第24話 素直に
店に一人置き去りにされた俺は、腹立ちと後悔が肩にズシンと重くのしかかっていた。
かなり凹んだ気持ちでいっぱいだった。
こんな時ライアンが側にいてくれたら、「柄にもない事するからだ」と肩を叩いて笑い飛ばしてくれるのに。ライアンを思うと更に落ち込んだ。
店を出てタクシーを拾い家に帰ろう。
サムは家に帰るとマンションの最上階を見上げた。それはいつものクセだ。
サムの部屋はこのマンションの3階の一室だが、最上階にはクリスティーンが住んでいる。ワンフロワー全てがクリスティーンの部屋になっていた。
そこへベンツが静かに止まる。クリスティーンの車だった。サムは何故かしくじった気分になった。
運転手のジョシュが先に降りて後部座席のクリスティーンの為にドアを開ける。
優雅な仕草でクリスティーンが車から降りてくる。サムはあるはずも無い隠れ場所を探したくなった。
「あらサム、あなた今日はレオンと会っていたんじゃないの?早いわね。」とクリスティーンに声を掛けられた。
「クリスティーン話しがあるんだ。」何の覚悟もないまま勝手に言葉が飛び出してしまった。
「えっと、ええいいわよ。」クリスティーンもドギマギしながら答えた。
「ジョシュ、今日もありがとう。気をつけて帰ってね。」
「お嬢様少しよろしいですか?」
ジョシュに呼び止められ、サムに先に中で待つように合図しジョシュに向き直る。
「差し出がましいようですが、時には素直になることです。お嬢様の様な方が素直さを見せれば、どんな男も撃沈ですよ。」とウィンクして帰って行った。
「失礼ね。私はいつも素直過ぎるぐらいよ。」
と小声で呟いて、誰より忠実でいつも的確なアドバイスをくれるジョシュを初めて見送った。
マンションのエントランスに入るとサムが待っていた。
最上階までエレベーターで上がり、部屋に入るまで二人とも一言も話さなかった。
二人でいても話さなず、ぼんやりしたり互いに自分のしたい事をして過ごす時はよくあるが、こんな気詰まりになった事はない。自分の息遣いさえ耳触りに聞こえた。衣装部屋に入ったとたんに大きく息を吐きだしたほどだ。
リビングに戻るとサムはテラスに出るガラス戸の前で外を見ていた。
「サム…。」声をかけるとサムは振り返りもせず掠れた声で、レオンに火遊びなら止めて欲しい。君を大切にして欲しいと頼んだと言った。そして出過ぎた真似をして申し訳ないと、最後は小さく震えていた。
「サム貴方いったい何を言ってるの?レオンにそんな馬鹿な事言うなんて…。意味がわからないわ。」
「僕は君を8歳の時から見守ってきたんだ。レオンの火遊びの相手にされて傷つく君を見たくない。だけどクリスティーン、君が本気だというなら僕はもうお守り役を引退するよ。幸せになってくれ」
「サム…。お願いこっちを向いて。」クリスティーンは懇願するようにサムの肩に手を置き、そしてゆっくりと振り向いたサムに、いきなり平手打ちを食らわした。
サムはあまりに想定外の衝撃に少しよろけ、目をパチクリさせる。そこに容赦なくクリスティーンが畳み掛けるように言葉を吐きだす。
「いつ私が貴方にお守り役を頼んだのよ。いつ私がレオンを愛してるって言ったのよ。そんなお節介頼んだのよ。言ってみなさいよ。」
最後にはサムの胸に指を突きつけていた。
「ごめん…。勝手に暴走して…勘違いだったなんて…僕はなんて事を…君に恥をかかせて、レオンに失礼な事を」
サムが泣き出しそうなぐらいショックを受けているのが伝わり、小さな少年のように見えた。
帰り際ジョシュにアドバイスされた言葉が頭の中でこだまする。素直にー。
「サム、私は貴方にずっと見守っていて欲しい。私の隣に立って支えて欲しい。初めて会った時から願ってたわ。一生私だけを見ていて欲しいのは貴方だけ…」サムの心に響くよう胸に顔を埋め素直な気持ちを打ち明けた。
子供の頃ライラックの木の下で交わした光景が浮かぶ。
「僕はなんて馬鹿なんだ」
クリスティーンの頭を撫でた。
クリスティーンはその手を払い退けるかわりにサムに口づけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます