を基調としたお洒落な店構えだ。杏さんのイメージにぴったりだと思う。

 予約すればアロママッサージも奥の部屋で受けられる。

 杏さんのマッサージは、私にとっては神の手。

 体だけでなく心までほぐされる。

 また施術中にいろんな話を聞いて貰い、アドバイスをしてくれたりもする。

 以前は月に二度程度通っていたが、最近では週に一度はマッサージや買い物、時にはふらりと立ち寄ってお喋りだけして帰るようになった。

 上手くは言えないが、何故か此処に来ると自分の皮が一枚一枚剥がされて、自身の核となるものが見えてきた様な気がする。自分が何者なのか何をすべきなのか、最近ようやく気づき始めた。けれどまだ確信がもてない。


「麻美さん。お待たせしてごめんなさい。」

「こちらこそ忙しい日に来てしまって、マッサージの予約だけして帰るつもりだったんです。」

 杏さんが急いで出てきてくれたのは明らかだった。仕事の邪魔をして申し訳ない気持ちになった。

 けれどいつもながら杏さんの容姿には女の私でさえ見惚れてしまう。

 アメリカ人の父と中国の母のハーフだが、ルーツを辿ると後何ヶ国かの血が混じっているらしい。アジア系の血筋が濃く出ているのだろう。とてもエキゾチックな顔立ちをしているが彫りが深く、漆黒の大きな瞳に吸い込まれしまいそうだ。

 10cmのハイヒールで身長は180cmにはなるだろう。姿勢の良さで実際よりは高く見える。

 杏さんの前だと身長160cmで日本人では普通サイズの私はちんちくりんのずんぐりむっくりだ。

「ちょうどいい所に来てくれたのよ。麻美さんに渡したい物があったの。新しく調合したアロマオイルとハーブティーよ。暑い夜でもグッスリ眠れるようにオレンジスィートをベースにマジョラムを少し加えたアロマオイルよ。ハーブティーはローズバッズピンク。カクテルにしてもいいわ。先日来てくれたお友達の分もあるから差し上げてね。」

 そう言ってそれぞれ透明の袋にラッピングされた品を差し出した。

「凄く嬉しいけど、頂くなんて申し訳ないわ。」

「いいのよ。是非試してみて感想を聞かせてちょうだい。」

「じゃあ、遠慮なく頂きます。彼女もきっと喜びます。」

 杏さんと話し込んでいるうちに、店内が混み合って二人の店員では間に合わなくなってきた。

 予約をさっさと済ませようと、カウンターに行こうとした時、陶器の小物が並べられている棚のフォトスタンドに目が止まった。

 この景色見覚えがある…。景色じゃない、家だ!

「麻美さん?」

 杏さんに声をかけられ慌ててカウンターに行き、予約を二人分入れた。


「今度は夏と、必ずきます。」


 そう告げると杏さんはか、全てを理解したように頷いた。



 スタジオに入る前にジュリアの病院に寄って行こう。もう大丈夫だと早く安心させてやりたい。

 だが問題はライアンとの今後の事だろう。こればかりは他人の俺が口を挟む余地はない。

 けれどライアンとジュリアの為に自分に出来る事は何でもしたい。

 病院までは後10分もあれば着くだろう。

 花屋があるのに気づいて車を店の前に停めた。

 しかし、いろんな花があるもんだ。母さんも花が好きだったから庭でいろいろ植えてはいたが、俺が知ってる花はバラと向日葵と紫陽花と…たぶん片手の指で足りるぐらいしかわからない。

 という訳で花屋に適当に見繕って貰った。


 携帯の着信音がして画面を確認するとライアンからだった。

「ライアン、どうした?」

「今話せるか?」

「今そっちに向かってるとこだから10分ほどで着くよ。」

「じゃあ待ってる。」

 携帯を切り、再び病院へむかった。

 病院に着くとライアンが玄関の前で待っていた。

「車の中で話そう。」

 そう言ったライアンの顔が強張っている。

 ジュリアがどうかしたんだろうか?

「ジュリアがお袋に伝言してくれたんだ。お前マギーには二度と近寄らせないとジュリアに言ったらしいな?まさかマギーに何かしてないだろうな?ジュリアもお前が馬鹿な事しでかさないか心配してる。」

 ジュリアを安心させようと言ったのに、逆に心配かけてしまったのか⁈くそっ俺って奴は!

「俺は何もしちゃいない。だがマギーの事は片付いた。もう心配ない。」

「どういうことだ?」

 昨日クリスティーンから聞いた一部始終をライアンに話した。

「なんてことだ…。カレンにまで尻拭いさせちまった。カレンに吹き込んだのはクリスティーンだな。」

「ああ、そうだろう。」

「頭のいい女だよクリスティーンは。相変わらず人の動かし方を心得てる。

 クリスティーンはジュリアだけじゃなく、お前の名誉まで守ってくれたんぞ。」

「俺の名誉?」

「お前がマギーに何かしてみろ、あの女の事だ悲劇のヒロインに早変わりしてゴシップ誌に売り込むさ。

 だがカレンが相手となれば話は別だ。ヘアメイク係がヘマをして、大女優の逆鱗に触れたとしか扱われない。その上もうLAでは、どんな小さな店でも雇われないだろう。」

 クリスティーンはそこまで考えて動いてくれたのか。俺の名誉が傷つくなんて考えてもみなかった。こんな時に、それに気づいてライアンとジュリアは俺を止めようとしてくれるなんて…。

「ライアン、こんな大変な時に心配かけてすまない。二人になんて詫びればいいんだ。」

「俺に悪いと思うことはない。元はと言えば俺の蒔いた種だからな。お前はまだ自分の立場が分かってないだけだ。もっとワイドショーやゴシップ誌でも見て、自分がどれだけ有名になったか勉強するんだな。

 それと忠告だ。クリスティーンだけは怒らせるなよ!」

「はい…。」俺は親に叱られた小さい子供の様にしゅんとして返事をした。

「ジュリアも明日には退院していいと、ドクターから許可がでたよ。暫くはお袋がいてくれると言ってくれたんだ。」

「そうか。無事で良かったよ。

 仕事の方は一人でもなんとかやってくよ。ジュリアの側にいてやれよ。」

「悪いな。」

「もう謝るなって。じゃあ俺いくわ。この花ジュリアに。」

「ありがとう。喜ぶよ。」



 ライアンと別れてスタジオへ向かった。

 昨日の朝からクリスティーンには世話になりっぱなしだ。

 ライアンにも釘を刺されたが、クリスティーンには一生頭が上がらないんだろうな。

 クリスティーンに会ったら改めて礼を言おう。

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