1-4

エルロイドがこの世に生を受けて5年の月日が経過した。


エルロイドはローナとアシュレイ2人から溢れんばかりの愛情を込められて、大切に育てられた。


2人の輝くような白銀の髪を受け継ぎ、ローナの生き写しのような整った中性的な容姿に加えて子供独特の幼さを感じさせる。


しかしその眼だけはアシュレイに似て済んだ碧い瞳が年相応の好奇心を写している。



「父様。今日は狩りに連れて行ってくれるのですよね!」


エルロイドはワクワクした様子でアシュレイへと問いかける。



「あぁ、ここからすこし離れた森にいる獣や野鳥の取り方を教えてやろう。」


「わぁあ。やったぁ!早く、早く参りましょう父様!」


アシュレイは喜ぶ我が子をみて、微笑んで答えると、それを聞いたエルロイドは更に笑顔を大きくしてアシュレイへ狩りの催促を行った。


「エル。狩りとは常に冷静に行動しなければ上手くはいかん。準備をしっかりして、慌てずに、且つ迅速に行動することが大切なんだぞ。」


アシュレイはエルロイドの落ち着きのない様子を微笑ましい気持ちで、だが、狩りをすることに大切な心得を説く。



「弓とナイフの点検は済ませたか?矢筒のベルトの調節とやじりの点検を済ませたら母さんのお弁当を持って出発しよう」


「はい。父様!」








郊外の家からおよそ1時間ほど外れた森の中。


木々が鬱蒼と生い茂るこの森は枝葉の隙間を縫って差し込む陽光が辺りを照らして薄暗くはあるが、何処か神聖な雰囲気を醸し出している。


粛々とした森は静まり返ることなく、木々の葉が揺れる小々波の音や所々で鳥獣の鳴声が思い出したように聞こえてくる。



この森の中に2人の親子の姿が見えた。


「エル。聞こえたか?少し離れた所から鹿の鳴き声が聞こえていたのが。」


「はい、ヒーン、ヒーンという風に鳴いていました父様。」


「よし、よく聞こえたな。狩りでは動物の形跡を見つけて何処に居るか想像することが大切だ。

先に聞こえた鳴き声もそうだが鳥が羽ばたく音や動物の足音、草木を食んでいた形跡や、糞や臭い。このような小さな手掛かりポイントから獲物を見つけていくんだよ。」



アシュレイは狩りに必要な方法を伝えると、頷きながら一生懸命理解しようとしている我が子を確認し言葉を続けた。


「では実際に狩りをするから見ておきなさい。

ここはもう少しで風上になるから移動する。しっかりとついてきなさい。」


「はい。父様」



アシュレイは弓に蔓を張り、矢筒から矢を取り出し移動を開始した。


エルロイドがしっかりと付いて来ていることを横目で確認しながらゆっくりと音のした方を中心にして迂回するように十分に時間を掛けて移動する。




--------------




歩を進めておよそ30分。


「ここで止まれ」


数m先の木々を指差しながらエルロイドに静止の声を掛ける。



「あそこ何がいるか見えるか?」


囁くほど小さな声で問いかける。


「鹿です。父様」


エルロイドもアシュレイに倣い小さな声で答える。


「正解だ。今からあの鹿を狩るのでここで見ておきなさい」


アシュレイはエルロイドに声を掛けて木々の隙間を縫うように移動していく。


(そう大きくはないな。経験が少ないと考えていいだろう。

もう少し近くか。)


矢を番えて獲物との間に邪魔になる枝や蔓が無いことを確認し、その時を待つ。



獲物となった雄鹿は辺りを警戒しながらも自らがついばむ葉を探している。


---まだだ、まだ早い-----



若々しい新葉を見つけ、嬉しそうにいななく。


----まだだ。-----


息を整えて弓を引く。



新葉の方へと雄鹿が近づいていく。



----後少し。----


雄鹿が新葉を口に啄ばむ瞬間、、、



----今だ!-----



矢を摘んでいた指を離し矢を放つ。

矢は綺麗な放物線を描いて鹿の右後の脹脛ふくらはぎへと吸い込まれる様に的中した。



「ヒーン!イーン!!」


鹿はいななきながら逃げようとするが矢が刺さる痛みによるものなのか、その場でよろめき倒れそうな身体を必死に立て直す。


更に続けて矢を番えて放つ。


矢は雄鹿の頸に突き刺さり雄鹿は力なく倒れた。


「エルくるんだ!」


アシュレイはエルロイドを呼びながら雄鹿へと小走りで近づいていく。



雄鹿は今にも死にそうな声で苦しそうに鳴いている。


「さぁ、エル。そのナイフで楽にしてあげなさい」


「はい。父様」


エルロイドは躊躇とまどいながらも鹿の首元にナイフを当てて一気に引き抜いた。


更に与えられた痛みから逃れようと雄鹿が暴れようとする。


アシュレイはそれを抑えながら再度ナイフを引くようにエルロイドを促す。



子供の非力な力では上手く刃を引くことが出来ず、三度目にして漸く仕止める事ができた。



エルロイドは血で染めた手を見やり、込み上げてくる吐き気を懸命に抑えながら強がる様にアシュレイへと向き合った。


「終わりました父様。でも手が血で汚れて気持ち悪いです。」


「ははっ。まだまだ上手くは出来んさ。これから上手くなればいい」


アシュレイを労うと雄鹿を吊るして血抜きをする。


「本来は森を抜けてから血抜きをするようにしなさい。血の臭いは魔物を引き寄せるから」


「ではどうして、今日はここでするのですか?」


「お前を連れたまま血の臭いを振りまいて移動したくないからだよ。一人前の狩人になると、抱えたままでもそれなりの速度で森を抜けられる。ここには子鬼族ゴブリン程度の魔物しかでないから、そこまで気をつけなければならないということもないしな」


アシュレイはそう答えるとエルロイドの手に着いた血を水囊を取り出し洗い流した。



血抜きも終わり、ゆっくりと森を抜ける道を行く。


「エル、そこは滑りやすいから気をつけていくんだよ」



「うん!大丈夫、心配しすぎだよ父様!」


エルロイドはそう軽快に答えると走り抜けようとする。


----ツルッ。



エルロイドはぬめりのある地面に足を取られて滑ってしまった。


そのまますぐ脇にあった崖の下へと落ちていく。


「ーーーーーっ!」


咄嗟の出来事で声はでなかった。



「エルロイドーーーーっ!!!」



遠くでアシュレイの声を聞きながら落ちていく。



---バシャーンっ。--



幸か不幸か崖下にある川へエルロイドは落ちた。


川はその姿を呑み込んでエルロイドを遠くへと運んでいく。




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