第9話 鉄腕と鉄志

?」ライトは怪訝けげんな表情を浮かべた。「どう言う意味だよ、それ?」


「いくら馬鹿な俺でもな、何でも馬鹿正直に喋ると思うなよ!」マグナはニヤリと笑り、これみよ見よがしにマントを脱ぎ捨てた。「どうしても知りたないならなぁ、力尽くで聞き出してみろよ!!」


 彼の両手は鈍い光沢を放っていた。右腕は肘から先が、左腕は肩から全てが、鋼鉄のそれになっている。


「アーマー? それがお前の志念ウィルの憑き代か?」


「だぁかぁらぁ、質問ばっかしてくるんじゃねぇよ……!」


 途端、マグナの目の色が変わった。悪戯いたずらが好きそうな少年のそれから、激戦を潜り抜けてきた戦士を彷彿とさせるものとなった。ライトは寒気を覚え、思わず半歩下がった。


 マグナは地面を強く蹴り、ライトに向かって走り出す。「男なら拳で語り合えやああ!」


「ウェイミーっ! 強めのをお願いっ!」


「はいっ!」


 瞬間、ライトの目の色もまた変わった。恐怖を払拭しようと強がる少年のそれから、恐怖さえも我が物とし強敵に立ち向かんとする勇者を連想させるものとなった。マグナは寒気を覚え、思わず口角を上げた。


 ライトは唇をキュッと閉じ、剣を構えてマグナに向かって走った。


「だあああらああああーっ!!」


 マグナの蛮声ばんせいの後、甲高い金属音が鳴り響いた。周囲に巻き起こっている喧騒の中であっても、の淵の淵まで聞こえそうなほどの力強さが、その音にはあった。


「おぉ!? 真正面から受け止めるかよ! 顔の割になかなか度胸あんじゃねぇか!」


「そりゃあどうもっ……!」


 マグナの右拳とライトの剣が、互いのほぼ中央の位置で拮抗していた。だがマグナが興奮から顔が綻んでいるのに対し、ライトは歯を食い縛り表情が強張っていた。


「けどなぁ、俺の力はこんなもんじゃねぇぜええ!!」


「?!」


 二人の拮抗が崩れ始めた。マグナが徐々に徐々に。ライトに剣を押し込んでいく。負けじとライトは対抗するが、剣の刃は着実に眼前へと迫ってきた。


「さぁさぁ早く反撃してこいよぉ! 顔が真っ二つになっちまうぞ!!」


「っく……! そ、の、言葉あっ……そっくりそのままっ、返してやるよっ!」


 ライトはほんの少しだけ、剣の角度を内側へと傾けると共に、加えている力を若干弱めた。すると剣とマグナの拳とのパワーバランスが途端に崩れた。拳が外側へ、剣が内側へと逸れる。そして剣はそのままマグナの顔目掛け振り下ろされた。


 再び、甲高い金属音が響いた。


「マジ、かよっ……!?」


「あぁっぶねぇー! マジで顔が真っ二つになるところだったぜっ!」


 マグナは顔の前に滑り込ませた左手の平で剣を受け止めた。手と顔との隙間はほぼない。まさに間一髪だ。


 このまま右手で反撃を受ければ回避しきれない。ライトはそう思って身構えたが、いつまで経っても反撃は来なかった。見れば、マグナの右手はだらーんと力なく垂れ下がっていた。


「俺をビビらせてくれた礼にぃ、さっきの質問、答えてやるよ!」


 マグナはまたしてもライトの剣を押し返し始めた。ライトは先程よりも大きく剣に体重を乗せていたが、まるで効果がなかった。


「俺のこの腕はアーマーじゃねぇ、義手だ! そんでもって俺には志念ウィルなんていない!」


志念ウィルがいない?!」ライトは目を丸くした。「お前、思想者スィンカーじゃないのか?!」


思想者スィンカーだよ! こうして志創能力ソートも使ってんだろうがぁ!」


 さらに深く、マグナはライトを押し返す。ライトの身体が数cm後ろに擦り下がった。


「俺の志創能力ソートは『鉄腕』! この義手を本物の腕以上の力と早さで動かせるっつう最強の能力だ! ただ、両方の義手を同時に動かそうすると志力スィンクのコントロールが上手く出来なくて、すーぐ義手がぶっ壊れちまうのが難点だけどなあ!」


志念ウィルがいないのにどうして志創能力ソートが使えるんだよ! おかしいだろ!!」


「その辺の細けぇ事情は俺も知らねぇよ! けどなぁ!」マグナは指を折り曲げ、剣を掴んだ。「志念ウィルなんてもんがいない俺たちの方が、お前らよりずーっと強いってこと、教えてやるよぉお!!」


 マグナの力がより一層強まった。だがそれは押し込む力ではなく、剣に掛かる握力の方だった。ライトはそれを察して必死に剣を動かそうとするが、剣は一時停止してしまったが如く微動だにしなかった。


 そして間もなく、ライトの剣は真ん中から粉砕した。砕かれた剣の破片が地面に落ち、ガジャガジャと音を立てた。


 勝ち誇った表情をマグナは浮かべた。だがそれは慢心の表れだった。


 ライトは折れた剣を振り上げた。刀身が折れて軽くなった分、威力は落ちるが速度は上がった。威力を補うために、ウェイミーが志創能力ソートを使用し、ライトの集中力を極限にまで高めた。今のライトは居合いの達人と言っても過言ではなく、斬れない物など何一つとしてない。


 カーン! という金属音が鳴った。マグナの左の義手が手首から切断され、宙を舞って落下したのだ。そして遅れてカシャン! という金属音。義手が切断された瞬間、マグナが右手でライトの剣を咄嗟に弾き飛ばし、それが落下した。


 周囲の喧騒が、爆音が、二人の耳に聞こえてきた。一時の沈黙が流れる。それを打ち破ったのは、マグナの笑い声だった。


「お前、マジでスゲーよ! フツー剣が折られたら心も一緒に折れるだろ! どんな精神してやがんだよ!!」


 マグナは笑いながらライトに左手首の断面を見せつけた。そこにはポッカリと穴が空いているだけで、中身は何もなかった。


志念ウィルのお陰だよ。彼女がいるからこそ、僕は鉄みたいに堅い意志を貫ける」


 ライトはポケットからコンパクトミラーを取り出す。そして鏡面から新しく剣を引き抜いた。


「はぁ?! もう一本持ってんのかよ! 汚ねぇぞ!」


「お前だってまだ右手があるだろ。というか、手首が斬れて殴れないだけで、防御するには支障ないだろ」


「あ、そっか! お前頭良いな! ダハハハハハー!!」


 呑気に笑うマグナに、ライトは少々顔をしかめた。


 マグナは右手を構えた。「そんじゃ気を取り直して、第二ラウンドと行こうぜ!」


「次こそKOして、お前から情報を聞き出してやる」



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