1-9

ーーギギィィィーーーー



軋みながら開く大扉を抜けるとそこは塔の各所にある部屋とは比較にならないほどの広い部屋が待ち構えていた。


薄ぼんやりと光を放つ壁は見慣れない紋様で装飾されている。



「すごい…。此れは光苔だわ。文字で見ることと実際に見ることが違うって、こういう事なのね」


アシュリーは驚きと感嘆を言葉ににしている。


確かに、想像していた光景とはまるで違う。



光苔とは魔力が満ちている場所に自生する苔の事をいう。

ダンジョンやこの塔のように特別な区画にしか生えることがない。


植物の不思議は奥深いなーーー。


閑話休題それはさておきーーー。




大部屋には光苔以上に目を引くものがある。


それは祭壇だ。

何というか、馬鹿でかいことこの上ない。


全長5mはあるだろうか?

石造りの祭壇はその存在感を示す如く、そこに存在し、煌びやかな水晶が、品を損なわない程度に装飾されている。


祭壇の真ん中には階段があり、歩いて上がれる様になっている。


「すっげぇな!これでやっと魔法が使えるってことだよな!」


「落ち着きなさいよみっともない」



カイルは興奮を抑えきない様子だ。


嗜めるアシュリーも口元の笑みを隠せていない。


ーーそういう俺もだが。



「漸く辿り着いたな。ここからは一人ずつ順番に祭壇に登り、儀式を開始しよう。ーーーレディファーストだ。アシュリー」


「ふふっ。ありがとう。では、お先に」




アシュリーは優雅に祭壇へと登っていく。

祭壇へと上がると此方を向き、目を閉じた。



2つほど息を吸い込み、呼吸を整えると一息に祈りを捧げる言葉を紡だ。



「我が崇めし主、ルシファーよ。我が願いを叶え給へ。我に偉大なる力を与え給へ。

我が意志は御心のままに。我が意思は叡智へと至らん…」



祈りを紡いでいく毎に祭壇へと光が集まっていく。


深緑の色調を携えた光は見るものを癒す安心感を与える。


光に包まれていくアシュリーはまるでおとぎ話に出てくる天の使いのように幻想的なイメージを抱かせた。


やがて光は収束していき、アシュリーの身体へと吸い込まれ消えていった。


「ーーーーーーふぅ。」


アシュリーは閉じていた目をゆっくりと開けながら溜息をつく。

そしてゆっくりと祭壇から降りてくる。


その目は潤み、頬は上気しており赤みがかっている。

その姿はどこか艶めかしく、俺は思わず目を逸らした。


なんで逸らしたんだよ。

そう自分にツッコミを入れ、視線を戻す。



「すごい…。これが魔力かしら。身体の奥から自分とは違う力を感じる。今なら魔法が使えそうな気がするわ」


アシュリーは儀式の成果を確かめるかの様に呟く。


「成功おめでとう。試してみるか?」



アシュリーは頷くと眼を閉じる。


1分程経過しただろうか、アシュリーが眼を開き呪文を唱える。


「我は今ここに願う。陰を照らす光よ…光魔法ライト!」


開いた掌から2cm程の光の玉が飛び出して周囲を照らす。


「出来たわ……あっ…駄目っ」


そういうなり、光の玉は揺らぎ、消滅した。




「すげぇな、ちゃんと光ってたぜ!」


カイルは興奮しながらそう言った。



「身体から魔力を引き出す過程で、自分がどの魔法を使えるのか感覚的に理解出来るようね。

その魔法を使おうと意識することで、呪文が頭に浮かんできたわ。

感覚的にいって、後は風魔法と治療魔法が使えそうだわ」



「授業でも聞いてはいたが、本当に感覚的に使える魔法が理解出来るとはありがたい。

しかし直ぐに消えたな。練習しないと実用性は低そうだ」


「そのようね、一回唱えるだけでも疲れたもの。集中しておかないと出し続けておくのは無理ね」



アシュリーは疲労を滲ませながらも冷静に分析している。



しかし、これで儀式が終了すると直ぐに魔力が宿るという事が分かっただけでも儲けモノだな。


