第9話 回想

 う〜んもう少し夢をみていたかったのに…。

 時計のアラームだと思った音は、携帯の呼び出し音だった。せっかくいい夢を見ていたのに中断されて腹がたった。電話なんて無視してもう一度眠れば夢の続きが見れるかもと思ったが、かけて来た相手が麻美だったので仕方なく電話に出る。

「ふは〜ぃ」わざと寝ぼけた声で対応する。

「夏、具合どう?南京町の薬局行った?」

「うん、行った。薬飲んで寝たらいい夢見ちゃった。」

「何それ。でも大丈夫そうやね。起こしてごめん。ゆっくり休んで。おやすみ。」

「うん。ありがとう。おやすみ。」

 携帯電話を切って時間を確認する。

 22:36かぁ。熱も下がってるみたいだし、体の怠さもマシになった気がする。眠気もとんでしまったし水分補給でもしよう。立ち上がりキッチンに向かい冷蔵庫を開けてみる。中には帰る時にかったアクエリアス。オレンジジュースとアイスコーヒーとビールが入っていた。

 なんだろう口の中にコーヒーのほろ苦い味が残ってる。眠る前は薬を飲むために水しか飲んでいないはずなのに。そうか!夢の中でライアンとコーヒーを飲んだから影響されてるんだ。

 それにしても生々しい夢だった。普段なら夢は殆ど思い出せないのに、すごく鮮明に覚えてる。もっと言えばライアンの温もりや息遣いまで…。そんな事まで思い出して、かあっと頬が火照る。元彼と別れて3年以上になるから妄想に走る様になったのか私。イタすぎる!ガクリと肩を落とす。

 とりあえずアクエリアスを摑んでベットルームに戻る。そこで、見渡した自分の家はなんて狭いんだろう。お気に入りのテラスさえライアンの屋敷のテラスに比べたら箱庭だ。

 ライアンの屋敷は何処もかしこも趣味がよくて素敵だった。そうだ忘れないうちにデッサンしておこう。

 デスクには座らずベッドを背もたれにして座り、体操座りした足にスケッチブックを乗せてサササッと書いていく。ラフ画を描く時はいつもこのスタイル。頭に浮かんだものが消えてしまわないうちに素早く書いておくようにしている。

 まず最初にあのパウダールーム。あそこは完璧な空間だった。デザイナーに是非会ってみたい。って私の夢なんだから、これは自画自賛て事になるんだ。でも私があんな大胆な発想するとは思えない。夢だからこその発想てことか。

 次はリビング。東からの光を取り込む出窓。南からの光を取り込むテラスに出る大きなガラス戸。あの黒板並のテレビには驚いた。ぷっと吹き出す。流石に夢よね。あんなテレビ普通は家に置かない。

 そしてテラス。高台の地形を活かして設計されている。ウッドデッキと柵の所々に8角形のタイルが嵌め込まれていた。

 あの見事に枝を広げたシルクツリーの木陰で昼寝をしたら、さぞかし気持ちいいだろう。

 最後はキッチン。どうしてもキッチンが見たくて私がコーヒーを淹れると言いはった。もちろんキッチンの内装を見たかったのもあるけど、リビングにもパウダールームにも生活感が感じられなかった。あのシルクツリーの他には彼以外の住人。妻という存在感が全くなかった。だからキッチンを見れば答えが見つかると思った。ライアンに妻が本当にいるのか。あるいは何故嘘をつく必要があるのか。

 あのキッチンからして妻がいるとしたら、よほどの料理嫌いだ。賭けてもいい。ライアンに妻はいない。

 あーもう何考えてんだろ私は。夢と現実がごちゃ混ぜ。妻だろうと同居人だろうとボッチだろうとどうでもいい事だし。夢なんだからムキになってどうする?

 まだ熱が下がっただけで本調子じゃないんだよね。サッサと書き上げて早く寝よう。

 もしかしたら、夢の続きが見られるかも。自然とニンマリしてしまう。ライアンが現れたらきっちり問い質してやる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る