第11話 臆病者の苛立ち
クリスティーンの気遣いを無下にしなくて良かった。慣れているはずの曲がりくねった坂道の途中で気分は最悪になり、自宅の前に着いた時には熱がかなりあがっていた。
リビングのソファにドサリと倒れこむ。
サイドテーブルの上に置かれた鉢植えの陰に小さな四角い袋があるのが目に留まり手に取ってドキリとする。
「熱に浮かされてると変な行動をとるものよね。なんで薬をパジャマのポケットにいれたりしたのかしらね」
サマーが摘んで振っていたのを思い出した。
きっとサマーの風邪がうったんだろう。
出かける前に飲んだペットボトルの水がテーブルに置きっぱなしになっていたので、その薬を流し込んだ。
くそっなんて女だ。俺を心底怯えさただけじゃなく、風邪までうつしていくなんて今度会ったらただではおかないからな。
そんな恨みごとを考えながら意識が遠のいていくのがわかる。
ああ、なんだかクラクラする。白い靄の中を彷徨って、しばらくすると瞼の裏が暗くなり眠りに落ちた。
眩しい。もう朝なのか?小鳥のさえずりさえ聞こえてくる。薄っすらと目を開けると家の外にいた。えっ?!慌てて体を起こし周りを見渡しす。こっここはいったい何処なんだ!見たこともない景色だ。具合を悪くして、打ち合わせを中断しライアンとクリスティーンの計らいで家にかえったはず。なのに何故外にいるんだよ。しかも見知らぬ場所にいる?
木造りの階段から恐る恐る立ち上がると、振り向いて後ろの建物をまじまじと観察する。
階段と同じで木造りの家のような建物があった。文字の書かれた旗やプレートもあるが読めない。中国語?いや日本語か?日本語…。日本だと⁈じゃあここはリトルトーキョーか。まてまて仮にリトルトーキョーであったとしてもだ、なんで俺はこんな場所にいるんだ。それに英語の文字が何処にも見当たらない。LAなのに英字がないなんておかしいじゃないか!
なんで、なんで、なんで…。
完全にパニック状態で冷静に物事を判断できない。
「待って。ふぅちゃん。私は病み上がりなのよ。今日はゆっくりね」
誰か来た…。
思わず建物の影に隠れてしまったが、様子を見ていい人そうなら話しかけてみよう。
よくは聞き取れなかったが、女性の声で日本語のようだった。
声のした方角から頭が見えてきた。手摺りがあるってことは、向こうに階段があるんだな。
女性は息を切らし腰を屈めてハァハァと息を切らしている。女性より先に元気な子犬が駆け上がって来て、一番乗りだとばかりにピョンピョン女性の回りを跳ね回って楽しんでいる。
可愛いなぁ。真っ白で綿アメみたいだ。子犬の懐き具合からして、うん!きっといい人にちがいない。話しかけようと建物の影から出ようとしたその時、しゃがみこんで子犬と遊んでいた女性が、徐に立ち上がり顔をあげる。
そして俺は一瞬で凍りつき、またパニックに陥ちいった。
サマー!間違いなくサマーだ。何故こんな場所にいるんだ。俺をこんな目に合わせておいて何呑気に子犬と遊んでいるんだ。文句のひとつも言ってやらねば気がすまない。そして、ここが何処で何故あんな消え方をしたのか問い質さなければ……。
だが、体は意志に反して動けない。またサマーにあんな消え方をされたらと思うと恐ろしかった。あんな体験一度でたくさんだ。しかも今度は子犬まで一緒に消えるとかだったら立ち直れない。
でも…。しっかりしろレオン。男だろ。自分に喝をいれる。
突然体がクラクラと揺れ出す。誰かに揺さぶられている感じ…。
「レオン、起きて。こんな所で寝ていては、具合が余計に悪くなってしまうわ。」
誰なんだ俺を起こすのは、止めてくれ。
えっ⁈
パチリと目を開けキョトンとなる。
夢、夢を見ていたのか?
だよなぁ。ひゃあ焦った。
「レオン、ひどい汗よ。着替えなきゃ。」
えっ⁈マギー。なぜマギーがうちにいる?
「レオンったら、やっぱり来てみて良かったわ。さあ服を脱いで、体を拭いてあげる。」
マギーの手をサッと振り払い問いかける。
「どうしてここに?」
「ライアンに聞いたの。貴方が具合を悪くして帰ったって。携帯に電話を入れたけど出ないし、ライアンがここを教えてくれたのよ。」
「鍵がかかっていただろう?どうやって入った?」
「ちょうどハウスクリーニングの人が来てね、事情を話したら入れてくれたのよ。もう仕事を終える頃よ。」
なんて勝手な真似を。
マギーとは前作の撮影の時ヘアメイクを担当して貰い、作品の打ち上げで意気投合し何度かデートした。けれど家に招いた事など一度もない。マギーだけじゃないライアンですら滅多に来させたことがないのに、数回デートしたからといって人のテリトリーに断りもなく土足で入って来る厚かましさが信じられない。
「帰ってくれないかマギー。」
「ダメよレオン。誰かが世話をしなくちゃ。さあ良い子だから言う事を聞いて。」
マギーの押し付けがましさに苛々する。
「帰ってくれと言っているんだ。自分の世話は自分でできる帰れ。」
「ひどい。せっかく心配して来たのにあんまりじゃない。」
マギーは泣いたり怒ったりしながら散々悪態をついて帰って行った。
マギーが帰った後ハウスクリーニング業者をクビにした。
勝手な判断で他人を家に入れた業者にも、恋人気取りのマギーにも、マギーを家に来させたライアンにも腹が立った。何より腹立たしのは意気地なしの自分かもしれない。
自分でも分からないくらい苛々が治らない。
これ以上何かに当たり散らかさないうちにシャワーでも浴びて汗を流せば、少しは気分も晴れるかもしれない。
あの薬が随分効いているみたいで、熱も殆ど下がったようだし、体の怠さもあまり感じない。
もう少し休めば明日には良くなるだろう。
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