第17話 告白
麻美は約束通り仕事を終えると、私の様子を見にやってきた。
コンビニの袋二つをドサリとテーブルの上に置くと「これ部長からの差し入れ。夏の部屋に来るの久しぶり」と言いながらテラスに出る。
袋の中にはおにぎりや果物にジュース、お菓子類が入っていた。ひとまず冷たい物を冷蔵庫にしまう。あっ赤城製菓のチョコミントアイスだ!最近あまり見かける事がないので嬉しかった。
しかも5個も入ってる。私が好きなので見かける度大人買いするの覚えててくれたんだ。
「ねえ、これ何処のコンビニで買ったの?」
「そこの角のセブンイレブンだよ。そのアイス好きだよね?」とクスリと笑う。
「うん。覚えててくれたんだ。アサミも食べる?」
「私はビールでいいよ。」
テラスでたわい無い話しをしながら暮れていく街をみていた。
麻美の様子が何か変だ。何か言い出しにくい事を隠してるような雰囲気。きっと昼間の私の事だろう。気遣ってくれてるんだろうな。話さなきゃいけないと思う。けれどどう説明すればいいのかわからない。
二人の間に沈黙が続く。
「あのさ、夏。」
最初に口を開いたのは麻美だった。私はドキリとし次にくるであろう質問に身構えた。
だが麻美の口から出てきた言葉は、全く想定外の事だった。
「後藤君、帰ってくるらしいよ。」抑揚のない口調で伝えてくれた。
きっと私が動揺するかもしれないと察してくれたんだろう。
けれど私は昼間の事を聞かれるのだろうとビクビクしていたし、後藤和也は私のデザインを盗み社内コンペで受賞され、NY支社に栄転した元彼。その時、総務課の女子社員と二股されていた事も発覚した。彼を信じると傷つく予感はしていた。なのに夢中になった自分の愚かさに腹が立った。彼と別れて三年経った今では、何の感情も湧いてこない。正直なところライアンとの事の方が何万倍も重要に思えた。
「平気?」と麻美が顔を覗き込む。
「平気だよ。ていうかどうでもいいかな」とあっさり答える。
「中で何か食べよう。ウエストが5cmは細くなりそうなくらいお腹すいた。」麻美がいつもの調子を取り戻す。
きっと私の反応を見て安心したんだろう。私も違う意味で安心した。
「TVつけていい?見たい映画の放送があるんだけど」といいTVをつける。
番組はちょうど始まったところで、キアヌリーブスとサンドラブロックの『イルマーレ』だった。
「夏この映画観た?」
「観てないよ。どんな話し?」
「ハッピーエンドのラブストーリー。凄くいいから観てよ」
湖畔の家の郵便受けに入れた手紙が、2年の時を超えてアレックスとケイトに届き、互いに惹かれ合い出会うという話しだった。
「麻美はハッピーエンドだと言ったけれど、本当にハッピーエンドなのかな?
アレックスとケイトの間に2年の時間差がある事は変えられない。湖畔の家の前で、ようやく出会えた後ケイトが現在のアレックスに会いに行かなくてはハッピーエンドにならないんじゃない?」
「現実的で面倒臭さい女ね。もどかしい程会えないけど、困難を乗り越えて過去の彼に会うって事が大事なのよ。」と麻美は笑いながら言った。
確かに私は麻美の言う通り現実的で面倒臭さい女かもしれない。
映画の様に会えそうで会えない。しかも私は彼の名前しか知らない。
ライアンは何故突然現れて消えてしまったの?私の夢の住人だから?
郵便受けに手紙を入れれば必ず相手に届くけれど、眠れば必ず会えるわけでもない。
「夏どうしたの?」
麻美が突然驚いた声をあげる。
私は気づいたら涙が溢れて止まらなくなっていた。泣きたいわけじゃないのに、どうしようもなく悲しくて仕方がない。
「私酷い言い方したよね。冗談のつもりだったのに、ごめんね。」
麻美のせいじゃないのに麻美は私の背中をなでながら何度も謝る。その仕草がまたライアンを思い出させて悲しくさせた。
「ちが…う。…麻美…の……せいじゃ…」
「夏ムリに話そうとしなくていいから、夏が私に話したくなった時でいい」
しゃくりをあげ言葉にならない私に、麻美は優しくそう言って背中を軽くトントンと叩く。
余計に涙が溢れて子供のように泣いてしまった。
ひとしきり泣いて、きっと明日は瞼が真っ赤に腫れるかも。そんな事をぼんやり思いながら私は口を開いた。
「もう大丈夫。一日に二回も泣いてごめんね。
どう話せばいいか分からないし、信じてもらえないかもしれない…。」
私は昨日見た夢から、今日の昼休みにライアンが現れて消えた事を麻美に話した。
「あまりにも非現実的な話しだけど、夏を信じるよ。
でも分かっているのは名前と家の内装だけじゃ探すのは難しいね。LAは広すぎるよ。」
と麻美は真剣に答えた。
そして「試しにFacebookで探してみるとか?」と付け加えた。
麻美は気休めに言ってくれたのだろう。
ライアンはそういう事をするタイプとは思えなかった。
けれど何の手掛かりもない状況では気休めでもやってみるしかない。
私達はFacebookやTwitterを手分けして検索した。
結果は本当に気休めに終わり、麻美はまた何か手を考えようと励ましてくれたが、ライアンを探し出すのは到底無理だと感じる。
「ねえ、夏。夢に出て来た人が突然目の前に現れて、いきなり消えていなくなるって怖くはないの?」
「消えた時は怖かったよ。
だけど彼に対して不思議と恐怖は感じないの。彼は決して私を傷つけたり裏切ったりしない。上手く説明はできないけれど、そんな直感だけは確信がもてる。」
ライアンが私の夢に意図的に現れてたのだとしたら、彼の目的はいったい何なのだろう。そして彼は何者なんだろう。
もう一度夢の内容を思い返してみよう。ライアンを探し出す手掛かりが見つかるかもしれない。
全ての答えはライアンにしか分からないのだから…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます