第7話 脅迫と動乱

『暇だね』


『うん、さすがに暇だね。そんなこと言ってられない状況なのにね』


『仕方がないよ。姿勢も変えられないこの状況じゃ』


 ライトは拘束され、目隠しもされ、そして監禁されていた。監禁されているだけで、拷問やら詰問やらはされていない。それはいいのだが、長いことをこの状態のまま放置されているからに、もはや時間の感覚もなくなってきていた。


 どこぞの超高層ビルの一室にいるということは推測できていた。車が停まる前にはやや高い斜度の坂を下った。地下駐車場に入ったのだろう。そしてスーツの男に担がれてエレベーターに乗った時は、階に到着するまでに少なくとも三十秒は掛かった。途中で止まることはなかった。それだけの時間が掛かるのは、エレベーターが余程遅いかビルが相当高いかのどちらかだ。ただし、超高層ビルは何十棟とそびえていたので、どこにるのかは結局判断がつかないままだ。


 ライトとウェイミーとは違う部屋に入れられた。幸い部屋が隣同士だったので、以心伝心テレパシーによって常に連絡を取り合うことができた。その会話の内容の大半は、取るに足らない雑談か、聞くだけで赤面しそうになる痴話ばかだっただが。


『ウェイミー、まだクルス君に変化はない?』


『ないね。相変わらず怒っているみたい』


 ウェイミーによれば、中核者コア、アガサワ・クルスもまた、同じ階の別の部屋にいる。彼はそこで長い時間、誰かと会話をしていた。さすがにその内容まではわからないが、相手は中核者コアと関係の深い人物であり、その人物と何やら揉めていることは、気配でわかった。


『あっ、クルス君の気配が急に大人しくなったよ』


『折り合いがついたのかな?』


『んー、どうだろう。覇気がなくなったから、むしろ言い伏せられたような感じかも』


中核者コアを言い伏せるってことになると、相手は親御さんとかかな』


『かもね。ーーあ、移動し出したよ。こっちに近づいてくるっぽい』


『やっとか。これでようやく事が進むよ』


 ほどなく、ライトのいる部屋のドアが開き、人が入ってきた。数は六人。そのうち一人はクルスで、もう一人はクルスと関係の深い人物だ。ここまで近ければ、ライトにもそれが気配でわかった。残りはボディーガードと予想される。しかしそのもう一人の気配が、クルスよりも強いことが、少しばかり気にかかった。


 二人、ライトに近づいてきた。彼らによってライトは目隠しと拘束を解かれた。


「手荒なことをして申し訳なかった」


 目隠しを外されて、最初にライトの目に留まった人物が言った。細身の男だが、目力や存在感があった。厳格な表情もあって、ライトの警戒心が強まった。


「恐れ入りますが、どちら様でしょうか?」


「……申し遅れて済まない。私は霹靂かみとき電力のCEOの神代かみしろ光輝みつてるだ」神代は丁寧に頭を下げた。「この度は君たちを拉致監禁したこと、そして愚息が迷惑をかけたことを深くお詫び申し上げる」


 ライトは神代の背後にいるクルスを一瞥した。彼は苦々しい表情でそっぽを向いている。


「その子の親御さんでしたか。それで、何故たちにこのようなことをなさったのでしょうか?」


「その前に、君たちのことを教えてくれないか? 拉致監禁したことは謝罪するが、君たちのことを警戒していることには変わりない」


 威圧的だったが、もっとも話だ。「ライトと申します。連れはウェイミーです。既にご存知だと思いますが、僕たちは電光鮮血シャイニング・ブラッドの流れていないです。ある目的のために、この街を訪れました」


「その目的とは?」


 ライトは言葉を選ぶ。「あなたの息子さんを助けるためです」


 神代は眉をひそめ、クルスは目を開いた。


「詳しくは言えませんが、今、息子さんに危険が迫っています。どのようなことが起こるか、どんな輩がそれを企てているのかもわかりませんが、とにもかくにも、息子さんを助けるために僕たちは遠路遥々やってきました」


 ボディーガードたちも、互いに顔を見合わせていた。とても信じられる話ではないのは重々承知だ。だが変に取り繕っても、むしろ不信感を膨らませてしまうと、ライト考えた。


 ややあって、神代は潜み笑いをした。それはしばらく続いた。


「失礼。もし君たちが活躍してくれたのなら、人件費が格段に浮くなと思ってね」


「冗談だと思っていますか?」


「冗談だと思わないほうが冗談だと思うがね」神代は腕を組んだ。「だが、愚息に危険が迫っていることは事実だ」


「どういうことですか?」


 神代は鼻で笑ったが、ジャケットの内ポケットから一枚の紙を投げて寄越した。ライトはそれを開いて読んだ。


『我々の血を返せ。さもなくばお前の家族が代わりに血を流す。 黒電団ブラック・ライツ


 新聞の切り抜き文字で書かれていた。脅迫文だが、文章の意味がよくわからなかった。血を返せとは、何だろうか。


「先日これが送られてきた。脅迫文などよくあることだが、この黒電団ブラック・ライツという連中、幾度となく我が社の施設を破壊したことがあったからに、警戒していたのだ」神代は強くクルスを睨みつけた。「だのにこいつは……。己の立場をわきまえず、やれ事件だのやれ調査だのと戯言を言って我々を混乱させた。あの場で殺されていてもおかしくなかったのだぞ。わかっているのか」


 クルスは口を真一文字にした。


「そういうわけがあって、あのような荒っぽいことをした。改めて申し訳なかった」


 背景はわかったのだが、それでも疑問が残る。


「拘束せず、僕たち殺した方が手っ取り早かったのではないですか?」


「我々をギャングが何かと勘違いしているのね? あんな目立つ場所で、そんなことができるわけがないだろう」


「人通りはほぼ皆無でした。それに理由なんて、いくらでも捏造ねつぞうできる立場でしょう? だとすれば、僕たちを殺さなかった理由が、生け捕りにしたかった理由が、何かあるんですよね?」


 神代の表情は険しかった。しかしまだ口を割りそうな気配は薄い。


 もう一押しが必要だ。そう思い、ライトは口を開こうとした。




『映像で確認した限りでは、今あいつらは中核者コアと街で接触した後、霹靂かみときの奴に拉致られた』


「拉致られた? ってことは……!?」


『お前らの真上にいるってことだ』


「マジか!? マジでか!! おいモルデア! あいつらこの上にいるってよ! この騒ぎに紛れてあいつとバトっていいよな、いいよな!?」


「逐一騒ぐんじゃねぇよ、この脳筋がぁ!」


「お前がそこまでいうなら、許可する」


「っしゃー!!」


「だが、あくまでお前の役割は時間稼ぎだ。上手く加減しろ。応援を呼ばれても面倒だ」


「任せておけ!!」


『では、手はず通りに』


「あぁ、そっちは頼んだぞ、グロース」


「そんじゃあ押すぜぇ。ーーポチッとなっ!」

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