第6話 探偵と事件

「この街に起こっている難事件って、一体何なんですか?」


「んん、事件のことを知らない? 若者のわりに君たちは随分と世間にうといようだね」


 そこは自分たちのことを部外者だと見抜いてほしいところであったが、ライトは適当に流した。


 クルスは虫眼鏡をコートの内側にしまうと同時に、木目が美しいパイプ煙草を取り出し、咥えた。そして手慣れた所作で煙草を吹かす。勿論火は点いていない。あくまで振りである。


「事件の発端はニ月ほど前のこと。この真夜中の太陽の街ザ・ミッドナイトシティで小規模な停電が起きた。復旧こそ間もなく行われたものの、停電被害に遭った店舗の一つである『桃色の獏』という充電チャージバーにおいて、利用客とスタッフ合わせて48名全員が気絶しているのが発見された。彼らは皆、1mWミリワット電光鮮血シャイニング・ブラッドが残っていない状態で、なおかつ首元には奇妙な刻印が残されていた」


 クルスはコートの内側から一枚の写真を取り出し、ライトとウェイミーに見せた。


 人のうなじの辺りが写っている。USBポートのカバーが開いている状態で、その横には、丸の中に稲妻を模した線を描いたマークが残されていた。ライトたちが発見した、意識不明のカップルの首筋にあったマークと、同じものだ。

 

 クルスは写真を仕舞った。「その事件を皮切りに、同様の事件が相次いだ。当初は盗電団による組織的な犯行かと思われたのだが、いずれの事件においても、防犯システムは作動せず、監視カメラに犯人らしき人物の姿は一切映っていなかった。そこで次に疑われたのが、電光鮮血シャイニング・ブラッドそのものだった」


 クルスが後ろを向いたため、ライトとウェイミーもそちらに視線を移した。いくつもの摩天楼が連なるその中心に、まさに天を貫くほど高いビルが、おどろおどろしくそびえている。あれがこのイディア界の中心にあることは、疑いようもない。


「あの一際高いビルが『霹靂かみとき電力株式会社』の本社だ。電光鮮血シャイニング・ブラッドの販売製造をほぼ独占的に行っている。それゆえ、この街の実質的な支配者でもある。そんな会社にメスが入ること事態驚きなのだが、そのことも君たちは知らないのではないかな?」


 二人は仲良く頷いた。


「社は洗いざらい調べあげられているが、今のところこれといった証拠は上がっていない。そのせいで市民の不信感が募り、小さなデモが度々起こっている」


 クルスの表情が曇った。


「イメージアップのため、社は来季に発表予定だった電光鮮血シャイニング・ブラッドの新バージョンを急遽発表した。そしてちょうど昨夜からその配電が開始された。今回の電気の特徴は何といっても燃費の良さ。従来のおよそ三倍効率的に電力を体内に送電できるようになり、極端な話、体力が三倍になったようなものだ。さらにはアドレナリンの分泌を活発化させる作用が加わったことで、疲れを感じにくさせたり、やる気が出るようにもなった。ただでさえ乱痴気騒ぎの街にさらに拍車が掛かってしまったが、その分、昼間も街が活性化してくれるのであれば、それに越したことはないと思っていた」


 饒舌じょうぜつな説明にも関わらず、その口調が淡々としていることに、ライトは疑問を抱いた。また、彼が中核者コアとしてこの世界のことを心配しているのはわかるが、何故探偵の姿をしているのかがわからなかった。


「だが電気を新しくしたところで、事件はまたしても起きてしまった。吾輩が今朝から調査しただけでも、すでに四人の被害者が見つかっている。大変嘆かわしいことだが、吾輩は遂に、犯人へと繋がる重要な証拠を見つけた! その証拠というのが――ん?」


「ん?」


 ライトとウェイミーはふと後ろを向いた。すると黒のワゴンが三台、猛スピードでこちらに向かって来ていた。


「マズイ!」


 クルスは血相を変え、車から逃げるように走り出した。ライトは反射的に彼を追ったが、一台の車が横を通り過ぎ、もう一台が割り込んできたために行く手を阻まれた。


 ドアが開いて、人が降りてきた。黒いスーツとサングラスを身につけた、屈強な男が二人。三台目の車からも同じように二人降りて来て、ライトとウェイミーを囲った。


「おい、止めろ! 吾輩を離せー!」


 クルスはたちまち男たちに取り押さえられ、車に押し込まれていた。強行突破を考えたライトだが、ウェイミーが人の姿をしている手前、躊躇ちゅうちょした。


 男たちは懐から銃を取り出した。ライトは咄嗟にウェイミーを庇った。途端、銃から紙吹雪のようなものと、先端に針のついた銃弾のようなものが飛び出した。銃弾はライトの服を貫通し、肌にしっかりと刺さった。


「があああああっ!?」


 途端、ライトは痛々しい悲鳴を上げた。銃弾と銃本体は細いワイヤーによって繋がっており、そこに電気が流れてライトを痺れさせた。


 ライトは地面に倒れた。身体の自由が利かないまま、抵抗するウェイミーと共にワゴンに無理矢理乗せられた。そして拘束着を着せられ、そのままどこかへと運ばれていった。




「っしゃー! これで準備完了だ!」


「やーっと終わったー!」


「二人ともよくやった」


「はっ、俺の手にかかれば、こんなの朝飯前だぜ!」


「もうこの世界で三回目の朝飯前だがな」


「あとはこの仕掛けを作動させるだけっすね」


「まだ作動させるなよ」


「えっ、何で!?」


「ブレイカーの奴らの動向をグロースに確認する必要があるからだ」


「相変わらずテメェは慎重だなぁ」


「マグナ、グロースに連絡しろ」


「うぃーっす」


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