第8話 襲撃と暴動

 ライトは足元から小さな揺れを感じた。左右に動く類の揺れではなく、突き上げられるような揺れだ。


 地震にしては短い。下の階で何か作業でもしているのだろう。ライトがそう思っていた矢先、ウェイミーからの以心伝心テレパシーが聞こえてきた。


『ライト! 思想者スィンカーの気配がする! それも複数人! ずーっと下の方!』


 早口で短絡的なウェイミーの言葉に、ライトは全身の筋肉の締まりと、体温の上昇を覚えた。


「君たちを捕らえたのは、身元を調べるためだ」


 神代は淡々とそう言った。今の揺れに気づいた様子はない。周囲のボディーガードたちも同様だ。椅子に座っているのと立っているのとでは感覚が異なるのだろう。だがクルスだけは頻りに下を見ていた。


「君たちがテロリストの一員ならば、その実態を暴く手がかりになり得ると、そう踏んでいた。だが想定外なことに、君たちは電血人間LBHではなかった。そうなると最高峰のウチの顧客データベースも何の役にも立たない」


『気配の一つが勢いで近づいてきてるよ!』


 神代の言葉はもはやほとんどライトの耳には届いていなかった。そうとは知らずに彼は話し続ける。


「一時間ほど調べさせて唯一判明したことは、昨日の深夜、事件の重要参考人として警察署で取り調べを受けていた、ということだけだった。そこで間もなく釈放されたことと、君たちの所持品に何の不審物も含まれていなかったことを鑑みて、私は君たちをただの一般市民だと判断した」


 神代は傍らにいる、鞄を持った部下に目配せを送った。彼はライトの前にやってくると、その鞄の中から口が閉まったビニール袋を取り出し、ライトに手渡した。中身はライトの所持品(コンパクトミラー、紐に通した鍵、身分証の三点)だった。


 更にライトは続けて封筒を受けとった。中身は容易に想像できた。


「口止め料ですか?」


「人聞きの悪い。諸々の無礼を働いたことへの謝罪だ。受け取ってくれ」


「そんなことよりも、早く僕の連れを解放してください」


「それは失敬した」


 神代は部下二人に指示を出した。その直後、電話の着信音が鳴った。神代はライトに軽く断って、電話に出た。


「私だ。ーーは? 何だと……?!」


 途端に、神代の表情に焦りや不安の色が滲んだ。嫌な予感がする。


「とにかくすぐ戻る。詳しくはそれからだ。ーーライト君、悪いが急用ができた。これで失礼させて頂くよ」


「何かあったんですか?」


「大したことではない。では、私はこれで。案内は廊下にいる部下にさせる」


 神代は足早に部屋を出た。部下やクルスもそれに続く。その際、クルスはライトを一瞥した。絵に描いたような不安な顔をしていた。


「ライト!」


 入れ替わるようにしてウェイミーが現れた。ウェイミーはライトに抱き着き、ライトはそれを優しく受け止めた。


思想者スィンカーは?」


「もうすぐそこまで来てるよ。おまけにペルソナの気配も強くなってて、活発に動き回っているみたいなの」


 ライトは顔をしかめた。「ウェイミー、さっきビルが揺れたのわかった?」


「うん、凄く小さかったけど、わかった。きっとそのこととも関係ーー」


 刹那、辺りが暗くなった。それは部屋のみならず、廊下の照明も落ちていた。


「えっ、停電!?」


 電気会社が停電するというのも皮肉な話だなと思いつつも、ライトは冷静に周囲に警戒を巡らせる。それに合わせてウェイミーはライトに志創能力ソートを用い、サポートする。


 廊下から、神代や部下たちの声がボンヤリと聞こえた。「予備電源」という単語が聞こえたからに、間もなく照明は点くだろうと推測できた。クリスは気配から察するに、かなり怯えていた。暗いところが苦手なのかもしれない。


