第26話 性悪な悪魔
クリスティーン達が帰った後、感動とか興奮とか期待とかとにかくいろんなハッピーな気持ちで満たされた。
まだドキドキしている。そうだ自分のiPhoneでも色々検索してみよう。俺って馬鹿だよなぁ。今時は携帯やパソコンでいろんな情報が手に入るというのに、眠って夢を見るしか会う方法がないと思い込むなんて。
サマーの住む町の画像を見るだけで浮かれてくる。
あっヤバい。そろそろスタジオに行かないと。
名残惜しいけど携帯の画面を消し、車と家の鍵をジャラジャラいわせながら家を出た。
スタジオに着き控え室に入った。珍しくライアンの姿が見当たらない。
ライアンはいつも約束の30分前には来て衣装やら飲み物などの準備をしていてくれる。ただの遅刻じゃない気がした。嫌な胸騒ぎがする。
マギーを探してみたが、見当たらない。
クリスティーンの控え室を覗くと、また珍しく時間通りにクリスティーンがいた。そしてジョシュも側に立って複雑な表情でこちらを見る。
「クリスティーン、ジョシュ今朝はありがとう。何かあったの?」
「レオン、ジュリアが自殺未遂をしたって。今ジョシュから報告を受けたの。直ぐにライアンのところに行ってあげた方がいいわ。」
「なんだって!ジュリアがどうして…。」
「まだ詳しくは分からないのよ。でも命に別状はないって。ジョシュ送ってあげて。レオンの出番にはまだ時間があるし、私がなんとか繋いであげるから、撮影の心配はしなくていいわ。」
「さあレオン行きましょう。」
ジョシュに背中を押されクリスティーンの控え室を出て、ジュリアが入院した病院へ向かった。
病室の階に着くと談話室の様な部屋に、頭を抱えて踞るライアンの姿があった。
「ライアン…。」静かに声をかける。
ゆっくりと顔をあげたライアンの顔は泣き腫らした真っ赤な目で頬がこけていた。
ライアンの隣に座り大丈夫かと声をかけたが、首を横に振るばかりだった。こんな状態のライアンを見るのは初めてで、うろたえてしまいそうになる自分が情けなかった。
ライアンとの友情にヒビが入っている今は、俺なんかがノコノコ顔を出すべきじゃなかったんだろうか。なんで俺は何故いつも先を読んで行動出来ないんだろう。もっと
目の前の自動販売機でコーヒーを買い、ライアンに差し出す。
ライアンは何も言わず受け取ってコーヒーの入ったカップをじっと見つめていた。
何を言えばいいのかもわからず、俺も手の中のコーヒーの入ったカップを見つめていた。
「俺が馬鹿だった。お前に忠告されたのに、逆切れしてお前に酷い事を…」
「いいんだライアン。今は俺の事なんて気にするな。」ライアンの言葉を遮り、ライアンの肩をぐっと掴んだ。
「一昨日の夜、結婚記念日だったんだ。」ライアンが掠れた小さな声で話し出す。俺はただ黙って聞く姿勢をとった。
「だからマギーの誘いを断ってジュリアと食事に出かけた。今迄そんなお祝いしなかったのに、マギーとの浮気で後ろめたかったから、その日はジュリアを優先したんだ。そしたらマギーが翌日俺の留守中家に来てジュリアを罵って、俺と別れろって責めたらしい。」
「なっなんてことを⁉︎」
「ジュリアも急に結婚記念日のディナーなんて妙に思ってたらしい。家に帰ったら追及されて全部白状したんだ。ジュリアはショックを受けて、俺と娘のアリアが寝静まってから薬を大量に飲んだんだ。俺もあまり寝付けてなかったから、ジュリアがベッドに居ないのが気になってリビングに行ったら、ジュリアが倒れていて…。ジュリアを悲しませるつもりなんてなかったんだ。ただ自分の事しか頭になくて…。」
「それで今ジュリアは?」
「発見が早かったから命は助かった。まだ眠ってるから俺のお袋についてて貰ってるんだ。」
「お前ジュリアの側に着いてなくていいのか?」
「ジュリアは俺の顔なんて見たくないさ。ジュリアを混乱させたくないんだ。迷惑かけて悪いな」
「迷惑なんてかけられてないさ。今はジュリアについててやれよ。」
談話室のドアが開き年配の女性が現れた。
「ライアン、ジュリアが目を覚ましたわよ。今ドクターが見てくれているわ。」
ライアンの母親らしい。
ライアンはガタンと椅子の音を立てたちあがったが、一歩が踏み出せずにいる。
「ライアン…」
「ダメだ。ジュリアに合わせる顔がない。」
「そうね。もう少し時間を置いた方がいいかもしれないわね。」
「俺が会ってもいいか?」
ライアンは黙って俯いた。
ライアンの母親に挨拶し、面会の承諾を貰った。
病室に入るとジュリアは目を閉じてベッドに横たわっていた。
まだ顔色が青白く儚げで痛々しい。
「ジュリア…。」そっと声をかける。
ジュリアは病室に入ってきたのが俺だと思いもよらなかったんだろう。誰だか思い出すように、暫くぼんやりと俺をみつめていた。
「ライアンは?」
