第五章 活力的世界 ~mechanical heart~

第1話 電光と喧騒

 わざわざ目蓋を開けなくても、ましてや耳などを澄まさなくとも、このイディア界が賑やかかつ発展していることは容易に想像できた。


 普段のライトとウェイミーであれば、その騒音をクラシックを楽しむが如く聞き入り、誕生日プレゼントの箱を開くように目蓋を上げ、千差万別のイディア界に胸躍らせていることがほとんどだった。だが今回はとある事情から、勿体ぶることなく直ぐ様目蓋を開けた。


 世界は目映いばかりの光で埋め尽くされていた。立ち並ぶビル群が放つ、色鮮やかなネオンによるものだ。時間帯は夜だったが、それらによって昼間以上の明るさと賑わいがあった。


 ライトとウェイミーはビルの屋上にいた。室外機や物干し竿などがある、質素な場所だ。


 二人は無言で屋上の端まで歩いた。そしてウェイミーは手すりに身体を預けて下を覗いた。やや遅れてライトも恐る恐るそうした。


 地面までの高さはビル五階程あった。そこには多くの車と人の流れが、飲食店などの看板が放つより強力な光によってハッキリと確認できた。飲み込まれてしまいそうな混雑だが、その流れにはほぼ滞りは見られなかった。活気に溢れた繁華街といった様子だが、今の二人にとっては、大量の虫が光に群がっているような恐怖感を覚えていた。


 ライトは身を引いた後、深い溜息をついた。「ふらふらって歩いてる、なんてことは流石にないか」


「流石に、ね」ウェイミーはライトに視線を移す。「向こうも、私たちが来たことを感じて、もう警戒してるのかも」




 時間は少し前にさかのぼる。


 場所は味気ないオフィス。と言っても、その建物があるのは、ライトのような人間が所属する組織【断絶者ブレイカ―】の本拠地である某イディア界である。無骨なデスクがいくつかの島を作っているが、そこでビジネスが行われているわけではない。もとより、デスクの数に対し、それを使用している人数はわずか三名しかいない。


「今回の任務だが、少々面倒なことになった」


 立っているライトたちに向かい、上座の席に座る男が、静かに言った。男の年齢は三十代中頃、体格は高身長で細身をしている。顔の右側がブロンズの髪で隠れているのが特徴的だ。


「面倒なこと?」ライトは怪訝な表情になった。「それって、ペルソナの処理だけじゃないってことですか?」


「ついさっき、【志界しかい監視局】から緊急連絡が入った」男は椅子の背にもたれた。「お前らがこれから出向する予定のイディア界に、思想者スィンカーの反応を複数感知したらしい」


 ライトとウェイミーの表情が少し強張った。


「言うまでもないが、それらは断絶者ブレイカーではない思想者スィンカーの反応だ。奴らが他人のイディア界にいることも不可解だが、それが複数人ともなれば、奴らが何かしらの組織を成し、陰で何かを画策している可能性が拭い去れない。加えてライト、お前は以前、『独裁的世界』で思想者スィンカーと思しき人物と接触したと、報告書にあったな」


「はい……」


「そいつもその組織に属している可能性は充分にある。その場で接触した場合、お前の手の内はおおよそ露顕していると考えて、慎重に行動しろ」


「はい」




 自分たちの敵になるかもしれない思想者スィンカーがこの世界にいる。それも複数人。


 ペルソナと同様、その存在を気配で感じることはできる。だがペルソナと異なり、感じられる距離はかなり短い。その上、思想者スィンカーはある程度、任意で気配を殺すことが可能だ。ゆえに、すぐ背後に立たれて不意に襲われる危険性も否定できない。そんな中で、誰がこの雑踏に紛れることができようか。さらに――


「ペルソナの気配も凄いね」


「うん、こんなに全体的に感じるのは……かなり危険だね」


 それはビリビリと痺れるような気配だった。まさに微弱な感電したような感覚だ。それが雑踏の中や建物の中など、ありとあらゆる場所からそれを感じている。動いているのは明確だ。その大きさも、おおよそ手の平に乗る程度だということも。しかしその数までは、あまりにも多過ぎて判断がつかない。もしかしたら、この世界にいる人の数を凌駕しているのではないかと思うほどだ。


「パルゼニアさんの言うとおり、ここは慎重に行こう。ウェイミー」


「うん」


 まもなくウェイミーの身体は内側から光に包まれた。その身体は次第に小さくなり、光が消えると、手に収まるくらいの、小さな人形になっていた。トリケラトプスをデフォルメした、クリーム色の人形だった。


 ライトはそれを、さも美しい花を摘み取るような丁寧さで拾い上げ、上着のポケットに忍ばせた。そして意を決して、眩しい闇へと繰り出した。


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