第六章 規則的世界 ~clockwork people~

第1話 会議と作戦

 ガーッラガラ。


 スーッカスカ。


 十ニ両編成の電車は、ライトとウェイミー、二人の貸切状態だった。車掌はおろか運転手の姿すらない。ガタンゴトン! ガタンゴトン! と、リズミカルな走行音が絶え間無く彼らの耳に届く。


 沈黙に堪えかねて、ウェイミーは静かな声で言う。「二人で電車に乗るの、久々だね。最後に乗ったのっていつ以来だっけ?」


「……」


「あ、そうだそうだ、確かあのものすごーく寒いイディア界だったよね? 凍え死にそうになってたところに偶然線路を見つけて。あ、でもあれって電車じゃなくてSLだったっけ? まぁどっちも似たようなもんか」


「…………」


 ライトは上の空の様子で神妙な表情をしていた。窓の外に広がる雑然としたビル群に目を向けてこそいるものの、心理的には何も見えていないも同じだった。


「ライト、ラーイト!」


 ライトはハッとして首を傾ける。「えっ、どうかした、ウェイミー?」


「それはこっちの台詞だよ。電車に乗ってからずーっと、ううん、任務通知が事務所に届いた時もそうだったけど、あまりにもボーッとし過ぎだよ」


「あぁ、うん、ゴメン……」


 ウェイミーは肩を竦めた。「、考えてたでしょ?」


 ライトは一瞬困った表情を浮かべ、黙ってうなずいた。 


「色々と気になるだろうけど、今は任務に集中しなきゃダメだよ?」


「うん、わかってる、わかってるさ……」




「――以上が、今回僕が巻き込まれた事件の内容です」そう言ってライトは、誰にも聞こえないような小さく溜息をついた。


 ライトの上着のポケットには、人形の姿のウェイミーを潜ませてある。そして密かに志創能力ソートを使って緊張を和らげさせていた。だがそれでも彼の表情は張りついたように固い。


 理由は単純明快。錚々そうそうたる顔ぶれがライトの前に広がっているからだ。


 ライトは断絶者ブレイカーが拠点とする特別なイディア界――中心的世界せんとらる――にある会議室にいた。


 会議室には巨大な円卓と十三の席がある。埋まっている席は全部で九つ。彼らは全員、ブレイカーに設けられた十二の班を束ねる班長たちである。老若男女、生まれも育ちも考え方もまるで異なる者たちだが、皆一様に緊迫した面持ちだった。


「報告ご苦労。下がっていいぞ」


 第二班班長クラシスがよく通る声で言った。銀髪が特徴的な、精悍な顔立ちの若い男だ。


「えっ?! あ、は、はい……」ライトは気を落とした。


 ライトは会議に参加すると聞いた時、内心かなり興奮した。件の事件で味わった悔しさがほとんど解消されるほどにだ。一班員である自分が、強者つわものの班長たちのみがつどうこの場に居合わせることなど、滅多にないからだ。


 そして事情が事情であるだけに期待もしていた。事件解決のための特別なチームに自分が抜擢、よもやそのリーダーに就任できるされるなどといった淡い妄想を描いていたのだ。


 だが実際は、事前に作った(推敲された)報告書をつらつらと読み上げただけで、お役御免とばかりに退出を命じられた。見事な肩透かしを食らった。


 ふとライトは、自身が所属する第十二班の班長パルゼニアを一瞥した。


 パルゼニアの左目は――右目は前髪で隠れている――力強く、しかし穏やかであった。そしてライトと目が合うと静かに頷いた。


 ライトの心に、ウェイミーのそれとはまた異なる落ち着きが生まれた。


「失礼します」


 ライトは会釈すると、回れ右をして壁の方へと歩いて行った。


 もう一歩進めばぶつかろうかというタイミングで、唐突に壁に穴が空く。丸い穴は滑らかに広がり、四角になる。ちょうどドアを開放したような格好だ。ライトはその穴を通り廊下に出た。間もなく穴は滑らかに閉じ、ただの壁に戻った。


「あぁ~あ、や~れやれ、チョーゼツ厄介なことになってきやがったなぁ」


 大きく体を伸ばしながらそう言ったのは、第三班班長ラクミューだ。中年の男で、鋭い双眸そうぼうと八重歯が吸血鬼を彷彿とさせる。


「注意してたつもりが、いきなりいや~な一発食らわせられたなぁ、なぁクラシスちゃん」


「先手を許したのはしゃくだが、大したダメージじゃない」クラシスは腕を組んだ。「冷静に後手を打てば、いくらでもカバーできる」


「ほぅ、では具体的にはどんな後手を打つつもりだい?」


 第七班班長スバルのウィル、マサムネが言った。着流し姿の男スバルが腰にいているレプリカの日本刀、それがマサムネである。


「これまでに存在が確認されていた連結者コネクター共のメンバーは計四名。“鉄腕”マグナ、“ツナギ”ヤグリム、“瓶詰め”ジュテイル、そして“聖騎士”ハント……。この四人だけでもかなりの曲者だというのに、その上新たに、姿を消す志創能力ソートを持つモルデアという男と、手錠ようなもの投げて対象を拘束する志創能力ソートを持つグロースという男の二名の存在が発覚した。それを承知で『カバーが効く』などと安直なことが言えるだろうか? いや言えないな。私なら一日中熟考に熟考を重ね、少なくとも百の策とそれらが破られた際の対抗策を考え、そこから十ほどまで厳選して皆の前に提示して意見を求めるだろうよ。なぁ、スバル?」