「談話室にいるよ。今の君を混乱させたくないって言ってるけど、怯えてるんだと思う。自分が顔を見せたら君が傷つくんじゃないかって。これ以上苦しませたくないんだろう。君はどうしたい?」
「分からない。いいえ、今は会いたくない。」
「わかったよ。
ジュリア、今回の事は俺も悪かった。もっとライアンと話すべきだった。」
「どうしてレオンが謝るの?レオンも私と同じで裏切られたんでしょ?」
「いや、俺たちは真剣に付き合ってたわけじゃないんだ。俺が邪険にしたから腹いせにライアンに手を出したんだと思う。」
「あの女が言ったの。私が悪いんだって。私がガミガミ言うから、ライアンが家でくつろげないんだって。私はもう要らないんだ…て…。」
「シー、あんな女の言う事真に受けるなジュリア。」
ジュリアの白くか細い手を握って言い聞かせる。ジュリアが信じてくれるなら何百回でも言ってやろう。
「でも、本当なのよ。私ライアンに愚痴ばかり言ってたわ。」
「それだけ一生懸命だったんだろ?今回の事で君が引け目に思う事なんて何ひとつないんだ。いいね?それから、あの女に君を傷つける真似は俺が二度とさせない。約束する。だから安心して体を労って欲しいんだ。約束してくれるかい?」
ジュリアは涙声でありがとうと言い何度も頷いた。
病院を出るとジョシュが待っていてくれたので、好意に甘えてスタジオまで乗せて貰った。
スタジオに着くと直ぐにマギーを探し回ったが何処にもいない。
「レオン、性悪な悪魔ならもういないわよ。」
「クリスティーン?」
休憩に入ったらしいクリスティーンと出くわした。
「詳しい事情はジョシュから報告があったわ。でも悪魔祓いしたのは私じゃないわよ。」
「じゃあ誰が悪魔祓いしたんだい?」
クリスティーンはクスクス笑いながら答えた。
「我らのエクソシストはカレン・ウィルソンよ。」
おいおいカレン・ウィルソンは大御所の女優だぞ。俺なんて足元にも及ばないし、共演できるだけでも恐れおおいってのに、マギーの奴何やらかしたんだ⁈
「カレン・ウィルソンが何故マギーを?そもそもマギーはカレンを担当していなかっただろ?」
「ええ、性悪な悪魔を嫌ってたのはカレンだけじゃないわ。勿論私もね。あんな子に髪の毛一本だって触れられたくないわ。それにこんな噂って直ぐに広まるものよ。」とまたクスリと笑う
「カレンの耳にも直ぐに入ってね。カレンったら自分のお抱えのヘアメイクをわざわざ帰らせて、性悪な悪魔を呼んだの。
性悪な悪魔が髪をとかそうと、カレンの頭にブラシを当てた途端カレンがぶち切れてね。そりゃあ凄い剣幕で悪魔をスタジオから追い払ったのよ。今頃は引越しの準備でもしてるんじゃない。哀れな悪魔にはもうLAでは誰も声を掛けないでしょうからね。」
クリスティーンもマギーを余程嫌っていたんだろう。マギーがいなくなって空気が清々しくなったと言わんばかりに喜んでいる表情だ。
マギーの事をカレンに耳打ちしたのは、間違いなくクリスティーンだろう。
「カレンもね昔は夫の浮気で散々悩んだ時期があったみたいよ。だからあんなタイプの女が許せなかったんじゃない。それにジュリアはカレンのお気に入りだったんだもの。」
「そうだったのか」
「私もよ。ジュリアが作ってくれたセットで演技すると凄く自然に役に入り込めるのよ。ジュリアに自宅の模様替えを手伝って貰ったぐらいよ。ジュリアを大切に思う人は大勢いるわ。」
そうだった、ジュリアはライアンと結婚するまでは、映画や舞台のセットや小道具を作っていたんだった。しかしジュリアに模様替えを…。もしかしてクリスティーンの自宅にもあの巨大なテレビがあるんだろうか?
「ジュリアの代わりにお礼を言うよ。ありがとうクリスティーン。ジュリアにも伝えるよ。きっと励みになると思う。」
「本当の事だものお礼なんていいのよ。最後にひとつだけ言っておくわ。性悪な悪魔の狙いは最初からライアンだったのよ。ジュリアの才能を見抜いて育てたのはライアンだと知ってたのよ。貴方の事もそうでしょ?そういう意味ではライアンには見る目があるわね。だからライアンに近づく為に貴方と付き合たんだと思うわ。」
「俺と付き合ってたの知ってたんだ?」
「ジョシュは私を待ってる間、ただボンヤリ車の番をしてるわけじゃないのよ。」
なるほどな、だからクリスティーンは何かと情報通だったのか。
確かにライアンには人の才能を見抜いて育てる力がある。
クリスティーンの言う通り、実際に俺もライアンに出会わなければ、今ここにはいない。
演技など何もわからず初めて受けた映画のオーディションで、ライアンが俺を見つけマネージャーを買って出てくれて、育ててくれたおかげだ。
今こそライアンに恩返しすべき時なんだ。
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