 思想者スィンカーの気配は、今ちょうど、この部屋の真下にやってきた。この時点で好戦的な相手だとわかるほど、興奮や高揚が伝わってくる。


 ライトはウェイミーを人形の姿にする。その際に生まれる光を見て、廊下にいた神代たちがざわついたようだが、ライトは気にせず鏡から剣を取り出して、臨戦態勢を取った。


 その間、思想者スィンカーに動きはなかった。この暗闇を利用して襲ってくるものと思ったが、その辺りは義理堅い相手らしい。


 パッと周囲が明るくなった。予備電源が正常に作動したようだ。それを合図にしたかのように、床を突き破って思想者スィンカーが現れた。


「ダハハハ! ようやくちゃんと会えたな、断絶者ブレイカーのライトぉ!!」


 相手は、昨夜ライトが見かけた、キャップとマントを纏ったあの思想者スィンカーだった。鋭い目付きに三白眼、大きな口が特徴的な容姿だ。


「俺の名前はマグナ! マグナムみたいに強力な一発をぶち込んでやるって意味でマグナだ! ドデカイ傘があったあのイディア界で見た時から、俺はお前とやりあえる時を、俺はずーっと待ってたぜ!」


「……やっぱりあの時の奴だったか。他の仲間はどうした?」


「モルデアたちは他にやることがあるから別行動だ。その間俺がお前の相手をしてやるぜ! 覚悟しーー」


「そこを動くな!」


 神代の部下が二人、部屋のドア近くに立っていた。彼らは拳銃を構え、それぞれマグナとライトに銃口を向けていた。しかしマグナもライトも手を上げることはなかった。


「手を上げろ! さもないと撃ーー」


 一瞬の出来事だった。まさにライトが瞬きをしている間に、部下二人は顔面を床に埋め込められ、そして動かなくなっていた。


 マグナの仕業だ。予備動作などまるでなく、目にも留まらぬ速さで彼らに接近し、頭を掴んで床に叩き付けたのだ。起きたことは理解できたが、まったくもって反応できなかったことに、ライトは緊張を覚えた。


 マグナは部下たちの頭から手を離し、立ち上がった。「ここは邪魔が入るし狭いから、移動すんぞ」


 移動と聞いたライトは、この部屋を出るものと思った。だがマグナはドアから遠ざかり、壁までやって来た。


「っすぅ~~~~っ……だぁらあああっ!!」


 息を大きく吸った後、マグナは振り被って壁をパンチした。その威力は凄まじく、人一人が通るには十分過ぎる大きさの穴が開いた。


「っしゃあ、上々! ーーおい、ライト、こっちだ! ついて来い!」


 マグナが穴を通って隣の部屋に移動したので、ライトは慌てて後を追った。


「えっ!?」


 ライトは我が目を疑った。


 穴は一つではなかった。その先の五、六枚の壁に至るまで、ほぼ同じ大きさの穴が空いていた。そして一番奥の壁の穴の向こうには外の景色が見えていた。


「おい、早く来ねぇと置いていくぞ!」運動好きな少年のような活気ある声で言うと、マグナは穴から外へ飛び出した。


 ライトは尻に火が付いたように走った。「これ、あいつが志創能力ソートでやったのかな?」


「そうじゃなきゃさすがにおかしいよ!」ウェイミーは声が裏返りながらも言った。「シンプルに増強するタイプか、あるいはパンチから空気弾? 的なものが飛ばせるやつかなって思うけど、どちらにしても強敵だよ、ライト! 気をつけて」


「ウェイミーがいてくれれば僕は百人力だけど、うん、気をつける」




「お、やっと来やがったな! とっとと初めようぜ!」


 ライトとマグナは隣のビルの屋上にいる。「隣」と言っても、マグナが空けた穴からこの場所まで、距離、高さ共に5m近く離れていた。ここに飛び移るために、ライトはしばし心の準備をする必要だった。


「その前に、いくつか聞きたいことがある」


「馬鹿の俺に答えられることならいいぜ」


?」


 街は喧騒に包まれていた。それは、ライトたちが初めてこの世界に来た時に体感したような、乱痴気騒ぎのそれではない。怒声と悲鳴、爆発音やサイレンなどの、物々しい喧騒だ。煙が上がっているビルも複数見受けられる。遠すぎてよくは見えなかったが、逃げ惑う人々や人や建物などに攻撃している人の姿が見えた。更には、ライトでも感じられるほど強く、ペルソナの気配が街に満ちていた。


「あぁ、この騒ぎのことか? まぁ、きっかけ作ったのは俺たちだけど、全部が全部俺たちの仕業じゃねぇよ」


「きっかけだって? お前たちは何が目的なんだ?」


「目的ねぇ……」マグナはマントの中で腕を組んだ。「モルデアとかなら上手く説明できんだろうけどなぁ、俺には無理だ。スマン!」


「……じゃぁざっくりでいいから、お前のわかるところまででいいから、教えてくれ」


「それなら簡単だ!」マグナは自信満々に言い放つ。「俺たちはなぁ、のさ!!」

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