1-10
ーーーー闇が意識を支配するーーーー
ーー此処に存在するのは俺か?ーーーー
ーーーー其れとも君か?ーー
ーー俺は誰なんだーーーー
ぼんやりとした頭が曖昧な風景を作り出す。
ーー此処は、あの晩に居た川辺かーーーー
確かに見たあの日。ここは忘れるはずが無い場所。
ーーーーそこに伏せているのは誰だ?ーー
闇に嬲られ、転がされ、倒れているのは俺自身だ。
ーーーーならそこに伏せているのはー
地面に伏した人影がその顔を起こし此方を向く。
〝お前は!〟
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「ーーーーっ!」
「ーー!ールーーしろ!」
「エル!起きて!」
「ーーん…」
誰かに揺さぶられる感覚がして、俺は目を覚ました。
「エル!!ようやくお目覚めかよ!」
「ほんとに!心配したんだから!」
カイルとアシュリーが俺を心配そうに覗き込んでいた。
よく見るとアシュリーは目に涙を溜めており、カイルは青い顔をしている。
心配…掛けたみたいだな。
「すまない、2人とも。心配させてしまったみたいだな」
「あぁ、心配したさ!一生分はしたね!」
「本当に。目の前が真っ白になったと思ったら今度は暗くなって何も見えなくなるし…。
見えるようになったらなったで、いつの間にか訳の分からない場所にいるし…エルは気絶しちゃったまま目を覚まさないし……本当に不安で、不安で、心配したんだから!」
そういって俺に抱きついてきたアシュリーの髪を撫でて落ち着かせる。
ーーーー落ち着いてくれ。さもないと俺が色々落ち着かん。
その、何だ、当たってるんだよ…コホンっ!
いや、不謹慎だな。何でもない。忘れよう。ーーー
どうやら俺は気絶していたらしい。
それにアシュリーに言われて気がついたが…確かに部屋の内装が少し変化している。
光苔でそれなりに明るかった内部は薄暗くなり、立派な水晶で飾られた祭壇は所々朽ちて見るも無残な有様となっている。
俺たちが入ってきた扉は壊されて、片方の扉が蝶番にぶら下がりキーキーと耳障りな音を立てている。
何よりも異なっているところは、至る所に蔓が張り巡らされ、訳の分からない植物がそれなりに自生している。
アシュリーはきっとこれらをみて、ここがさっきと同じ場所だと気づかなかったのかもしれない。
いや、気付きたくなかったのかもな。
俺だって嫌だもの。いつの間にか植物が自生してるとか普通じゃないからな。
何が起こったのかは分からないが…何時までもこうしている訳にはいかないな。
とりあえず現状の把握をして、どうするのか決めないとな。
「カイル、俺が気絶してどの位の時間が経過したか分かるか?」
「30分も立ってないぜ。いくら揺さぶっても起きねぇから、流石に焦ったけどな」
30分か。
降魔の儀式をしていた時間も合わせて考えると、そろそろ他のチームも此処まで辿り着いていても可笑しくは無いはずだ。
ーーしかし、その気配は全く無い。
此処で待機して合流するよりは、俺たちが単独で降りた方が早いか…。
「2人とも、よく聞いてくれ。俺たちが此処に辿り着いてからおよそ1時間強は経過している。
そろそろ他のチームも此処まで辿り着いてもよさそうだが、一向にそういう気配はない」
そこで区切ると俺は2人の顔を交互にみやる。
「此処で待機していてもいいが、それよりも下の階層へと降りていきたいと思う」
俺は2人の反応をみながら言葉を続けた。
「理由は2つ。1つは先程にも述べたように、そろそろ他のチームも此処まで辿り着いてもよさそうな時間が経過しているにも関わらず、誰も見かけない点。
もう一つは先に述べた理由に重複する部分もあるが、この部屋だ」
部屋という言葉に反応してアシュリーは不安そうに辺りを見渡す。
「一瞬にして変わったという事実がある以上、此処は魔力的な力が強く働いていると考えられる。その場所に何時までも止まっているのは危険だと判断した。
