第10話 混乱と拉致

 神代は机を強く叩いた。「まだ対処できないのか!!」


 神代及び中核者コアのクルスらは今、霹靂かみとき電力本社ビル二四階にある中央制御室にいる。


 広々とした室内には細かく仕切られた巨大モニターや制御端末などの機器がある。そしてオペレーターやエンジニアなどの職員が三十人近くおり、この事態の早期解決に決死の思いで取り組んでいた。室内もまた、外の喧騒程ではないにしろ、電話の呼び鈴やアラート音、職員たちの声によって大分騒々しい。


「駄目です! 第一から第四発電所までの全制御システムが完璧に乗っ取られています! どこからもシステムにアクセスできません!」


「総電力60%にまで低下! このままでは半日ともちません!」


「各発電所に向かった職員からの連絡がすべて途絶えました! 暴徒に襲われたものと思われます!」


「十階階段ゲートが破壊されました! このままの勢いだと、ニ時間以内にこの階に到着する見込みです!」


「ーーっ! 一体何がどうなってやがるんだ……!」


 怒髪天を衝くような形相の神代の傍らで、クルスは慎重に口を開く。「父上」


「黙れ! 今お前に構っている暇などない!」


「モニターの被害を見る限り、暴徒たちは? それって――」


「社長、お電話です!」オペレーターの一人が叫んだ。「霹靂警察の日下部くさかべ警部からです!」


 神代は舌打ちをし、乱暴に手元の受話器を取った。「私だ!」


『霹靂警察捜査一課、日下部です。神代社長、そちらの状況は?』


「全発電所のシステムを乗っ取られた挙句、暴徒の侵入を十階まで許している! 総電力も60%を切った! 一刻も早く警官隊をこちらに寄こせ!!」


『申し訳ありませんが、そちらに到着するには少なくとも半日は掛かります』


「半日だと!? 亀かお前らは! 何でそんなに時間が掛かるんだ!?」


『まず、人手が致命的に足りていません。暴徒の数が多過ぎることもありますが、昨夜新しい電光鮮血シャイニング ブラッドを試した者たちが軒並み欠勤しており、なおのこと人員が少ない状態です。そして地下から這い出てきた暴徒たちに加え、黒電団ブラックライツを名乗る一段が街中で暴れ回っている関係で、進行は亀の歩み並みです』