 スバルは黙って小さく頷いた。


「お前がチェスをプレーしたら、一手目で持ち時間を使い切って負けるに違いないな」クラシスはうんざりした様子で言った。「作戦はここに来るまでに既に決めてある」


「『決めてある』? クラシス、確かに君はこの会議における最終的な決定権をから与えられているが、あくまでそれは『の代理である』という立場を忘れたわけじゃあるまいよ? 私たちが従うのはあるいは全員の同意の上での決定のみだ。君は王ではない」


「あぁ、それは間違っちゃいない。俺はチェスの駒で言えば、キングじゃなくて断然女神クイーンだからなぁ」


「洒落た返答はともかく、早いところその作戦の内容を教えてくれ」


 クラシスは卓上を軽くノックした。間もなく各班長の目下の卓上から、水面から浮き上がってきたかの如く、一枚のレジュメが出現した。各班長は各々に紙面に目を通した。


「正気か、クラシス?」


「多いに正気だ、マサムネ」クラシスは椅子から立ち上がった。「ここに、第一期連結者コネクター討伐隊を結成する。各班から有力な人材を二名ほど抜粋し、特別な部隊を結成、結合者共の捜索及び討伐を行い、最終的には奴らの殲滅を目標とする」


 クラシスは声高に言ったが、班長達たちの反応はあまり好ましくなかった。


「クラシスさん」


 優しい口調で口火を切ったのは第六班班長リディアだ。子どものように小さな老女である。


「私たちがそれぞれに班を結成しているのは、班員たちとの連携を取りやすくしたり、班員たちの精神的不安を少しでも軽減させるためのですよね。そうなるように、採用時に互いの協調性が最も高い者のところに配属する仕組みになっているはずです。あなたの言う部隊はその配慮を、の配慮を無視したものになるのではないのですか?」


「そういう見方もあります。しかし、ここに民主主義的思考の人物の集まっているのであれば、これが最も合理的で効果的な方法です」


「この部隊の指揮はどなたが取るの? あなた?」


「いいえ。俺はこの部隊に助言することはあっても、助力することはありません。早い話が、ここに新たな十三番目の班を設立するのです。そこには新たな班長を立てます」


 リディアは唸った。


「そういうことならよぉ」ラクミューがレジュメの一部を突く。「なぁーんでパルゼニアちゃんところは誰も抜粋されてねぇんだ? あのライトちゃんは連結者コネクターの一人に目ぇ付けられるわけだから、部隊に入れた方がいいんじゃねぇの?」


「第十二班の班員はあいつしかいない。あいつが抜けたら業務に支障がでる。それにーー」


「それに?」


 クラシスはパルゼニアを一瞥した。「あいつには餌という重要な役割がある」


「……パルゼニアちゃんはそれでいいのかよ?」


 全員の視線が集中する中、パルゼニアはどこを見るということもなく、静かに言う。「ライトの身の安全さえ保障してくれるのであれば、反対はしない」


「釣り糸垂らしたまま放置する釣り人がいるかよ」クラシスは不適な笑みを浮かべた。「安心な、部隊と俺の班、両方でもって監視させておく」


「よろしく頼む」


 クラシスは一旦座った。「他に質問はあるか?」


「はーい!」


 元気な返事と共に、第十一班班長クオンがピーンと挙手をした。十代そこそこの少女は、この緊迫した空気には場違いなほどに天真爛漫な笑みを湛えている。


「何だ、クオン」


「あのね、ドンちゃんが行きたくないって言ったら、行かせなくてもいいですか?」


「ドンちゃん? あぁ、『犬笛』のことか。無論班員の意見は尊重するが、可能な限りお前の方で説得してほしい。あいつの志創能力ソートは今回多いに役に立つ」


「はーい、わかりました」


「他はあるか? ないようなら、各自、抜粋者に確認を取り、俺のところに連絡をよこせ」


 返事をする者、黙って頷く者、難しい顔をする者、頬杖を突く者……班長たちは十人十色の様子を見せているが、誰からも意見が上がることはなかった。


「では会議を終了する。解散」




 走行音ばかりが聞こえていた車内に、アナウンスが流れた。


『次は「ときはじめ区エターナルシティ」、「ときはじめ区エターナルシティ」です』


「『ときはじめ』だって。変わった名前だね」


「取り敢えず降りてみようか。誰かしら人がいるかもしれない」


「うん」


 二人ぼっちの電車はほどなく、緩やかに速度を落とし始めた。

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