第2話 電血と少年
街は、狂ったように騒ぐ人々でごった返していた。
道の真ん中で写真撮影を始める女たち。酒瓶一本を煽りその豪快さを囃したてる集団。下心丸出しでナンパをする男たちと、それでも敢えて誘いに乗る女たち。突然意味不明の奇声を放つ男。声が潰れてもなお執拗に呼び込みを続ける客引きたち……。彼らのその有り様が、もはやライトには一周回って可愛く思えてきていた。
「実際の東京の渋谷の街も、まさにこんな感じなんだろうね」
「そうだね、周りの文字も日本語だから、その可能性が高いね」
耳元で声を張り上げなければそれを聞きとれない喧騒の中であっても、ライトとウェイミーはごく自然に言葉を交わす。それは
ライトが今歩いている区画は、歩道は充分に広く、片側五車線の道路も歩道用として規制されている。だがそれでも、人々の多さと彼らの自由奔放さから、ライトは半歩ずつしか前進できなかった。人の流れに従ってもその程度なのだから、それに逆らって歩こうとしたならば、気の遠くなるような時間を費やすに違いない。
「
「でも街中にも十分情報は転がってるよ。ほら、真正面にあるあの白いビルにあるモニターを見てよ」
ウェイミーの言う通り、ライトが進む先には白い商業ビルが建っており、その側面には巨大な野外広告ディスプレイが設置されていた。そしてそこには、スタイリッシュな映像と共に、あるコピーが躍っていた。
『
「シャイニング、ブラッド……?」ライトはその言葉を繰り返した。
「ここの人たち、そのシャイニングブラッドっていう電気か何かが身体に流れているみたいだね」
「えっ、何でそんなことわかるの?」
「『
「どうしてポケットにいるウェイミーの方が、世界がよく見えてるのかな……」
ふふふ、とウェイミーは笑った。
「と言うことは、この人たちがこんなに騒いでるのは、その
「ライトも入れてみれば? エネルギッシュになれるかもよ」
「止してよ」ライトは苦笑した。「あんな頭のネジが外れたような感じには、流石になりたくない」
「でもライトは、もう少しホットになっても良いと思うな」
ライトがリアクションをしようとした、その時だった。
全身の毛がよだつような気配を感じた。
反射的に周囲を見渡す。間もなく、進行方向に約20m程先、流れ行く人波の中に、一瞬だが確実にその姿を確認した。
鮮血のように鮮やかな赤い野球帽と、目映いネオンを弾くが如く白いマントを身に纏った少年がいた。人の流れを絶つように凛として佇み、悪戯な笑みを浮かべてこちらを見ていた。
彼から向けられる敵意のある気配。
少年は回れ右をし、人波に乗って進み始めた。それを見てライトは人波を掻き分け、急いで前進した。
「すみません! 通してください! 通してください!」
ライトの歩みは沼を進むのと同じくらい遅かった。それに対して野球帽の少年は驚きの素早さで進んでいた。人の身体を透き抜けて歩いてるとしか思えない程である。それでもライトはその少年の姿を決して見逃さないよう、必死に食らい付いた。
しばらくして少年は進路を変えた。人に埋め尽くされた明るい大通りから、
ライトは路地の入口の前で一旦足を止めた。恐らく誘われていることはだった。このまま馬鹿正直について行った場合、不意をついた攻撃を受けるたり他の仲間たちがいるところにまんまと連れ込まれる展開が容易に想像できた。
「行くよ、ウェイミー」
「うん、気をつけて」
ライトの意向を読み取り、ウェイミーは
今の今まで目映いばかりの世界とは打って変わって、裏路地は陰影ばかりだった。得体の知れないものが、そこらかしこに潜んでいてもおかしくない雰囲気を漂わせていた。今のライトには、それらが襲いかかって来たとしても対応できる自信があったが、それでも来ないに越したことはなかった。
「!?」
「えっ?」
集中力が高まっていたからに、ライトとウェイミーは余計にその事態に驚いた。
人が倒れている。角を曲がって間もなく、道を塞ぐような形で、だ。それも二人も。彼らからは気配も精気もまるで感じなかった。それから鑑みると、彼らはもう亡くなっている。
これはあの少年の仕業なのだろうか? だがそれなら、ここに来るまでに彼らの気配を感じていていなければおかしい。ゆえにそれより以前から彼らはここに倒れていたと考えるのが自然だ。
気づけば、少年の気配も感じ取れないほど離れてしまった。このままここに居るのは不安でしかないが、立ち去るのも
カップルだろうか二人とも恐怖の表情を浮かべていた。何者かに襲われたと見える。こんな狭い場所で襲われたのだから、余程腕が立つ相手か、二人が油断しきっていたかのどちらかだろう。
氷のように冷たい身体に触れながら
ふと、複数の気配がこちらに近づいて来ているのを感知した。少なくとも
ほどなく、それらは目映い光を伴って津波のようにライトたちの元に押し寄せてきた。
「動くな! 警察だ!!」
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