第12話 片想い
am8:30いつも通り出勤。
日課の愛犬ふぅと散歩しシャワーを浴びて、いつも通り早めに出勤した。
他の社員達が来る前のしんとしたオフィスで、コーヒーメーカーをセットしコピー機やPCのスイッチを入れ、淹れたてのコーヒーを飲みながら終業後に届いたファクスやメールをチェックする。
「香取おはよう。相変わらず早いな。」
「部長おはようございます。寝起きがわるいから、早めに来て頭のネジ巻いてるだけなんですよ。」
「相葉にもネジの巻き方を教えてやってくれ。僕もコーヒー頂くよ。」笑いながら部長はコーヒーを淹れ席に着く。
もうすぐ40歳になるという部長は、実年齢よりも若く見える。仕事柄のせいもあるだろうが、本人曰く5歳になる娘に自慢のパパだと思われたいから努力しているそうだ。美人の奥様と愛らしい娘さんが携帯の待ち受けになってるのを見て自分もいつかこんな家庭が持ちたいと思う。
他の社員達も出勤してきてオフィス内が活気だつ。
「おはよう夏、もう大丈夫?」
「おはよう麻美。教えてくれた漢方薬のおかげで、すっかりよくなったよ。ありがとう。」
「荻野邸のデザイン出来てる?」
「うん。まだデッサンの段階なんだけど。」
スケッチブックを開いて手渡す。普段はゆるキャラの麻美は、仕事のスイッチが入るなりキリッとした目つきに変わりじっくり考察すると、吟味するかのように目を閉じてイメージする。
「いつも夏のデッサンは丁寧だからイメージしやすくて楽だよ。」
と麻美は言いながら次のページをめくる。
「夏にしては大胆なデザインしてるけど、パウダールームの依頼あった?」
「あっ、それは違うの。昨日夢に出てきて書き留めたんだ」スケッチブックを取り替えそうとすると、麻美は私の手を素早く避け次のページをめくる。
「さすが真面目な夏ちゃん。夢の中までお仕事してるんだ」
「そうじゃなくて…。ほらもう返して」
麻美は笑いながら背中を向け次のページも見ていく
「このウッドデッキいいねぇ。これ気に入った」
「もう見たでしょ。返して。」
麻美はまあまあと手でなだめるように私を制して最後のページを開く、
「あら、あらあらあ〜。これは何かなあ?どー見ても人物画にみえるんですが…、さて誰でしょう?」
「…だから返してって言ったのに。」恨みがましく麻美を上目遣いで見る。
「おい、そこの二人。戯れるのは昼休みにしろよ。」
麻美のせいで部長に小学生レベルの注意をされてしまった。
なのに麻美の方は全く堪えてなくて、突拍子もない行動にでた。
「ぶちょおう。これ見て下さいよ。」
えっえええ〜 うそでしょ麻美。本人の断りもなしにスケッチ見せたりする⁉︎マジでありえないってばーー!!!
慌てて部長の席まで行ったが、さすがに部長からスケッチブックをとりあげる事は出来なかった。
「おっ!いいじゃないか。パウダールームもいいが、このウッドデッキは僕も気に入った。」
「でしょう?いいですよね!」麻美は部長が自分と同意見だったことでニンマリ顔を作り私を見る。
「秋に開かれるニュータウン開発のモデルルームコンペに出してみないか?」
ぶちょおーー何言い出してるんですかあ。
「いえ、このデザインはそんなんじゃないんです。」
「何言ってるの夏。これなら絶対いけるって!」黙れ麻美!
「香取。冒険してみるのもいいんじゃないか。いい経験になるぞ。もちろん全力でバックアップするからどうだ。」
部長が本気で考えてくれているのが嬉しかった。でもこのデザインは 私が発表してはいけない気がした。自分でも確かに気にいっている。だけど自分の作風とあまりにかけ離れたデザイン。それがこの先の仕事に繋がっていけば必ず無理がくる。そんな予感がする。
「部長有難いお話ですが、すみません。このデザインは自分の中で大切にしていたいものなんです。申し訳ありません。」
「夏、そんな…」
口を挟もうとした麻美を部長が遮る。
「香取謝ることはない。その気持ちわかるよ。自分の中で大切にしたい作品はアーティストなら誰にでもある。その想い大事にしろよ。」
とうなづきスケッチブックを返してくれた。
「部長にもあるんですか?」
「当たり前だ。僕のはもう直ぐ実現予定だがな。」
「おめでとうございます部長」
「ホームパーティーお願いしまーす。」
「二人ともさっさと仕事に戻れ」
部長はやはり器の大きさとか大人の余裕みたいなものがあって、こんな風に思える上司の下で好きな仕事が出来る自分はなんて幸運なんだろう。
しかし、こんな考えをしていると結婚に縁遠くなるかも。
今すぐ結婚したいとかって願望があるわけじゃないけど、いつか結婚したいと思える相手ぐらいいてもいいんじゃないだろうか。
そうすれば夢に出てきた人を想うなんて現実逃避みたいな真似しないんだろう。
麻美の方はまだ納得できていない様子で昼になると早速やってきて、本当にいいのとかもったいないとか言ってはコンペの参加を促してきた。どうしてもその気がないと分かると最後のページの人物画に触れてきた。
夢の中とはいえ彼の事を忘れたくなくて描いたライアンの似顔絵。
こんなこと正直に話したら、きっとバカにされて笑い者にされるのは間違いない。なんて言い訳しよう…。
「あの似顔絵ってレオン・ビィンガムでしょ?レオンのファンだった?」
「へっ…?そ、そう最近いいなぁと思って。その絵レオンに見える?」
全く想定外の言葉に肩透かしをくらったが、ヘタな言い訳をしなくて済んでほっとした。
確かにレオンに似ていたけど、ライアンは疲れた感じがあって、でもそれを見せまいと気遣う優しさが魅力的だった。
「夏、お昼どうする?どこかでランチでもする?」
「ごめん、私クーラーで冷えたみたいだから、公園でサンドイッチでも食べる。麻美は他の人達と食べてきて。」
「私もそうする。ずっとクーラーあたってると体が怠くなるよね。私ほか弁にするから夏先に行ってて。」
「うん。じゃあ先に行ってるね。」
麻美と一旦別れてコンビニでサンドイッチとジュースを買い涼しげな木陰の場所を探して東遊園地公園の中を歩いた。
あっちょうどいい場所が空いている。
藤棚の下だから陰もあるし噴水の前だから涼しげだ。
腰をおろして麻美に場所を知らせるLINEを送ると、ぼんやりと藤棚を見上げライアンの家のシルクツリーを思い浮かべた。
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