それに、もし魔力的な要素が絡んでいるとしたら、そのせいで誰も此処まで辿り着いていないのかもしれない」
どうする?と俺は2人に視線を投げかける。
「それもそうね、一理あるわ。賛成よ」
涙を指で拭ってアシュリーが答える。
「このパーティーリーダーはお前だ。俺はお前に従うよ」
カイルはそう告げるとともにウィンクを投げて寄越す。
「よし、そうと決まれば此処から移動しよう。行きと同じようにカイルは罠の察知と解除を頼む。多分罠の場所は同じだとは思うが、全て変更されたものと考えて用心してくれ。アシュリーはカイルの補佐を頼む」
2人は頷き了承の意を示すが、加えてカイルが心配そうに声を掛けてきた。
「それはいいけど、体調はもう大丈夫か?一応しっかりと休息はした方がいいんじゃないのか?」
「大丈夫だ、心配かけてすまないな。今はもうどうってことない。この通り身体も普段と変わり…ない…から……」
ちょっと待て。
変わりない…だと…。
俺には
「失敗したってことか…」
俺は皮肉げにそう呟く。
それはそうか、あんなにも派手に魔力が暴走した様子で成功するとは考え難い。
「どうしたの?」
アシュリーが心配そうに俺に話しかけてくる。
「いや、どうやら降魔の儀式が失敗したらしい。2人が感じた魔力の違和感を俺には何も感じない」
「「まじかよ!(そんな!)」」
2人が驚愕したように目を見開く。
かくいう俺も落胆を隠せない。
祈りを唱え始めた頃は確かに魔力の奔流を感じていた。
溢れんばかりの力が湧き上がり、今ならなんでも出来るんじゃないかという全能感を感じさせた。
ーーーーだかあの時。
俺は自分の中感情をコントロールする事が出来なかった。
口の中に苦い感触が拡がっていく。
くそっ。今考えても仕方ないが、落ち着いてじっくり考える必要があるな。
また自分がコントロール出来なくなる時がくるなんて、考えたくも無い。
俺はそこで深みに入りかけた思考を一旦打ち切り、まだなんとも言えない表情をしているカイルとアシュリーに声を掛ける。
「使えないものは仕方がない。今までの歴史上でも全く報告がなかった訳でもないからな。
原因は後で考えるとして、さっきも言ったように何時までも此処にいると、何が起こるかはわからない」
もちろん、進んでも同じようなものかも知れないが、と前置きをして言葉を続ける。
「下に降りることで何かしら原因の解明につながる可能性が高い。
質問がないなら行動に移すぞ」
俺はそう言い、扉へと向かった。
「よし、いくぞ!」
俺たちは入ってきた時とは大分変化した片方しかない大扉を抜けると、塔の下へと降りて行った。
4階へと降り暫く進んでいたが罠の配置はほぼ変わっておらず、寧ろ壊れて作動しないものが殆だ。
変化したのは全ての階層と考えてもいいだろう。
罠に対する警戒が多少しなくても良くなった分、俺たちにしてはラッキーだったと云うべきか。
ーーーー警戒を進めたまま、暫く探索していると、カイルが何かに気づいたらしく、停止の手信号を送ってくる。
右手を指差した方向に耳を澄ますと確かに僅かに不規則な音が聞こえてくる。
「どうしましょう?」
アシュリーが小声で訪ねてくる。
「此処で待て。俺が偵察に行く」
カイルとアシュリーに待機指示を飛ばし、俺は音を殺して音源へと向かっていく。
ーーーーザッザッ
近くにつれて、その音は何かの足音だと気付いた。
漸く他のチームメンバーと合流出来そうだな。
俺は何気なくそう考え、足音の方へと向かおうとしたが嫌な予感がした為、様子を見ることにした。
今はどれだけ警戒しても、警戒し過ぎということはないだろう。
そう考えて壁に張り付き角の向こう側を観察する。
「っ!」
其処には見覚えのある姿があった。
俺を甚振り歓びに歪むあの顔を思い出す。
思い出したくもないあの姿。
そう。
俺の視線の先にいたのはーーーー
ーーーー
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