第22話 生い立ち
パソコンに母に頼んだ写真が届いた。
完璧だ。これなら一目でわかるだろう。
母に電話で礼を言ったが、このアングルをとる為にヘリにプロのカメラマンを乗せ撮ってもらったらしい。
計画通りに進んでいれば、もっと早く母に彼女を会わせ次の段階に進んでいたはずだった。
その後の経過は能力者(とは言っても本人はまだハッキリ気付いてはいない)が教えてくれた。
しかし、何て深くて強い絆だろう。こんなに強く互いを引き付け合うのだから、きっと前世からの結びつきに違いない。
私と夫のアレンもそうだった。
誰もが運命の相手に出逢えるわけではない。例え出逢ったとしても気づかずにいる人も多く、間違った相手を選び不幸になる人もいる。
親友、同士、恋人、それはみな前世からの繋がりの強さなのだ。
私とアレンには幸いにもそれを感じとる能力が生まれつき備わっていた。お互い出逢った瞬間に、前世からの繋がりを感じやっと巡り逢えた喜びで満たされた。
アレンを亡くして3年が過ぎた今も、彼の腕の中にすっぽり収まった時の温もりが恋しい。
ああ、いけない。今は感傷的になっている場合でわない。2〜3度首を振り気持ちを現実に引き戻す。
母が送ってくれた画像をハガキサイズにプリントし、白い写真立てに入れフランス製の陶器を並べているチェストにそっと置いて、次の作業に取り掛かった。
一カ月ほど前クリスティーンと二人で来たジャズバーを再び訪れた。
但し今日の連れはクリスティーンではなくサムだ。
クリスティーンとサムと三人で初めて会った日の一週間後、サムから二人で飲みに行かないかと誘われたのだが、お互いになかなか時間が合わず今日になった。
クリスティーンは口にこそ出さないが、早くサムに会って気持ちを聞き出せと目線が言葉以上に言っていた。
今の俺は自分に起きている事さえ儘ならない状況なのに、他人の恋愛に首を突っ込んでいる。
ライアンと話し合いたくても、マギーがベッタリ張り付いて取り付く暇もない。ライアンとマギーの関係は日を追うごとに深入りしているみたいで、悪い予感が強くなる一方だ。
サマーとは公園で会って以来お互い音信不通。何の手がかりもないまま時だけが過ぎた。
きっとサマーはもう俺との出来事などなかったように、満たされた日常に戻っているんだろう。
それならそれでいい。俺も忘れよう。いや、無理だ。あんな事忘れられる筈がない。けれど前に進まないとな…。そう考えると少し胸が痛んだ。レオン・ビィンガムはつくづく情けない男だ。
「いらっしゃいませ。」
店のドアを開けるとウェイターに声をかけられた。
「待ち合わせなんだ」と告げると、ウェイターは「承知しました。お席にご案内します。」と言い、この前と同じ奥のボックス席に案内してくれた。店の品格を損なわない丁寧な接客だった。
席に着くとすぐにサムもやってきた。
「また、待たせてしまったね」
「いや、俺も今座ったとこだよ」
二人とも店の雰囲気に合わせモルトウイスキーをロックで注文し、互いの近況などを話した。
サムは前に会った時と変わらずクリスティーン抜きでも、気さくに話しが出来る奴だった。
ひねくれ者の俺としては、サムは本当に物理学者なのかと疑いたくなる。
「物理学者って皆君みたいな感じなのか?」
「そりゃあ物理学者だって、いろいろさ。堅物な人もいれば僕みたいにボーっとしてるのもいるよ。君だってそうだろ?スクリーンの中のイメージとは随分違うよ。」
「それは回りが役のイメージに合わせて、衣装やら髪型やらで俺を作り上げてくれてるし、演じるのが仕事だからだろ」
サムは「なるほど…」と頷き、静かに生い立ちを話し始めた。
クリスティーンは物心がつく前から子役の仕事を始めた為、大人に囲まれて育った。そのせいで学校という同年代の子供に囲まれる環境に適応出来ず、また仕事で度々学校を休む事も多く授業について行けなくなったらしい。それが幼くてもプライドの高かったクリスティーンには我慢がならず、学校では癇癪を起こし教師の手を煩わせる様になったらしい。そこでクリスティーンの両親は娘に家庭学習をさせる事を決断し、優秀な家庭教師を雇い入れた。
一方サムの父親は酷い呑んだくれで、仕事もせず酒場に入り浸りの生活をしていた。収入は母親の稼ぎだけで、その稼ぎさえ父親の酒代に消えてしまう状況だった。当然サムは学校に殆ど行けなくなってしまった。
クリスティーンが家庭学習に切り替えた時、クリスティーンの両親の邸でメイドをしていたサムの母親は、本来勉強の出来るサムを不憫に思ったのだろう、クリスティーンの両親に自分の息子をクリスティーンと一緒に勉強をさせて欲しいと頼み込んだ。
クリスティーンの両親は、家庭学習を選んだものの同年代の子供から娘を引き離すのはどうかと考えていた。また一緒に勉強する友達がいた方がやる気も出るかもしれないと考えた。
そうして、二人は出逢ったのだった。
クリスティーンの恋の始まりというわけだ。
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