恐らく、問題となっている疲労の程度や持続時間も鍛錬次第で変わっていくだろう。



「アシュリー、見事な魔法だ。今はゆっくり休むといい。カイル、次はお前だ」


「ええ、ありがとう。そうするわ」


アシュリーはそう頷くと、後ろへ下がった。




「よっしゃー!それじゃあ、行ってくるぜ!」


カイルはそういうなり、祭壇へと駆け上がり、此方を向く。


大きくな幾つか深呼吸をし、はっきりとした声で祈りを捧げる。


「我が崇めし主、ルシファーよ!我が願いを叶え給へ!我に偉大なる力を与え給へ!

我が意志は御心のままに!我が意思は叡智へと至らん!!!」



アシュリーとは異なり、燃え盛る炎のような紅蓮の光がカイルを包み込む。


光は膨張したかと思うと一気にカイルの中へと流れ込んでいった。



「っふぅーー。若干焦ったぜぇ」


カイルは後ろ髪を描きながら祭壇を降りてきた。


結構ノリノリだった割にはお前も吃驚してたんだな。

俺はカイルが驚いていたことに苦笑しながら、降りてきたカイルを迎え入れる。


「どうだ?何か変化はあるか?」


「あぁ。よく分かんねぇけど力が漲ってくるぜ。」


カイルは自分の両手を握り締めながら変化を受け入れている。


「んじゃいっちょ試してみるか!」


袖を捲り気合を入れると、地面の一点だけを見て集中する。


アシュリーより少し長めの時間が経過しただろうか---体感でおよそ2分弱程か---カイトが右腕を突き出し、呪文を唱えた。



「我は今ここに願う。熱き力の源を…火魔法ファイア!」


カイトの右手から、薪にようやく火が付けれるかどうかという程の大きさの火が放射状に飛び出した。



「うぉぉお!なんかショボいけど格好いいぜ!」



カイトのテンションが天井知らずに上がっていく。


「俺は火魔法と風魔法が使えるみたいだな!感覚的に分かるってこんな感じなんだなぁ!」



カイトによると、やはり魔力を身体から引き出す感覚が掴めずに魔法の発動まで時間が掛かってしまうらしい。


繰り返し練習する事で時間の短縮は図れそうだが、得意魔法ばかりは自分で体験してみないと分かりそうにもないな。



さぁ、いよいよ俺の番だ。


「次は俺だな…」


そう呟き、ゆっくりと祭壇へと続く階段を登る。



ーーーー父さん。



祭壇まで辿り着き、カイル達の方へと向き直る。


ーーーー母さん。



ゆっくりと眼を瞑る。



ーーーーやっとここまで辿り着いた。小さな一歩だが、意味のある一歩だ。



大きく深呼吸して、祈りを紡ぐ。


「我が崇めし主ルシファーよ!」



ーーー周囲から光が集まりだすーー


脳裏にあの晩の記憶が蘇ってくる。



「我が願いを叶え給へ!我に偉大なる力を与え給へ!」



ーーー白い。混じりけのない白い光が辺りを塗りつぶしていくーー


アシュレイが地面に伏せて事切れている。



「なにが起きているの!?どうなっているの!!?」


「分からねぇが…ちっとヤバそうだな…」


2人が何か騒いでいる声が聞こえてくるが、何を言っているかまでは分からない。



「我が意志は御心のままに!」


ーーー視界の全てが白く染まり、何も見えなくなる。


闇が見える。その空間を削り取る影が見える。


忘れはしない。その姿を!


ーーーー彼奴を必ず見つけ出して……この手で殺す!!!



「ちょっと、エル!大丈夫なの!!?」


「おい、返事ぐらいしろよ!エル!!」



あの晩のように湧き出す感情に振り回される。



憎しみが…憎悪が心を支配していく…



ダメダ、モウ止メラレナイ。

アイツノ全テヲ〝奪ウ〝マデハ…




「我が意思は叡智へと至らん!」



その刹那、視界を埋め尽くす白い光全てが黒く染まり…





ーーーー俺は意識諸共影に呑み込まれたーーー

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