第3話 誘拐犯

 なんだかすごく眩しい。

 白い光が瞼にあたってチカチカする。

 さっきまで暗かったはずなに、うっすらと瞼をあけてみる。

 ぼんやりとぼやけているが、最初に見えたのは部屋の照明だった。白い光の正体だ。

 じっと見ていると、ぼやけていた輪郭はだんだんとくっきりした線となって見えてくる。

 白くて高い天井。

 天井の端から端まで細長く埋め込まれるように備えつけられた照明。

 私の家じゃない。じゃあここはどこ?

 少し視線を下げてみる。

 大きなガラス戸。外は真っ暗だ。しだいにパニックに落ち入りそうに胸が騒つく。

 そして、それは突然絶頂に達した。


「やあ目が醒めたかい?」

 と、突然見知らぬ男の顔が視界をおおって話しかけてきたのだ。しかも英語で…。

 これはもうパニックを起こす以外何ができるだろう。

 何も答えられずにいると、彼は続けて話しだした。何か飲みながら話しをしようとかなんとか言いい、貼り付けたような笑顔をむけながら屈んで私の頭をなでた。その手は張り付けた笑顔とは裏腹に大きくてあたたかだったので、妙な親近感すらわいてしまった。

 彼は腰を伸ばすとソファの後ろ側に消えて行った。

 後ろで冷蔵庫や戸棚を開ける音がする。続いて飲み物を注ぐ音。後にキッチンがあるんだ。

 じゃあ出口は?ソファにじっと寝転んだまま視線だけを動かす。今のところ正面にあるあの大きなガラス戸しかみあたらない。足の方に大きな出窓があったが、自分の胸元ぐらいの高さにあるからよじ登らなければいけない。

 自分のいる所からキッチンはどれぐらいの距離だろう。全速力で走ればガラス戸まで捕まらずに行って逃げられるだろうか。でも、もしも捕まったら酷い目にあわされるだろうか。殺されるかもしれない。いや遅かれ早かれ殺されるのかも、それかずっと監禁されて閉じ込められるのかもしれない。頭をフル回転させてはみたが結果的には恐怖しか思いうかばない。

 そんな考えを遮るように彼が右手にオレンジジュース、左手には氷入りの水を持って戻ってきた。そして私に右手を差し出し「悪いね、君にあげられそうな飲み物はこれしかないんだ。」といい、私が起き上がるのに手をかしてくれた。私の手にグラスを持たせると、「さて、落ち着いたら話しを聞かせてもらえるかい?」といい彼は向かいのオットマンに腰掛け両肘を腿の上について手の甲に顎をのせ、私の話しを聞く姿勢をとった。


 私の話っていったい何を聞きたいというの?人を誘拐しておいて聞きたい事ってなんなのよ。犯罪者の思考回路は、やはり尋常じゃないんだ。


「まだだんまりかい?もしかして喋れないわけじゃないよな?」と彼がぼそぼそグチるように言うのを聞いて少しカチンときた。

 正直言って英語がペラペラなわけじゃない。彼の言葉も何とか聞き取れる程度だ。だからといって誘拐犯に語学力まで否定されるいわれはないはずだ。

「what・have・you」

 目を細め顎をツンと突き出し、一語一語低い声で言ってやった瞬間後悔する。

 なぜなら彼は目を見開き驚きの表情で固まってしまったからだ。

 しくじった。誘拐犯を怒らせてしまったんだ。


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