第5話 電鼠と雑談

 ライトの目にペルソナの姿が映った。


 それはねずみのようなペルソナだった。大きさは5cm程度。いぶし銀の短い毛に覆われている。尻尾しっぽが異常に長く、からだの三倍近くあった。


 ライトは一旦足を止めた。例え相手がちいさなペルソナだったとしても、無闇に突っ込んで行くのは危険である。2m程の距離を取り、ペルソナを動向を伺う。上着のポケットの中のコンパクトミラーに手を忍ばせ、咄嗟に動けるよう構えを作った状態で、だ。


 ライトがペルソナを見つけた時、ペルソナは、ビルの壁に寄り掛かって寝ている男の右膝の上にいた。そして今は、男の上半身を危なげなく駆け上がり、ちょこんと肩に乗っている。その光景だけ見れば多少可愛いげがあるかもしれないが、ライトの顔は緊張の色が滲んでいた。


 ペルソナは男の首周りに鼻を押し当て、ヒクヒクとさせた。こそばゆそうだが、男は爆睡していてまるで反応を示さない。しばらくしてペルソナは、その長い尻尾の先端を、男のうなじまで持ってきた。


 の人間の項には、電気を体内に取り入れるためのUSBポートがついている。ペルソナはそこに自分の尻尾を接続しようとしている。


 ライトは察した。ペルソナが男の持っている電気を奪うか、あるいは逆に異物を流しこもうとしていることを。いずれにせよ、ライトの第六感が、それを『危険』と判断した。


 地面を力強く蹴る。それと同時にコンパクトミラーを取り出し、さらに鏡面から剣を引き抜いた。そして走りながら突きの構えを取り、狙いを定める。ペルソナと男との間には僅かの隙間さえないが、まったく問題ない。以心伝心。何の指示がなくとも、ウェイミーはライトに志創能力ソートを施し、ライトに無我の境地ゾーンを与えた。


 刹那、鋭い一線が放たれた。


 剣の先端はペルソナの臀部と尻尾の先端を正確に貫き、壁に刺さっていた。壁の固さもあり、刺さっているのは1cm程度の長さしかない。だが、ペルソナの動きを封じるのには十分だった。


「ウェイミー、こっからどうしたらいい?」ライトは肩で息をしながら言った。


「それ以外にも個体がウジャウジャいるから、したら敢えて逃がして、母体の居場所を突き止めるべきだと思う」


「なるほど」


 ライトは再びポケットからコンパクトミラーを取り出そうとした。


 途端、ライトは剣を手放してしまった。指先に鋭く痺れる痛みを感じたからだ。


「っ!?」


 剣が地面に落ちた勢いで、ペルソナの身体は剣先からすっぽ抜けた。ペルソナは着地と同時に走り出し、近くの側溝に瞬く間に逃げ込んだ。ライトはそれに反応することはできず、膝をついた。


「ライト!?」


「大丈夫……」ライトは右手を押さえる。「ちょっと強めの静電気くらい痛みだから」


「それでも取り敢えず手当てしなきゃ! 早く私のこと人の姿に戻して!」


「う、うん……」


 左手で人形をポケットから出し、地面に置いた。間もなく人形は光に包まれ、ほんの数秒で純白な美少女に姿を変えた。


「じっとしててね」


 ウェイミーはライトの右手を手に取った。ライトは痺れが次第に薄れていくのを確かに感じた。そして一分も掛からずに、ライトの右手は完全に復活した。


「ありがとう。でも……ごめん、油断した」


「ううん、私も何もできなかったら、どうしようもないよ……」


 ライトは剣をコンパクトミラーに納めると、虚ろ気に立ち上がった。


「手掛かりも何もないし、取り敢えず、中核者コアのところを目指そうか。ウェイミー、何か感じる?」


 ウェイミーは目を閉じ、間もなくフッと開いた。「結構近いかも」


「ホント?! 急ごう!」


 足早に進むこと数十分、二人は中核者コアの姿を確認した。


「ふむふむ、なるほどなるほど」


「あの…」


「お! こんな時間に素面しらふの人が出歩いているなんて珍しい! して、吾輩に何か御用かな?」


「いえ、虫眼鏡で地面にかざして何してるのかなぁって思って」


「よくぞ聞いてくれた!」中核者コアは勢いよく立ち上がった。「吾輩は今、で起こっているとある難事件の調査を行っているのだ!」


「調査? 君は一体――」


「ふっふっふ、知らないようだから教えてあげよう」中核者コアはインバネスコートをこれ見よがしに翻した。「吾輩こそ、どんな難事件もたちどころに解決してしまう名探偵、アガサワ・クルス、その人だ!」


 中核者コアはバシッと名乗ったが、ライトたちの目にはどこからどう見ても、ただの少年にしか見えなかった。




「どうだ、まだ時間かかりそうか?」


「そう思うんだったらてめぇも手伝えや!」


「そーだ、そーだ! 俺たちにばっかりこんな重労働押しつけて、ズリーぞ!!」


「俺の担当は頭脳労働だ。ここのセキュリティーを突破した時点で、俺の仕事は八割方終わった。あとはお前らの仕事だ、キビキビ働け」


「っち、ムカつく野郎だぜっ……」


「センパイ、あとでちょっと懲らしめてやりましょうよ」


「この一件が成功するか否かは、俺じゃなくお前らの活躍に係っているんだ。だから精々俺を絶望させるな」


「……っち、わーかったよ! やってやろうじゃねぇかよ!」


「センパイ、あいつのことギャフン! って言わせてやりましょうよ!」


(馬鹿は扱いやすくて助かる)

 

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