第4話 詮索と忠告

 取り調べが終了したライトは、間もなく解放された。署内の待合室で手荷物の返還などの手続きを待っていると、目の前に缶ジュースが出てきた。顔を上げれば、先程取調室で出会った、くたびれたコートを着た男がいた。


「さっきは部下が威圧的な対応をしてしまって、本当に申し訳なかった。これはほんの詫びだ。受け取ってくれ」


「ありがとうございます」ライトはそれを受け取ったのち「えっと……」と口籠った。


「あぁ、名乗り忘れてたな」男は警察手帳をライトに開いて見せた。「捜査1課の日下部くさかべだ」


 ライトはそれに目を凝らし、『警部 日下部 いわお』と書かれていることを確認した。


 日下部警部は手帳をしまいながら言う。「君はこの街の人間じゃないな」


 ライトはドキッとした。だがあくまでも冷静を装う。「よくわかりましたね」


「首にUSBポートのキャップがなかったからな」


「よく、見てますね」ライトは思わず首の後ろを触れた。


「職業柄、色々と観察してしまう癖がついちまったんだ。気を悪くしないでくれ」


「いいえ」ライトは日下部警部の顔色を窺ったのち、それと無く言う。「僕、あのカップルの項のところに変なマークを見つけたんですが、それってこの事件に何か関係していますか?」


「それを聞いてどうするつもりだ?」


「どうもしません。ただの興味本位です」


 二人の間に、しばしの沈黙が流れた。ライトは鋭い眼光の日下部警部から目を逸らさぬよう、じっと耐える。ほどなくして、日下部警部はライトから目を逸らした。


「お前がどういう目的でこの街に来たかは知らないが、厄介事には首を突っ込まない方がいい。今回は何とか疑いが晴れたからいいものの、濡れ衣着せられてそのまま刑務所行きなんてことは、ここではよくある話だ」


「警察の人がそれを言っていいんですか?」


「そうでも言わねぇと、お前はどんどんヤバいところに行っちまいそうな面してるからな。大人の忠告は聞いておくもんだ」


「……わかりました。できれば純真無垢な子どもの意見にも、耳を傾けてもらえるとありがたいです」


「善処する」


 そのタイミングで、若い男性警官が小走りでやって来た。日下部警部に敬礼したのち、ライトに与っていた荷物を手渡した。


「では失礼します」


「あぁ、気をつけて帰れよ」


 ライトが警察署から出ると、空が薄っすらとオレンジ色に染まり始めていた。間もなく夜が開け新しい一日が始まろうとしているが、反対に街は今にも眠ってしまいそうな静まり返った雰囲気に満ちていた。人通りはチラホラとしか見受けられない。その代わり、彼らが残したゴミが散乱していた。あの煌びやかで騒々しい街が、さも幻だったかのような有り様だ。


「さて、これからどうしようか、ウェイミー」ライトは手に持っていた手の平大の人形に語りかけた。


「人から色々と聞いて情報収集したいところだけど……、これは困ったねぇ」


「ペルソナとコアの気配は?」


「う~んと……ペルソナの方はビックリするくらい薄れたね。でもそのお陰でコアの気配はハッキリ感じられるようになったよ」


「取り敢えずそっちを当たってみようか」


 ライトは人形をポケットにしまい、ゴミを避けながら静かな街を進んだ。


 ゴーストタウン化したような街には、道端に人がゴロゴロと倒れていた。酔っぱらって倒れているのか、それともライトが遭遇したあのカップルと同じような状況なのか、まるで判断がつかなかった。


「ライトさ、さっきどうして日下部警部にあんなに強気になってたの?」


「何でって言われても」ライトは頬を掻いた。「弱味を見せたままじゃ引き下がれないっていうか、ねぇ……」


「ライト、私エネルギッシュになれとは言ったけど、無謀になれとは言ってないよ?」


「無謀って程じゃないでしょ、あれくらい」


「ん~……でも、もう少し慎重になった方がいいよ。あの人はちょっと――」


 ウェイミーは言葉を途中で止めてしまった。


「ウェイミー?」


「走って!!」


 ウェイミーに言われるがまま、ライトは疑いもせずに通りを突っ走った。


「あの人! 上半身裸の男の人!!」


 ライトは進行方向を凝視しつつ、目を忙しなく動かした。そして200m先、ビルの壁に寄りかかっていた彼の人物を発見した。


「ペルソナに襲われてる!」




 ジリリリリ! ジリリリリ!


「お電話ありがとうございます。CONコーポレーションです」


『俺だ、グロースだ』


「んだよ、お前かよ!」


『中々様になったぞ、お前の裏声』


「とっとと用件言え!!」


『モルデアに代われ』


「何かあったか?」


『ブレイカーの餓鬼がイディア界に侵入したぞ』


「名前は?」


『ライト。ご丁寧に身分証明のカードを持っていた」


「また、あいつか……。で、どこの所属だ?」


『第十二班。あの「隻眼せきがん」の部下だ』


「……そうか」


『嬉しそうだな』


「気のせいだ」


『っふ、まぁいい。――マグナに代わってくれ』


「何だよ、グロース。また裏声聞きたいとか言うなよ?」


『お前、ライトに接触していたな』


「えっ!? な、何のことかなぁ……」


『監視カメラにバッチリ映ってたぞ』


「うっ……」


『しかもモルデアたちには黙っていたな』


「……」


『お前があいつに一目置いているのは知っているが、くれぐれも余計なことをするんじゃないぞ』


「う、ういーっす……」

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