緊急事態用電光鮮血エマージェンシー ブラッドがあるだろうが! それも最新のが! それを満充電フルチャージして奴らを蹴散らせ!!」


『それを使ってやっと互角といった具合です。彼らの怒りのパワーは我々のそれを大きく凌駕りょうがしています』


「この役立たずどもが!!」


 神代の憤怒を目の当たりにし、職員たちは皆すっかり畏縮いしゅくしていた。それに対し電話口の日下部警部は、悟りを開いたかの如く物静かだった。


『大変申し訳ありません。可能な限り早くそちらに向かいますので、しばらくはそちらで対処して頂けますか?』


 神代の表情から一瞬、怒りが消えた。「?」


『警官が到着するまでは』


「言質は取ったからな」


『被害は最小限にお願いします。ーーでは、失礼致します』


 通話は切られた。


 神代は受話器を置くと、大きく息を吸い、声を張った。「電光殲滅兵器ライトニング デストロイヤーをフル稼働させろ! 大至急だ!!」


 職員たちの全員の顔が青ざめた。だが間もなく、担当者たちは血相を変えてその準備に取り掛かった。


 おい、と神代は近くに待機していた部下たちに顔を向けた。「ヘリを使ってせがれを街の外へ運び出せ、今すぐだ」


「!? 父上、僕はまだ質問を――!」


 クルスは部下の一人に軽々と小脇に抱えられた。小さな体を精一杯暴れさせたところで、まるで効果がなかった。


「行け。騒ぎが治まるまでは帰ってくるな」


「父上! あの暴徒たちは! あの暴徒たちは!? 僕は調べていました! でもわからなかった! 彼らに一体何をさせていたというのですか?!」


電光殲滅兵器ライトニング デストロイヤー、起動準備完了しました!」


「よし! 全器出撃!!」


「全器、出撃しました!」


「答えてください! 父上! ちちーー」


 クルスを運ぶ部下たちの一団が部屋のドアを開けたーー直後の出来事だった。ゴンッ! という鈍く大きな音が四回、続け様に鳴った。それは部下たちの人数と同じ数だった。


 神代を含む異変に気づいた者たちがそちらを見た。床に倒れ、頭から血を流している部下たちと尻餅をついたクルス、そしてその前に一人の男が立っていた。


 色褪せた作業服つなぎを着た、背の低い男だ。もしゃもしゃとした癖毛の短い銀髪の彼は、血が付着したマンホールの蓋を手に持っていた。抱えるほど大きく重厚感のあるそれを、素手で、片手で、軽々と持っていた。


 作業服の男は部屋の中に視線を向けた。「よぅよぅ、皆さんお揃いでぇ。これからパーティかってぇ……そんな面じゃぁねぇかぁ、はっはっはー!」


「坊ちゃん、下がって!」


 刹那、ドア付近にいた部下がクルスとの間に駆け込んだ。そして作業着の男に掴み掛かると、そのまま床に捩じ伏せた。作業服の男の手からマンホールの蓋が落ち、床に倒れた。


 あまりの素早さに、作業服の男はまるで反応できなかった。加えて、部下の力が自身の力を凌駕しているからに、身動きもまったく取れない。


「いててててっ! ちょ、止めろ、放せぇ!! 放さねぇと殺すぞぉ!」


「大人しくしていろ。でなければさらに強くーー」


 バーン!


 発砲音が周囲に響き渡った。ややあって部下は床に倒れた。額に穴が空き、ドクドクと血が流れ出している。誰がどう見ても部下は射殺されたのだが、どこを探しても発砲した人物の姿はなかった。


「だから言っただろうがぁ、殺すってぇ。大人しくゆーこと利けってんだよなぁ」


 作業服の男は立ち上がった。ややあってクルスの存在に気づくと、あっ! と声を上げた。「テメェがここの中核者コアかぁ! いやいやぁ、何て僥倖ぎょうこうだぁ」


「こ、コア?」クルスは首を傾げた。


「あぁ、気にすんな、こっちの話だぁ。とにかく、探す手間が省けてホッとしたぜぇ」


 作業服の男はポケットに手を忍ばせ、あるものを取り出した。


 瓶だ。手の平大の四角い形もので、金色の蓋がついている。


「お前は餓鬼だがぁ、してろよぉ」作業服の男はクルスに歩み寄った。


 室内にいた部下たちは、クルスを助けんと走り出した。いずれもがたいのいい屈強な男たちだったが、彼らはことごとく、姿の見えない何者かによって撃たれ、その場に倒れた。


 クルスは必死に逃げようとした。だが恐怖で身体が動かず、作業服の男の接近を許した。


「よしよしぃ、いい子だぁ。そのまま


 作業服の男は瓶の蓋を開けると、その口にクルスの額を触れさせた。途端、クルスの身体は瓶の中に吸い込まれた。そして瓶の中に程よく収まるサイズになった。


 作業服の男は間髪開けず、蓋をきっちりと閉めた。「よしぃ、目的は達成だぁ。とっととずらかろうぜぇ」


「待て!!」


 神代が叫んだ。作業服の男は瓶をポケットにしまい、マンホールの蓋を拾い上げたところで、振り返った。


「お前、黒電団ブラックライツの一味か?! 俺の倅をどうするつもりだ!」


「ブラックライツぅ? 何だよそのカッケー名前ぇ。おぃモルデアぁ、俺らももーちっとカッケー名前にしよーぜぇ」


「質問に答えろ! お前は何者だ!」


「はっ! そんなに知りたきゃあ、教えてやるよぉ。いいかぁ、耳の穴かっぽじってよーーく聴きやがれぇ!」作業服の男はビシッと指を差し、言い放つ。「俺たちは連結者コネクターだぁ」

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