第23話 決裂
サムが何故クリスティーンとの生い立ちを話し始めたのかはわからないが、これでクリスティーンへの気持ちが幼なじみ以上なのか聞き出しやすくなったかもしれない。
「君も随分苦労したんだね。」
「大した事はないさ。」
サムは淡々と答え、また話しを続けた。
クリスティーンと初めて会ったのは、クリスティーンが8歳でサムが10歳の時だった。
スクリーンの中の美少女と会えると言うので、少々興奮していた。実際目にした時は妖精かと思うぐらい可愛らしく、言葉を忘れてしまうぐらい緊張した。
けれどそのイメージは勉強が始まると直ぐにガラガラと音を立てて崩れたよ。とサムは思い出し笑いをした。
なにしろ8歳にして自由奔放、気儘、我が儘な女王様の気質だけは身に付いていた。
勉強が始まって10分もすると家庭教師に向かって「今日はもういいわ、帰って構わないわよ。」といい出し、さっさと部屋を出ていってしまう。その度、クリスティーンを追いかけて説得する日が続いた。
課題の方もクリスティーンの学力に合わせているから、物足りない分かりきった内容ばかりだった。
こんなんで僕が勉強する意味があるんだろうか?と嫌気がさして来た頃、またクリスティーンが家庭教師の授業をボイコットし、この日は家庭教師をクビにしてやると罵った。
これには家庭教師も我慢の限界がきたらしく「構いませんよ。私に教わりたい生徒は沢山いますからね。貴女が教わりたくなるまで授業はお休みにしましょう。」と冷たく言い放った。
家庭教師の言葉に驚いたが、その時抱えていたもやもやした気持ちが吹っ飛ぶぐらいスッキリした。
クリスティーンはフンと鼻をならして部屋を飛び出して行った。
いつもならクリスティーンを追いかけ授業に戻る様に説得するのだが、この日はどうしたらいいのか分からなかった。というよりもう追いかけたくなかった。けれど後で母さんが困るかもしれない。せっかく僕に勉強できるようにしてくれたのに…。結局またクリスティーンを追いかけようとしたが家庭教師に呼び止められた。
「君は私に教えて貰いたいんじゃないの?今している課題よりも君にあった課題がしたいんでしょ?」そんなこと言われるとは思わなかったから言葉が見つからなかった。だから素直に「はい」と答えた。
「じゃあクリスティーンにも自分の気持ちを正直に言わないといけないね。彼女は仕事のせいで、子供としての時間をちゃんと過ごせていない。友達と遊んだり喧嘩したり、時には一緒に悪戯したりして叱られる。それは大人になる為の大事な時間なんだよ。君の役目は私が教える勉強なんかより、クリスティーンには何十倍も大切な事だよ。さあ今日の授業はここまで」と家庭教師は言って僕の背中をドアの方へ押した。
家庭教師の言った事は少し難しかったが、なんとなくわかった。
僕は自分を卑下していたんだ。自分より年下で成績も悪い少女。ただ金持ちだと言うだけで、学校にも行かず優秀な家庭教師をつけてもらっても、感謝の気持ちもない。当たり前の様に受け取る。そんなクリスティーンに嫉妬して腹を立てていたんだ。
家庭教師に部屋を出され、仕方なく屋敷の中庭に出るとクリスティーンがライラックの木の下で寝転がっていた。
「何してるの?」声をかけると、クリスティーンは片目を開けて「寝てる。戻らないわよ。サムは勉強すればいいじゃない。」とプイと横にむいた。
「今日は休みになったよ。」
クリスティーンはムクっと起き上がりきょとんとした表情を浮かべる。
「君の家庭教師なんだから君がいなければ授業はないよ。僕はそこに割り込ませてもらってるだけなんだから」
「そんな…。私の教わる事なんてサムには簡単な問題ばかりでしょ?私がいたら邪魔になるでしょ?あの人は何故サムにちゃんと教えないのよ!」クリスティーンはプンプン怒り出した。
「クリスティーンそんな理由で授業をボイコットしてたの?」なんだか笑えてきた。僕達はお互いに素直じゃないんだと分かったから、思わずクリスティーンの頭を撫でてしまったんだ。
そうしたら、その手を見事に払い除けられ睨まれた。
「サムは勉強したいんでしょ?」
「そうだよクリスティーン。僕は母さんの為にいっぱい勉強して偉くならないといけないんだ。君のお父さんやお母さんのご恩返しの為にもね。だけど君が邪魔だなんて一度も思った事ない。先生も分かってるよ。」
「わかったわ。」そう答えるとクリスティーンは立ち上がり走り去ってしまった。
その夜クリスティは両親に家庭教師の授業をちゃんと受ける代わりにサムに合った勉強を教える事。自分が仕事で休む時もサムには授業をする事という条件を出して約束してくれたそうだ。
次の日から家庭教師は、僕にどんどん教え込んだ。元々教えるのが好きな人だったから、スポンジの様に吸収する僕に教えるのが楽しくて仕方ない感じだった。おかげで15歳の時にはハイスクールの学習過程を修了し、クリスティーンの親の援助を受けて大学に行かせてもらった。
クリスティーンの親が僕に、そこまでしてくれたのはクリスティーンが頼んでくれたからとか、僕が秀才だったからじゃない。
僕が優秀な子守りだったからだ。
誰の言う事も聞かない我が儘なクリスティーンが、僕の言う事は聞くんだと思ったからだよ。
それはクリスティーンが8歳の時から今も続いているんだ。
「やっぱり君は凄いよ。俺なんて足元にも及ばない。でもお互い大人なんだから子守りじゃなくてクイーンを守るナイトでいいんじゃないか?」流れ的にいい感じじゃないかと余裕の構えだった。
「レオン、僕は失礼を承知で言うが、君がスキャンダラスなのは知ってる。ああ見えてもクリスティーンは気づきやすい子なんだ。君が火遊びのつもりなら止めて欲しいんだ。」
サムが何を言ってるのか一瞬理解に苦しんだ。
あまりにも不意打ちだったから胸にグサリときた。今までゴシップ誌では散々言われてきたし、実際に気楽な付き合いしかしてこなかった。だから腹が立った事など一度もない。
けれど、今は無性に腹が立つ。サムに言われたからだけじゃない。自分の今までの行ないにだ。きっとサマーもサムと同じように思うだろう。
「へえ?今までこうやってご親切の押し売りでクリスティーンの恋路をぶっ壊してきたのかよ?じゃあクリスティーンに聞いてみろよ。大人になっても子守りが必要か?ってさ。これから先も子守り役をするのか?ベッドの中までじゃないよな?子守り付きの女とベッドに入るなんて遠慮したいね!」
つい怒りに任せて言ってしまった。もう口は止まらなくなっていた。
「長々と昔話しを聞かせて自分たちの絆の深さでもわからせたつもりか?」
「そうじゃない!クリスティーンの内面と僕の役目を知って、クリスティーンを大切にして欲しいと言いたかっただけだ。」サムは努めて冷静に言ったが、俺の方は臨戦態勢のスイッチが入る。「こんな所で俺に嫉妬するより、直接クリスティーンに得意のお説教でもして来いよ」
暗がりでもサムの首筋が怒りで赤くなってるのが感じ取れる。
サムがグラスを握る手に力を込めた。一気に飲み干そうとしたが、もう溶けた氷水しか入っいないとわかるとグラスを置き「失礼するよ」と言って店を出て行った。
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