第19話 女王様の恋

 クリスティーンに案内されて連れて来られたshineと言う店はカジュアルだが落ち着いた雰囲気の店だった。

 奥のボックス席に案内して貰い、クリスティーンの友人を待たずに飲み物と料理を何品か注文して、しばらくするとクリスティーンの友人があらわれた。

「ごめん、待たせたかな」

「もうサムったら、今日は友達も一緒だと言ったでしょう。」と言いながらクリスティーンが席を詰める。どうやらクリスティーンの中で俺は、仕事仲間じゃなく友達になったらしい。

「お待たせしてすみません。レオン・ビィンガムさんですよね?僕はサム・ジョーンズです。よろしく。」とサムは手を差し出しす。

 クリスティーンの友人と聞いて、どんなぶっ飛んだ高飛車な人間がくるのかとちょっと警戒していたのだが、想像していたのとかなり違う人物が現れてビックリしたのか安心したのか、まるで狐につままれでもした感じだ。

「僕達もさっき着いたとこだよ。レオンでいいよ。僕もサムでいいかい?」と握手した。

「サム、貴方レオンを知ってたの?」

「君ほどじゃないけどね。一度共演してたろ?」

「まあ!貴方がそんな事覚えてるなんてビックリだわ。」

「君は自分の出演した作品を見ないと拗ねるだろう」

 クリスティーンに自分以外の人間がタメ口を言っているのを聞いて、今夜は楽しくなりそうだとワクワクしてきた。

 自分や周りの人間が知らないクリスティーンの話しが聞けるだろう。

「レオン、サムは幼なじみなの。こう見えて物理学者なのよ。」

 クリスティーンは改めてサムを紹介した。

 成る程それならタメ口も納得だ。サムはクリスティーンの自慢の友達ってとこか。物理学者ってもっとこう神経質そうな堅物で俺は頭が良いんぞみたいなオーラが出ているもんだとイメージしていたが、サムは掛けている黒縁メガネのせいか気の良い真面目君タイプに見える。

「この人ったら食事の約束しても、ボサボサ頭とヨレヨレのシャツで平気で来るのよ。あっ、それはレオン貴方も同じね。」

「えっ本当に?なんだか親近感湧くなぁ」

 サムはクリスティーンの批判を気にも留めず喜んだ。

 こんな風に会話を楽しんでいると店内の何処かからスティビーワンダーのハッピーバースデーソングが流れてきた。

 どうやら誕生日の客がいるらしい…。誕生日…?そうだ確か今日はサマーの誕生日だ。

 クリスティーンとサムにトイレに行くと断って、歌が聞こえて来るテーブルへ近づいて行った。10数名が主役を囲んで祝っている。

 隙間から主役の顔を確認しようと通りすがりを装いながら覗き込むと、主役の取り巻きの一人の女性と目が合ってしまった。

「きゃあーっレオン・ビィンガムがいる!」

 その女性が叫び出したものだから、店内がざわつき始めた。

「どなたがバースデーですか?」

「彼女よ。メリッサ。」

 主役を尋ねるとメリッサと呼ばれる女性を指差した。

 残念ながらサマーとは全くの別人だった。

「お誕生日おめでとう。バースデーディナーを楽しんで」

 と作り笑顔でそそくさとトイレに逃げ込んだ。

 公園で消えた夢を見て以来、サマーの夢は見ていない。サマーの方も現れないまま2週間が過ぎた。

 風邪をひいていないといけないのか、それとも何か偶発的な条件が重ならないといけないのだろうか?

