1-6

「エルロイドーー!!!」


聞き覚えのある声が遠くから響いた。





小鬼族ゴブリン達は声がした方に振り向いた。


ーーーーシュっーーーードスッ!




「ーー€っ!」


鉈を振り上げたままの小鬼族ゴブリンの額に矢が刺さり、そのまま崩れ落ちた。


草叢から飛び出した人影がもう一体の小鬼族ゴブリンにぶつかり、吹き飛ばす。



「エルロイド!大丈夫か!」



そこには心配そうな顔をしたアシュレイの姿があった。


アシュレイはエルロイド抱き起こし身体に異常がないか確認する。



「こんなに傷だらけになって、、、待ってろ、今治してやる」


「我は今ここに願う。この身に癒しの力をーーー治癒ヒール!」



優しい光がエルロイドを包み込み、その身を癒していく。


「、、、父様。」



エルロイドは力なく呟くとアシュレイを見た安堵からか、目に涙を溜めていく。


「エルロイド、よく頑張ったな。後は父さんに任せなさい」

そう微笑むと残った小鬼族ゴブリンの方を向き、腰に差した剣を抜く。


「よくも小鬼族ゴブリン風情が、ウチの子を甚振ってくれたな、、、」


「ーーはぁっ!」



アシュレイはその場から踏み込むと小鬼族ゴブリンに向かって切り掛かる。


ーーキンッ!


剣と棍棒がぶつかる音が辺りに響いた。


「疾っ!」


アシュレイはガラ空きの小鬼族ゴブリンの横腹に蹴りを叩き込む。


「€€!」


小鬼族ゴブリンは呻きながら数歩後ずさった。その手は痛みからか脇腹を抑えて、利き手に持った棍棒はダラリと下に垂れている。



「はぁぁあっっ!!!」


ーーーザクッ



気合の籠ったアシュレイの一閃が小鬼族ゴブリンを袈裟斬り、その場で血を吐いて倒れ込み動かなくなった。



「ふぅ。」


ーーーチンっ。



アシュレイは血の付いた剣を振るい、鞘に戻すとエルロイドに駆け寄り抱きしめる。



「エル、もう大丈夫だ。怖かったな。」


アシュレイに抱きしめられたエルロイドは堰を切ったように泣き出した。






----------------


10分程経過した頃、落ち着いたエルロイドにアシュレイは話しかける。


「直ぐに駆けつけてやれず悪かった。エルが川に落ちた後、崖の下に降りる道を捜すのに手間取ってしまったんだ。」


「さぁ、家へ帰ろうか。母さんも心配しているだろうさ。」


そう言うとアシュレイは立ち上がり、


「少しそこで待っていなさい。魔石を取ってから家に帰ろう。」


アシュレイはそう言うと適当な枝を集めて火を起こした。


「我は今ここに願う。熱き力の源を、、、火魔法ファイア!」



エルロイドはパチパチと燃える火の側で冷えた身体を温めながらアシュレイが手際よく死体にナイフを入れて魔石を回収していく姿をぼんやりと見ていた。




--------------------


ーーーゴゥッ!




唐突に風が吹き荒れる。


「エルロイド!」


アシュレイはエルロイドに側に来るように声を掛けると剣を鞘から抜き、辺りを警戒する。




『ガアァァァアアア!!!!!』


凄まじい咆哮が辺りを包み込む。


「ーー!!?」


エルロイドは咄嗟に耳を塞ぎ、目を瞑る。


ーーザシュッ!


