第18話 女王様のお誘い

「母さん、私よ。ちょっとした問題が起きてしまったの。たいした事じゃないのよ。すぐに軌道修正できるわ。でも、手を貸して欲しいの。」

 娘が助けを求めるのは珍しい。どんな時でも自分で対処しようとするのに、いったい何が起きたのだろう。

「ええ、勿論私に出来る事なら何でも言ってちょうだい。貴方は大丈夫なの?」

「私は大丈夫よ。ただ予定外の行動で私のシナリオを変えないといけなくなっただけ。写真を一枚送って貰えるかしら。FAXで撮って欲しいアングルを送るわ。子供たちは元気にしてる?」

「わかったわ。子供たちは元気過ぎるぐらいよ。貴方も無理はしないようにね。」

 久しぶりに長電話をして受話器を置いた。

 口調からして随分落ち込んでいる様だった。人に頼るのが苦手なうえに完璧主義の娘だから仕方ないのかもしれない。

 そんな性格もアレン・ワイラーと出会ってからは、随分と落ち着いてきたと思っていたのに3年前に彼を亡くし、彼の計画を引き継いでからはまた元の性格に戻ってしまったようだ。とは言え彼をなくした直後の喪心振りに比べれば、今の方が安心できるというものだ。

 それに彼の計画には私達夫婦も賛同していた。夫も5年前に他界し完成を見る事は出来なかったが、残された私と娘で必ず実現させる誓いを立てた。

 そして娘が今回探し出した人物こそが最後のピースなのだ。計画の実現まで後一歩だろう。



 サマーが現れて消えた日から2週間が過ぎた。

 ライアンとはあの夜から必要以上の会話をしていない。

 つまり仕事の連絡事項のみ。軽い挨拶もなしだ。こんな関係よくないのは分かっているが、そっちがその気ならそれでいいさと投げやりになっている。だが、いささか気詰まりでもある。

「ハーイ、レオン」

 クリスティーンに後から声をかけられた。

「やあクリスティーン。相変わらずの重役出勤だね。」

 先日、具合を悪くした時に世話になったのをきっかけに彼女とは気安く話せるようになった。

「あら⁉︎失礼ね。ちゃんと自分の出番には間に合ってるでしょ。」と言い肩にかかったブロンドのカールした髪を払った。

「まぁね。」

「ねぇ今夜空いてる?ちょっと付き合ってよ。

 20:00にshineで一杯やりましょ」

「ぷっ、君らしい誘い方だね。付き合うよ。」

「やだ、どう言う意味?」

「一応都合をきいたわりに、時間と場所をちゃっちゃと決めて断らせないだろ?」と笑いながら言うと、思いがけずクリスティーンは俯いてしおらしい態度になった。

「ごめんなさい。強引にするつもりはなかったのよ。ただ友達に会って欲しいのよ。」

「怒ってないよ。ちゃんとOKしただろ?楽しい夜にしよう。」と優しくなだめると、クリスティーンはニッコリ微笑んで小さく手を振り立ち去った。まるで小さい子供だな。と一人でニンマリする。

 今日は衣装合わせだけなので二人とも早々に切り上げた。いつもは注文の多いクリスティーンも半分くらいに押さえたようだ。たぶん後日残り半分の注文をつけるだろうが、時間を守るなんて余程大切な友達らしい。

 クリスティーンが自分の車で一緒に行こうと誘ってくれたので、好意に甘えることにしてベンツに乗り込む。

「やあジョシュ、この前は迷惑かけたね。」と運転手に声をかけた。

「たいした事じゃないですよMr.ビィンガム。」

「レオンって呼んでくれよ。」

「貴方達って、そんなに気さくな人だっけ?」

「ああ女王様以外にはね。」

 ジョシュがプッと吹き出す。

 店に着くまで三人でバカな事ばかり言って笑い転げていたので「もういい加減にして下さい。僕は運転してるんですからね。事故っても知りませんよ。」とジョシュに窘められてしまった。

 ジョシュは195cmは軽くありそうで、相当鍛えているだろうと想像できる身体つきをしている。浅黒く灼けた肌にサングラスがよく似合う。彼のビシッと決めた黒いスーツの内ポケットからピストルが出てきても誰も驚かないだろう。その上、礼儀も正しく聞き上手で節度まである。25歳という若さで、この好青年振りは反則じゃないのか?とさえ感じてしまう。

 店の前に着くとクリスティーンはジョシュに、帰りはタクシーで帰るから、今日は仕事を上がっていいと告げた。

 ジョシュはちらっと俺を見ると、失礼しますと一礼して帰っていった。

 どうやら今夜は女王様のナイト役に抜擢されたようだ。

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