第2話 無人と無尽

 街灯に取り付けられたスピーカーから曲が流れている。自然と体が動き出すような、賑やかで軽快な曲だ。だがライトにはそれが、この街の静けさを際立たせているように思えた。


 ライトとウェイミーは二人、アーケード街を歩いていた。多様な店舗が軒を連ねれているこの場所は、本来なら多くの人で賑わっているのであろう。だが現状では、彼ら以外にはアリンコ一匹見当たらなかった。


 駅からのここまで道のりも同様だった。ゴーストタウンというには、外装などに荒みや廃れはほとんど見当たらない。そして事件や事故があったというには綺麗すぎた。


「真新しい廃墟」という言葉が、ライトの頭に浮かんだ。


 二人は手当たり次第に建物の中に入り、内部の様子を確認して回った。コンビニにカフェ、百貨店、オフィスビルや銀行などのも見たが、当然のように誰もいなかった。


「ど~してだれもいないんだよ~!」


 外に出たライトは、呻き声を上げながら空を仰いだ。ライトの声は小さく反響し、間もなく消えた。その余韻がますます街の物悲しさに拍車をかける。


「これもペルソナの仕業なのかな? 思想能力ソート使われて、それで忽然と姿を消したとか」


「あり得ないことじゃないけど」とウェイミーは腕を組んで考えた。「でもそれならもっと汚れてるっていうか、生活感が残っているような気がするよ」


「だとすれば、こういうイディア界なのかな」


「ペルソナの気配もコアの気配も全然感じられないとなると、あり得ないこともないけどね」


 ほどなく二人は駅に戻ることにした。隣の駅の様子を確認するためだ。


 路線図を見る。環状線になっている路線の右隣の駅は「ときしのび区インビジブルシティ」、左隣は「ときあゆみ区ボリングシティ」という名前であることがわかった。

 

「どっちにする?」ウェイミーはライトに視線を移した。


ときしのび区インビジブルシティ』にしようか」


「理由は?」


「時計回り」


 ホームで待つこと数分、電車は時刻通りにやって来た。今回もまた、運転手すらいない電車に乗って二人は「ときしのび区インビジブルシティ」に到着した。所要時間はジャスト五分だった。


 二人のささやかな期待は風に舞う砂のように果てた。この区画にも誰もいない。もはやドブネズミやゴキブリ、はたまたペルソナの存在すら恋しく感じられなくもないとな、ライトは思い始めていた。


 探索を続けていた最中、ノスタルジックな曲が聞こえてきた。街中の時計を見上げれば、時刻はちょうど午後七時を迎えた。日はすでに落ち、ビルの隙間から大きな月が見えた。ライトたち以外誰もいないはずの街であるが、街灯りやネオンは惜しみもなく点いている。


「どこか泊まれるところ探そうか」ライトはそう言ったのち、「ご飯もその辺で済ませて」と付け加える。


「お店が使えるかどうか、ずーっと確かめてなかったけど、平気かな」


「電車が使えるから大丈夫じゃない?」


 二人は目についたファミレスに入店した。店のドアには『OPEN』の看板が出ており、鍵もかかっていなかった。店内の照明もついているが、店員も利用客も誰もいなかった。


 入った直後、ライトは気づいた。「なんか、いい匂いしない?」


 ウェイミーはその小さな鼻で、周囲の匂いを嗅いだ。「ホントだ、する」


 二人は注意深く店内を進んだ。すると壁際のソファ席に料理があった。ハンバーグに大盛りのライスとコーンスープ、カルボナーラ、サラダなどだ。ハンバーグにいたっては鉄板の上でジュージューと音を立てている。また取り皿やフォークなども、もれなく準備されていた。


「……ウェイミーはさ、ここに入る時、何食べようかって考えてた?」


「ううん、特には。けど、カルボナーラは食べたいなぁって思う。ライトは?」


「僕は、食べるならハンバーグかなって、何となく考えてた」


「ライス大盛りで?」


「ライス大盛りで」


「冷めないうちに食べる?」


「食べようか」


 二人は席に着き、まずは一口、料理を口にした。間もなく、二口目、三口目と進んだ。


 ライトはフォークを置いた。「どう思う?」


「おいしいと思う、ってことじゃないよね」ウェイミーもフォークを置いた。「どういうカラクリかはわからないけど、でも、私たちの思考を読み取って、そして一瞬のうちに料理を作って、さらにはそれを厨房からこの席まで運んだりジュースとかお皿とかを準備したがいるんだと思う」


「うん、僕も同じようなこと考えてた。それと、そのがこの世界にはたくさんいて、普通に生活してるんじゃないのかなとも思った」


んじゃなくて、だけだった?」


「明日はそのあたりのことを考えながら探索しようか」


 その後会話はまるでなく、二人は黙々と食事を済ませた。皿が全て空になった途端、それらはテーブルの上から消えてなくなり、代わりに伝票が現れた。そしてぴったりの代金を伝票の上に乗せると、やはり瞬く間に消えた。二人はそそくさと店を出た。


 ビジネスホテルでも同じようなことが起きた。フロントにはあらかじめ受付の書類が出ており、ライトがそれにサインをすると目の前に鍵が現れたのだ。


 部屋に入っても警戒心が解けないまま、二人は早々に就寝した。



 午前0時。誰かがスイッチを切って消灯したかのように、パチッ! と世界中の灯りが消えた。布に覆い被されたような闇と静寂が、世界に訪れたかに見えた。


 街中の時計の中心から、どす黒い物体が次々に滲み出してきた。餅のように軟らかいそれは、ボトッ! と地面や床に落ちると、やがて人形ひとがたを成し、街をさ迷い始めた。


 その数は、到底数えきれるほどのものではなかった。

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