第11話 崩壊と終末(了)

「勝負あったな」


 ライトはマグナの上に馬乗りになり取り押さえた。首筋にはなまくらになった剣が当てられている。


「っくそー、つえぇとは思ってたけど、まさか負けるとは思わなかったぜ、ハッハッハー!」


 危機的状況にあるにも関わらず、マグナは笑っていた。彼の両腕の義手も、ライトの剣同様に傷だらけであった。


「他に仲間は何人いる?」


「んー何人だったかな。数えたことねぇからわかんねぇや」


「言い方を変える。このイディア界にお前以外の仲間は何人来てる?」


「俺以外には三人いるぜ。俺より力では弱いけど、どいつもこいつもトリッキーな奴らだぜ」


「そいつら全員の名前と志創能力ソートを教えろ」


「えーどうすっかなぁ」


 ライトはマグナの首に少し強めに剣を押し付けた。「いいから早く言え」


「何をそんなに焦ってんだ? そんなにおっかねぇか?」


 ライトは舌打ちをした。


 マグナの言う通り、ライトは焦っていた。理由は二つ。マグナの指摘したの存在と、中核者コアのことだ。


 ライトとマグナが交戦を始めてほどなく、それは現れた。黒い光沢を放つ、巨大な鉄の塊。無尽蔵にミサイルやレーザー光線を発射し、街を破壊していた。しかもそれは十機ほどおり、無秩序なこの世界を更なる混乱に陥れていた。


 そして中核者コアのこと。交戦中、ウェイミーはライトに伝えていた。


(ライト、中核者コアの気配が急に曖昧になったよ!)


(何だかこの世界から隔離されてるみたい!)


 彼の身に何があったのか。マグナの仲間の思想者スィンカーが絡んでいるとしたら……。一刻も早く、彼の元へ急ぎたかった。


「次、話をはぐらかしたら少しずつ刃を食いこませていくからな」


「おっかねぇ。わかったよ、話してやるよ。俺も命は惜しい」マグナは一つ溜め息をついた。「一人目はヤグリム。チビのくせに態度がデカイいけ好かねぇ野郎だ。志創能力ソートは【隠遁】とかって言ったか? マンホールを使って、地面に自由に空間を作って、好きな所へ移動できる」


 ライトは、マグナとこの世界で始めて会った時、路地裏で彼を見失ってしまったことを思い出した。あの時、その志創能力ソートでやり過ごしたのだろうと察した。


「二人目はモルデア。頭が良いとから何か知らんが、よく俺とヤグリムのことを馬鹿にしてくるムカつく野郎だよ。志創能力ソートは【透明】。これはそのままんま、自分を透明にして見えなくする奴だ。自分以外にも使えるからかなり使い勝手はいいから、その辺が余計にムカつくところだな。んで三人目がグロース。こいつは――」


「う、動くな!!」


 ライトが声がした方を向くと屋上の出入り口に誰かがいた。


 警察官だ。幼顔で、自分やマグナとそこまで歳が離れていない印象を、ライトは受けた。拳銃をこちらに向けているが、屁っ放り腰だった。


「ぶ、武器を捨て、手を頭の後ろで組んでください! そしてそのまま、その少年から、は、離れなさい!」


 面倒なことになったと思いつつも、これ以上の面倒は避けたい。ライトは若い警察官の指示に従った。剣をその場に置くと、頭の後ろで手を組みつつ、一歩二歩とマグナから下がった。


「そ、そのまま動くな、で、くださいよ!」


 覚束ない足取りで近づいてくる警官に対し、ライトは明らかに油断していた。それゆえ警官が腰に手を回して手錠を取り出しても、何の警戒もしなかった。


 警官は手錠をライトに向かって投げた。途端、手錠は何十倍にも巨大化した。


「!?」


 ライトは咄嗟に避けることができなかった。左右の手錠がライトに掛かると、ライトの腕と膝下をガッチリと閉めるサイズに縮んだ。ライトは地面に倒れた。


「な、何!?」 


「おいゴラ! 何しやがんだ!」


 マグナが叫んだ。見れば彼もライトと同じく拘束されていた。ライトと違う点は、コンクリートの床に固定されてしまっていることだ」


「何で俺にまで使いやがった! 今すぐ外せ、グロース!」


「外したら暴れるだろうが」


「ったりめーだ! 男同士の真剣勝負にんじゃねぇよ!」


「それを言うならだ、馬鹿が」グロースは肩を竦めた。「ヤグリムが任務を完了させた。とっととズラかるぞ」


「っち、タイミング考えろよ」


 大人しくなったマグナを見て、グロースは手錠を外した。


「ライト! 今回は俺の負けだが、次こそは絶対に勝つからな! 待っとけよ!」


「待てよ、おい!」ライトは尺取虫のようにして去り行く二人を必死に追った。「お前らは一体何者なんだ!!」


「俺たちは連結者コネクターと言う組織だ」グロースは振り向き、答えた。そしてライトの目の前に鍵を投げた。「お前もとっとと退却しろ。このイディア界は間もなく消滅する」


「なっ!?」


「じゃあな、によろしく伝えておけ」


 ライトはウェイミーを人の姿に戻し、手錠を外してもらった。そして急いでマグナとグロースを後を負った。


 ビルを降りると、惨憺さんたんたる状況が広がっていた。遺体が無惨に転がり、鼻が曲がるような臭いが満ち満ちている。


 大通りの真ん中に、マグナたちはいた。グロースの他に二人の人間がいた。一人はツナギを着た、マンホールの蓋を背負った小柄な男。もう一人は黒いダウンコートを来た、長い黒髪の男だ。少ない体力を酷使して、ライトは駆けた。


「おい! それ以上近づくんじゃねぇぞぉ」ツナギの男がライトに言い放った。「こっちにはぁ人質がぁいるんだからなぁ!」


「?!」


 ツナギの男はポケットから取り出したそれを見て、ライトは目を疑った。


 中核者コアが、アガサワ・クルスが、小さな瓶の中に収まっていた。彼は内側からガラスに張り付き、必死に助けを求めていた。


「ここは引いた方が身のためだぜぇ。さすがに四対一じゃ分が悪いってぇもんじゃあねぇしなぁ」


「お前らは、連結者コネクターの目的は、何なんだ?」


「その質問に答えてやる道理はない」コートの男は淡々と言う。「とっとと失せろ、断絶者ブレイカー


 ライトは苦虫を噛み砕いたような表情をしながらも、コートの男の言うことに従う。ポケットからコンパクトミラーと鍵を取り出した。そして鍵を鏡面に差し込み、何度か回した。


 すると鏡から黒いもやのようなものが出現した。靄はライトの目の前に円形となって留まり、グルグルと渦を巻いた。


「次は会った時は、僕が勝つからな……!」


 ライトは捨て台詞を吐き、靄の中に入った。ほどなく、靄は空気に溶けるように消えた。


「俺たちも行くぞ。ヤグリム、通路」


「言われなくったってわーかってるよぉ」


 ヤグリムと呼ばれたツナギの男は、マンホールの蓋を地面に投げた。それを持ち上げると、そこにはポッカリと穴が開いていた。


 連結者コネクターたちはその穴に次々と入り、最後にヤグリムが入って蓋を閉めた。蓋はほどなく、沈むように消えた。


 ややあって、イディア界は消滅した。音もなく、爆発するでもなく、テレビの電源を落としたかのように、唐突に無になった。


 


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