すぐ側で何かが切り裂かれ、地面に斃れる音が聞こえる。



恐る恐る眼を開けた。



ーーーーーエルロイドの瞳に映ったのは地面に伏せ、事切れているアシュレイの姿だった。


「父、、、さ、ま、、、?」


エルロイドは目に映る姿を否定するように声を掛ける。


胸から下腹部に幾筋の爪痕が無残にもアシュレイを切り裂いていた。

その爪痕は筋肉を突き破り、所々から内臓がはみ出している。



エルロイドはアシュレイを揺さぶり声を掛ける。

「父様、、、。起きて下さい、、、、。お家に連れて帰ってくれるんでしょう??、、ほら、母様が待っています、、、。」



どんなに揺さぶってもアシュレイが返事をする事はない、、、。

二度と、、、。


エルロイドの瞳に涙が溜まる。


もう一度アシュレイに呼びかけようとした時。


『ガアァァァアアアアァアア!!!!!』



吹き荒れる暴風と、咆哮がエルロイドを吹き飛ばす。


「ーーっ!」


地面に撃たれながら必死にその方へと視線を向ける。


ーーーーー其処には闇があった。ーーーーー



月明かりに照らされる風景のその一面だけ、ポッカリと何もない空間が出来ていた。


いや、黒く。ひたすら塗り潰されたような漆黒が其処に佇んでいた。


ひたすら大きく、形も何も解らない闇が其処に存在していた。



エルロイドは理解した。幼い頭でも理解することが出来た。


コレ・・は此処にはあってはならないモノだ。此処にいてはいけないモノだと。



恐怖はない。

唯、純粋な絶望感がその幼い身を濡らした。


震えが止まらない。


今すぐ此処で死んでしまいたい。





そう思ったエルロイドの眼にアシュレイの死顔が映った。


"憎い"


ーーもう恐怖など感じていなかった。ーー


"僕の幸せを、父様を奪ったヤツが憎い"


ーーただ考える事は大切なアシュレイを奪ったということだけ。ーーー



"こいつを代わりにグチャグチャにして、総てを奪い去ってしまいたい"


ーー憎しみがエルロイドを縛り付けるーーー


"憎い"


ーー憎いーーー


"お前を命を僕に寄越せ"


ーー総てを奪ってやろうーー


"寄越せ!!!"




心は憎しみで溢れかえっていた。


アシュレイを一瞬で奪っていったソレに対しての純粋な憎しみ。


エルロイドの心は唯その闇に濡れていた。



『ほぅ、、この儂が憎いか。』



ーー突如として頭に声が響くーー


"あぁ、憎いさ!今すぐにでも殺してやりたい!"


『お前など儂の足元にも及ばん。一瞬で滅ぼしてやろう。』



"そんなものは関係ない。唯お前が憎い。死んでも、死んでも呪ってやる。そしていつか呪い殺してやる!!"


『ガアァァァアアア!!!!!』


耳を鳴らす咆哮が恐怖を呼び戻しエルロイドはその身を震わすがすぐにまた心に憎しみが溢れ出してくる。


『愚かなる人族よ。だが、気に入った。お前を此処で殺すのは止めてしまおう。永遠に闇に囚われるがいい。お前の大事なモノを奪い去って嗤うとしよう。』


『愚かなる人族よ。自分の存在を嘆くがいい。永遠に奪われるその存在を。』




----ズズズズ、、、


闇がエルロイドの身体を覆い尽くしていく。


「うわぁああ!!!!」


エルロイドは必死に叫び、逃れようとするが、闇はどんどんエルロイドの身体を呑み込んでいく。


エルロイドの身体が闇に埋もれた瞬間。

一陣の風が吹き荒れてエルロイドを吹き飛ばした。転がされ、地面に打ち付けられてーーーーエルロイドは意識を手放した。










--------------------



---サーーーっ---






「んっ」




川の流れる音でエルロイドは目を覚ました。

辺りはもうすっかりと日が昇り明るくなっていた。


「ーーっ!!」


昨夜の事を思い出し、アシュレイの姿を捜す。

しかし辺りにはアシュレイの姿も死んだはずの小鬼族ゴブリンの姿もなく、争った形跡すら残っていなかった。



其処からどうやって帰ったのかもエルロイドは覚えていない。


ただ小さな身体に鞭を打ち、ひたすら歩き続けた。



--------------------






どれくらい歩き続けただろう。


森を抜け、郊外の家が見えた頃には陽は傾き夕刻時となっていた。




「父様っ!!母様っ!!」


自宅の姿を目にした時、エルロイド疲れた身体を振り絞り、家まで駆けて戻ってきた。



「父様っ!戻りました!母様っ!心配掛けてごめんなさい!」



大きな声で戸を開けて家に駆け込みながらエルロイドはアシュレイとローナに声を掛ける。



「父様っ!ごめんなさい!もう二度と父様の言い付けを蔑ろにしません!狩りに行っても落ち着いて、いい子でいます!

母様っ!母様が作ってくれたご飯、嫌いなものも残さずに食べます!文句も言いません!」



耳鳴りが聞こえてきそうな程辺りは静まり返っている。



「父様っ!母様っ!」



エルロイドに返事をしてくるものは誰一人いない。



エルロイドは理解した。

昨夜の出来事が夢ではないという事を。






ーーーーこの日を境にアシュレイとローナは永遠にその姿を消した。ーーーー



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る