第7話 夢の中
サマーは俺の腕の中で声を殺して泣き崩れた。
もっと強く抱きしめてサマーに俺を信じて欲しいと伝えたかったが、彼女の体を本当に壊してしまいそうだ。そのかわり子供をなだめるように優しく髪をなで、しゃくりをあげた時には軽く背中をトントンとたたいてみた。
ようやく泣き疲れたのか鼻をグズグズとすすると「ライアン、痛いわ」と呟く。
「あっ、すまない。」と慌て腕の力を緩めたが、まだサマーの体から離れられずにいた。
サマーを抱いたままでいたかった。
「もう少し落ち着くまでこうしていよう。」なんて偽善的な言いまわしなんだ。ただ自分がサマーから離れたくないだけなのに、サマーを言い訳にしている情けない小心者だ。
「ありがとう。それから、ごめんなさい。
ライアンあなたが嘘をついていると思ってた。でも私を現実と向き合わせてくれた。だからと言ってこれからどうすればいいのか全くわからないのだけれど…」サマーは俺の胸に顔を埋めたまま本心を語ってくれた。サマーのあたたかな吐息が胸にかかって心臓をぎゅっと握られたように苦しい。つまらない嘘と身勝手な行動のせいだ。
「こんなに苦しませて感謝されることなど何もない。もっと他にやり方があったはずなのに、すまない。」
「いいえ、あなたは私を気遣ってくれたわ。確かにショックを受けたけど、その方がよかったのよ。」とサマーの涙で濡れた黒い瞳が俺の顔をじっと見つめ微笑みかける。恐怖でいっぱいのはずなのに気丈な振りをして、俺を気遣うなんて健気すぎるじゃないか。罪悪感で胸が苦しくなる。また強く抱きしめてしまいそうになるじゃないか。もう一度抱きしめたら、自分を押さえられなくなりそうだ。今の状況でそんな事していいわけない。女の弱味につけ込むなんて最低の行為だ。それに彼女もそんな事望んじゃいないはず。
そんな戸惑いを晴らすようにサマーが俺の腕を、やんわりと放しなした。まるで下心を見透かされたようで気まずい。
「外の空気を吸いたいわ。」
「あっ、ああ、そこのガラス戸からテラスに出るといい。」
気まずい雰囲気を変えてくれて、ほっとしたのも束の間。もう、夜も明けて空は白々としている。ここは高台だからLAの街が一望できる。それこそまたサマーを辛い奈落へと落としてしまうじゃないか!慌てて立ち上がり、サマーを追いかける。
「待つんだサマー」と叫んだが、彼女はもうガラス戸を開け、テラスに踏み出していた。
クソ、俺はなんて迂闊なんだ。なんでいつも自分の事しか頭にないんだ。せめてサマーが現実を前にショックを受ける時、支えてあげなければと彼女を追う。
サマーはテラスに備え付けた柵に手をかけ、景色を眺めていた。そっと彼女の横に並んで立つ。彼女の見つめていた景色は、LAの街ではなく何処かもっと遠く。きっと海の向こうの此処からは見えるはずのない日本だろう。
「これは夢なんだわ。」ぽつりと呟く。
「えっ?」
「私、夢を見てるのよ。だって眠っていたんだもの。なんていい夢なの。」とにっこり微笑む。
「いい夢?怯えて泣いてばかりいたのに?」と茶化すと、クスクス笑い出す。
「本当ね。最初は怖かったわ。でもライアンみたいなイケメンが出てくる夢なんて、滅多に見られるもんじゃないでしょ?」
「それは光栄だね。お嬢さん。」
「あの木、大きなシルクツリーね。子供の頃よく葉っぱを突いて遊んだわ」と、サマーがテラスの端に植えた木を指差し懐かしそうに話す。
「あの木は実家に植えていたのを持って来たんだ。最初は俺と同じぐらいだったのに、いつの間にか追い越されて、今じゃああんなにデカくなったんだ。」
「ここはシルクツリーのお気に入りの場所だったのね。」
「俺にとってはあの木の下がお気に入りの場所さ。葉っぱを突きながらぼんやり過ごすのが好きなんだ。俺はもうデカくならないけどね。」
サマーが明るい声で笑う。初めて共通の話題が出来て嬉しかった。そしてサマーを怯えさせるだけじゃなく、笑わせられたことが何より嬉しかった。
「夏とはいえ、ここは高台だから朝は冷える。もう中に入ったほうがい。」
「そうね。少し冷えたみたい。コーヒーはあるかしら?」
「あるよ。さあ部屋に戻ってコーヒーをご馳走しよう。」
サマーの背中をそっと押して部屋に入るよう促す。サマーが歩くたび柔らかくウエーブがかった髪がフサフサと揺れるのを見ながら思った。
サマーは、どうやら現実逃避の道を選んだらしい。それで今だけでもサマーが救われるなら、それもいいかもしれないと…。
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