 そろそろテーブルにもどろう。きっとクリスティーンに嫌味を言われるんだろうと覚悟して溜息をつく。

 トイレのドアを開けるとサムが立っていた。

「有名人がいるって聞いて様子を見に来たんだよ。」と笑う。

「ああ、ちょっとした騒ぎになったけど大した事ないよ。」と苦笑いを返す。

「じゃあ席まで送らなくて大丈夫だね。僕も用を足して行くから」と入れ違いにトイレに入って行った。

 さすがにクリスティーンといると、しょっちゅうファンやパパラッチに囲まれる騒ぎに慣れているんだろう。有名人の幼なじみも楽じゃないって事か。

 テーブルに戻るとクリスティーンが携帯をいじっていた。

「ゲームかい?」

「ううん、この店に有名人のレオン・ビィンガムが来てるってツイートしてたの…。」と携帯から目を離さずに答えた。

「なんだって⁉︎」

「プッ、冗談よ。私もいるのにする訳ないじゃない。」

「いいや、君なら俺を椅子に縛り付けてサッサと逃げかねない。」

「そういう手もあるわね。」とクスクス笑う。

 サムが戻ったら店を変えて飲み直そうと話していたのだが、サムは明日は朝早くから講義があるからと先に帰って行った。

 俺とクリスティーンは二人で2ブロック先のBARに場所を移した。

 店内は照明を落とし殆どキャンドルの灯りが頼りで、客は皆ジャズを聴きながら静かに酒を楽しんでいる。

 暗がりに目が慣れてきて分かったが、店は完璧な半円になっていて中央にステージがあり、時にはジャズの生演奏も聞けるようだ。

 俺達は隅のボックス席に座り二度目の乾杯をした。

「サムの事どう思う?」とクリスティーンが唐突に尋ねる。

「初対面なのに気さくないい奴だね。携帯番号も交換したし、また一緒に食事しよう。」

「そうじゃなくて…つまり私とサムよ…」

「幼なじみだろ。まあ、サムだから続いてるんだろうけどさ。」

 言葉を濁した言い方でクリスティーンらしくないと感じながら答えた。

「もう、レオン貴方って鈍感なの⁉︎」

「なんだよ。らしくない、ハッキリ言えよ。」

「だから私はサムの事を、出会った時から幼なじみ以上に想ってるって事よ」

 正直驚いた。こんな事いきなり打ち明けられると思わなかったし、クリスティーンが片想いって…⁈相談する相手間違えてるだろ。

 要するに今夜誘われた訳はこれか?男の俺にサムの品定めをしろって事だよなぁ?

 答えを急かしたり要求を突き付けてこないから多分クリスティーンも気まづいんだろう。

 クリスティーンがこの店に誘ったのは正解だな。お互い表情がよく見えなくて良かった。

 あまりに間が空いたせいで、クリスティーンが咳払いをする。

「こうのは女友達の方がよくないか?少なくとも俺よりマシな話しが出来ると思うけど」

「貴方は経験が豊富そうじゃない。だから…」

「だから?」

「だから貴方に確かめて欲しいのよ。サムが私の事どう思っているか」

「自分で告白すればいいじゃないか。」

「ダメよ‼︎サムに振られたらお互い気まずくなるわ。私にはサムが必要なの。私の側にいるのは、サムじゃなきゃダメなのよ。」

 いつも無敵の女王様クリスティーンが、あまりに必死なので無下にもできず、それとなく気持ちを聞いてみるとだけ約束をした。

 今は自分の面倒事でだけでも手に余っているというのに、ましてや他人の恋愛事に首を突っ込むなんて柄じゃない。

 きっとライアンならこんな事いとも簡単に片付けてくれるのに、今は恋愛相談なんてもっての他だ。

「ところで、貴方とライアン喧嘩でもしてるの?」

 いきなりクリスティーンにライアンの名前を出されてギクリとした。この女は超能力でもあるのか?

「いや別に何もないよ」

「そう?最近雰囲気悪いわよ。みんな言ってる。」

「男同士なんだから、いつでもベタリってわけじゃない。そんなもんさ。サムには時期を見て話すよ」

 話題を変えて機嫌をとったが、ライアンとの事で周りに気を使わせているのが申し訳ない気持ちになった。

 ライアンとも早く決着をつけよう。

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